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「お笑い」が、いつか下北沢のアイコンに。芸人の修行場・下北GRIPが目論む次の一歩。

「下北GRIP」は、下北沢を拠点に開催されているお笑いライブだ。出演芸人のエントリーフィーで運営されており、お客さんのチケット代は無料。芸人たちが自ら呼び込みをしてお客さんを集めるスタイルを貫いている。週末に下北沢を訪れると、道端で「お笑いライブやってます!」と声をかけられたことがある人もいるのではないだろうか。同ライブの運営団体代表の和田祐さんいわく、「下北GRIP」というライブ名には、「芸人が笑いを掴む・夢を掴む・お客さんを掴む」という想いが込められているそう。

「下北GRIP」が始動したのは、2015年。2012年に前身となる団体が立ち上がり、名前やメンバーを変えながら、今に至るまで下北沢に根付いて活動を続けている。2014年からライブ運営に携わる構成作家の比嘉夢丸さんと代表の和田祐さん、前身の時代からライブを支える芸人・ヒガ2000さん(以下:ヒガ)に話を聞いた。

どこよりも「フラットに笑ってくれる」お客さん

—下北GRIPが始動したきっかけを教えてください。

比嘉:芸人さんたちが中心になって、ネタをやる場所を作るためにライブを立ち上げたのがきっかけです。養成所を卒業しても全員事務所に入れるとは限らなくて、所属できないとネタをする機会がなかなか無いんですよ。それで無料で観られるお笑いライブを立ち上げて、お客さんを自分たちで呼んでくるようになったんです。それが今までずっと続いているという感じですね。

「下北GRIP」の運営や、テレビ番組の構成にも携わる構成作家の比嘉夢丸さん

—なぜ下北沢を拠点にしているんですか?

比嘉:前身団体の立ち上げにも携わっている代表の和田が、下北沢出身なんですよ。それで愛着があったみたいです。北口の商店街さんやビルのオーナーが「迷惑にならなければいいよ」と言ってくれてるので、お客さんを呼び込むスタイルを続けられてます。結果論ですけど、これは下北沢でやってるメリットですね。ほかの場所では、呼び込みができるか分かりません。下北沢は寛容な街なのかなと思ってます。

下北GRIP公式Twitterより

—ライブのチケット代が無料なのはなぜですか?

比嘉:呼び込みで来たお客さんは、「フラットに笑ってくれる」からです。チケット代を払ってライブに来る方は逆で、誰かお目当ての芸人さんがいるんですよ。だから贔屓のネタはすごく笑うけど、ほかの芸人さんはシビアに見たりするんです。だから、「ネタを試す場所にならない」と考える芸人さんもいて。うちだと呼び込みなので、そもそもお客さんが出演者を知らない状態で来るんです。このフラットさが良くて、出てくれている芸人さんが多いと思います。

—芸人さん目線で見ても、ほかのライブの客層とは違いますか?

ヒガ:そうですね。「下北GRIP」には、老若男女全てのお客さんが来ます。チケットを買って行くようなライブだと、おじいちゃん・おばあちゃんは基本的にいないんですけど、ここは普通にいるし、客席で寝てることもある(笑)。途中で帰る人もいるし、特殊ですね。

サンミュージックプロダクション所属・ヒガ2000さん(写真右)。「下北GRIP」に長年出演している

 

比嘉: 他のライブとはちょっとウケ方が違いますよね

ヒガ:たしかに(笑)。毎回、半分以上は「初めて下北GRIPのライブに来た」というお客さんなんですよ。たまたま泊まったゲストハウスで、知らない人同士が集まってテレビ観てるみたいな雰囲気で。言い方はアレですけど、日によっては本当に盛り上がらない(笑)。でも、テレビのオーディションって、ネタを披露してもあんまり笑ってもらえないんです。ここで鍛えられているからか、オーディションに比較的強い芸人が揃っている気がします。

—芸人さんにとっては、修行の場所みたいな感じなんですね。過去にはどんな芸人さんが出演していたんですか?

