2022年12月5日(月)~10日(土)、ミカン下北にて実験的演劇パフォーマンス『THE ONE TABLE SHOW』(以下、OTS)が開催された。これは、“飲食しながら”楽しむ体験型のエンターテインメント。ミカン下北の飲食店それぞれが「小劇場」となり、店内の一角にあるテーブルで突然演劇がはじまるというものだ。OTSには、下北沢内外から様々なジャンルの劇団が集合。それぞれ、約10分の「お酒が進むハナシ」を題材にしたオリジナルショートストーリーを披露した。この実験的なイベントは、どのような経緯で生まれたのだろうか?また、参加した劇団は何を思ったのか。OTSの裏側に迫った。
「THE ONE TABLE SHOW」が生まれるまで
OTSの発起人は、演劇プロデュース団体『エリィジャパン』主宰・石垣エリィさんだ。‟もっと観やすい演劇のかたちを探りたい”と考えていたエリィさんのもとに、ミカン下北にある飲食店『鶏肉食堂 ザ・トリフターズ』から「下北沢のエンタメカルチャーをショーにできないか」という相談が入った。それを受け、もともと親交のあった“人の夢を叶えるのが好き”なゲンタ・クラークさん(ミカン下北内にスタジオを構える、株式会社コネル所属プロデューサー)と、ミカン下北公式実験キャラクター『JIKKENズ』を結成。実現に向け動き出すことになった。
下北沢は、「演劇の街」と呼ばれる街だ。しかし演劇は、初心者にとって足を運びにくいエンターティメント。JIKKENズで会議を重ねる中、生まれたのは「観客の世界に演劇を置いてしまえばいいのでは?」という発想。そして、「お客さんが飲食をしている時間・空間で演劇を披露する」という結論が出たのだ。
※石垣エリィさんの取材記事はこちら https://jikkenku.tokyo/interview/2657/
同じころ、サントリーで新商品『ビアボール』の家庭用販売がスタートした。偶然にも、本商品のCMの舞台は、“シモキタ”にあるレトロで新しい居酒屋「ネオ大衆酒場」。主人公であるユイナ(黒島結菜)が、役者を目指しバイトと舞台俳優を掛け持ちしているという設定だった。本商品のイメージとOTSのコンセプトが合致したことから、サントリーの公式スポンサードが決定。
演劇の裾野を広げる「OTS」
OTSに参加する劇団は、『エリィジャパン』『青色遊船』『演人の夜』『猿博打』『ししとう』『制作「山口ちはる」プロデュース』、『劇想からまわりえっちゃん』『劇団モンキー☆チョップ』の8団体。また、“小劇場”化した店舗は『ダパイダン105』『ハヌリ』『チョップスティックス』『タイ屋台999』『SHIMOKITA MEAT SPOT』『Island Burgers』『楽観』の7店舗。劇団それぞれが各店舗の一画を舞台に、10分間のショートストーリーを演じた。
基本的な枠組みは、各飲食店で偶然居合わせた客が演劇を観劇するというもの。ミカン下北の大階段に面した『ハヌリ』では、通行人が外からOTSの様子を眺める様子も見られた。
『制作「山口ちはる」プロデュース』の山口さんは、「演劇を劇場で観てもらう大切さがある一方、人々のふとした瞬間に演劇がある、というフレームに、またチャレンジしてみたい」と語る。演劇の舞台となったラーメン店『楽観』で、ほかの客がラーメンをすする音すら「良い環境音になった」と振り返った。
OTSが終わった2日後、2022年12月10日(土)にはクリエイティブスタジオ『砂箱』にてライブ配信も行われた。各劇団が集結し、飲食店で披露した演劇を再演したのだ。その様子はミカン下北公式YouTubeで配信され、今もアーカイブを観ることができる。
https://www.youtube.com/live/MkXkXP52-tE?feature=share
『猿博打』村上弦さんは、OTSを「劇場でやるより生(ナマ)だった」と振り返る。劇場で行うような入念なリハーサルができないため、芝居をしながら声量や細かな動きを調整する必要があるからだ。さらに、それらを“お客さんの目の前”で行う必要がある。OTSは、演劇を観るハードルを下げるのと並行し、役者にとっても刺激的な実験となったようだ。
前述のとおり、観劇は初心者が踏み入れにくいジャンルのエンターテインメントだ。さらにコロナ禍により廃業を選択する舞台役者も数多い。だからこそ、エリィさんは「新しい客層の開拓が必要。そのためにこれまでとは違った演劇の可能性を見つけるのが目標。」と話す。劇場に足を運ぶのではなく、たまたま居合わせた客が飲食をしながら楽しむOTSは、まさしく“新しい演劇の可能性”である。OTSの強みは、その汎用性の高さだ。飲食店の賛同が得られればほかの場所でも実現可能性があり、少しずつ演劇の敷居を下げられるかもしれない。OTSに秘められた可能性に注目し、これからもこの実験を見守っていきたい。