比嘉:昔は、「メイプル超合金」さんや「馬鹿よ貴方は」さんも出演してましたね。

ヒガ:あと、「トム・ブラウン」さんも。『M-1グランプリ』前に、「普段とは違う客層でやりたいから」って出たことがあるよね。

比嘉:「ゆにばーす」さんや「きつね」さんがレギュラーだったこともあります。それから「エイトブリッジ」さんも、売れる前からここに出てました。

ヒガ:エイトブリッジに関しては元々別のコンビで、ここで知り合って結成したんですよ。

—いつテレビの人気者になってもおかしくないような人たちが、普段からライブに出ているんですね。

ヒガ:そうですね。「金の国」っていうコンビは、ここのライブに出ている時期に『マイナビ Laughter Night 第7回チャンピオンLIVE』(2021年10月16日)っていう大会で優勝して、ラジオのレギュラーと賞金をもらってましたよ。『ツギクル芸人グランプリ』(2021年9月18日)も優勝したし、片方(渡部おにぎり)は『R-1グランプリ』の決勝に行って(2022年3月6日)。『R-1』の煽りVTRに、この劇場映ってたもんね。

比嘉:(同じく『R-1』決勝に進出した)「サツマカワRPG」さんが舞台に登場する直前のVTRにも映ってました。さらに、敗者復活で決勝に行った「Yes!アキト」さんもうちのレギュラーですね。

ヒガ:『R-1』8人のファイナリストのうち、3人か。すごい。

コロナ禍を助けてくれた、芸人と大家さん

—コロナが流行し始めた時期、存続の危機に陥ったことがあるそうですね。その当時はどういう状況だったんですか?

比嘉:3ヶ月くらい、ライブが全くできませんでした。さらに団体の貯蓄もゼロだったので、「これはもう閉鎖か」とすごい焦って。それでクラウドファンディングをしたら、出演してる芸人さんたちが嫌な顔せずに協力してくれたんですよ。「劇場が無くなると困るから」って、リターン用の動画を撮ってくれたり。そのおかげで、今も存続できてますね。

ヒガ:呼び込み制のライブっていうこともあって、本当に厳しかったです。そもそも街に人がいないし、呼び込む行為自体、ご時世的に絶対にダメで。やばかったですね。でもこのビルの大家さん(ミカン下北内の古着・雑貨店「東洋百貨店」などを運営する小清水氏)がすごく優しくて、家賃の支払いを待ってくれたんですよ。

比嘉:呼び込み制をOKしてくれたのも大家さんだし、すごくお世話になってます。この大家さんがいないと、やっていけないですね。

—ライブを再開したとき、お客さんの呼び込みも再開したんですか?

比嘉:いや、呼び込みはやめて、一時期だけ予約制にしてました。それなのに、お客さんからお金は取らないというシステムは続けてました(笑)。

ヒガ:だからその時期はちょっと雰囲気が違ってて、予約してまでお笑いを観に来る人たちだから、通常時よりもウケやすかった(笑)。やっぱり、お笑いが好きで劇場に来る人と、たまたま来た人って、笑うことに対するモチベーションが絶対に違うんですよ。その時期は途中で帰っちゃうお客さんもいなかったし。

お笑い×〇〇のコラボレーション

—下北沢の事業者さんとの関わりはありますか?

比嘉:これまでは無かったんですけど、これからは「下北沢のほかの事業者さんも巻き込んで、みんなで楽しい街にできたらな」って思い始めてます。それで、最近「W/O STAND SHIMOKITA」というカフェとコラボを始めたんですよ。うちから「なにか一緒にやりませんか」と声を掛けたら、ここの方もお笑いが好きだったみたいで「一緒にやりましょう」と。ライブを観に来てくれた方には、カフェで使える30%引き券をお渡ししてます。

編集部撮影

—30%!すごいですね。

ヒガ:すごいですよね。無料でライブ観に来て逆にクーポンもらえるっていう(笑)。

比嘉:あと、沖縄料理の「ゆくてぃ家」さんにスポンサーになっていただきました。先日沖縄でライブがあったんですが、どうしても飛行機代が足りなくて。で、「チラシで宣伝するのでスポンサーになっていただけませんか」ってご相談したら「良いですよ」と。支えていただきました。

沖縄で開催したお笑いライブ『初陣』のチラシ

—では、今後下北沢の街でやってみたい“実験”はありますか?

比嘉:まだふわっとしてるんですけど、飲食店でライブできないかなって考えてます。お酒を飲みながら観られるライブってあんまり無いなと思うので。フランクな感じで、「美味しいご飯とお酒とお笑い」を楽しめるイベントをやってみたいです。あと、「演劇と音楽とお笑い」のコラボイベントですね。今はそれぞれが独立している感じがあるけど、それぞれのカルチャーが混ざることで、下北沢全体が盛り上がったら面白そうだなと。

—「カルチャーを混ぜる」ことは、なにかきっかけがあってやりたいと思ったんですか?

比嘉:今までは「お笑いはお笑い」っていう気持ちがあったんですけど、俯瞰で見たときに「もったいないな」と思って。お笑いはほかのカルチャーと分断されているのかと思いきや、下北沢の地元の人たちと話してみると、ライブに結構来てくれていたことが分かったんです。演劇や音楽だけでなく、意外とお笑いも受け入れてもらえているのかもしれないと感じて、彼らと一緒になにかやれないかなと考えたんですよ。この街の方々にはいろいろお世話になっているので、これからは僕たち発信でなにかできないかなと思っています。

—最後に、主催側の比嘉さんから、出演芸人さんに伝えたいことはありますか?

比嘉:単純に、うちのライブって芸人さんたちがいないと成り立たないんです。どんなにスタッフがいても、劇場があっても、お金があっても、芸人さんがいないとなんもできない。むしろ芸人さんに引っ張ってもらって今があるので、本当に感謝しかありません。売れてからも来てくれる芸人さんもいますし、僕自身も作家として成長できる場になったら良いなと思ってます。

—芸人さんサイドから、主催側の皆さんに対してはいかがですか?

ヒガ:僕はずっとここに出てて、ここで育って、今でも育ててもらってる途中なんです。だから、いずれ集客に貢献できるようになりたいですね。売れたら卒業してしまう人も多いですけど、正直、売れてる人が呼び込みしたら一発で集客できるわけじゃないですか。いずれちゃんと人気者になって、ここに還元したいなと思います。

取材終了後、「下北GRIP」の立ち上げメンバーであり、現在の運営団体代表の和田さんが合流。あらためて「出演芸人さんに伝えたいことは?」と聞いてみると、「(賞レースなどで)結果が出ると、少しでもここが役立ててたんだなと思ってすごく楽しいし、嬉しい」という返答が。ヒガ2000さんいわく、Yes!アキトさんは「和田さんに優勝トロフィーを見せたい」という思いで『R-1グランプリ』を頑張っているそう。また、「下北沢のイメージが、古着・演劇・音楽、そして“お笑い”になってほしい」と野望を語ってくれた。

ライブ運営団体代表の和田祐さん(写真左端)

様々なカルチャーが入り混じる下北沢で、「お笑い」はまだ小さな源流かもしれない。しかし10年かけて積み上げてきた「下北沢=お笑い」のイメージは、少しずつ固まり、間もなく花開こうとしている。「下北GRIP」が下北沢の街を巻き込み、大きな源流を生み出す未来まで、きっとあともう少し。

(※撮影時のみマスクを外しています)

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取材・文:堀越 愛 / 撮影:岡村大輔
下北GRIP
下北GRIP
毎週金・土・日曜に「下北スラッシュ」(ピーコック4階)で開催されている、入場無料のお笑いライブ。週末になると、芸人たちが自ら呼び込みをしている様子が見られる。ライブには、次世代の活躍が期待される多彩な芸人が出演している。
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