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下北沢の路地裏にある喫茶店で、 奇術界のレジェンドがショーをやり続ける理由。

下北沢駅からほど近い裏路地にひっそりと佇む老舗の喫茶店「マルディグラ」。この店で、20年以上前から定期的にマジックショーを行っているのは、奇術師 カズ・カタヤマさん。国内外のコンテストで数多くの受賞をし、何冊もの解説書を手がけられているベテランマジシャンだ。そんな彼がなぜ、下北沢の小さな喫茶店で表現活動を続けているのだろう。そして、長期にわたり、定期的に訪れていたこの街をどのように見ていたのか。カズさんが歩んできたこれまでの人生とマジックの魅力、そして、今抱いている夢について、たっぷりお話をお聞きした。

拍手をもらった子ども時代の体験が、プロの道へと導いた

カズさんがマジックと出会ったのは、いつのことですか?

小学校5年生くらいですから、半世紀近く前のことになります。学校のクラス会で班ごとに出し物をすることになって、僕の班はたまたまマジックをやることになったんです。これがすごくウケたんですよ。クラスのみんながワーって拍手してしてくれた、あの時の感覚が忘れられなくて、今でもずっとやってるっていう感じなんです。

―子どもの頃の成功体験がきっかけで、プロにまでなってしまったとはすごいですね!

初めてのマジックを披露した後、子ども向けのマジックの入門書を買って練習して、友達や家族に見せて楽しみながらずっと続けていたのですが、当時はプロになろうとは思っていなかったんです。大学も、京都の美術大学で漫画を専攻していました。私の時代は、商業漫画というよりも、新聞などに掲載されている風刺漫画が盛んでした。作品づくりのためには、様々な情報を集める必要があるのですが、それらは自分の体験ではないというところにフラストレーションが溜まってしまって。情報の受け渡しでなく、自分でなにかやっていきたいと思った時に、それはマジックなんじゃないかと思ったんです。

―技の習得は独学で?

プロになろうと決めた後は、当時はまだ珍しかった京都のマジック用品専門店で働きはじめました。最初はアルバイトだったのですが、道具の開発に携わることもありましたね。でも、そのままショップで働いていても埒があかないなと思って、東京で活躍しているマジシャンの鞄持ちをしながら弟子としても指導を受けるようになりました。当時は、伊東や熱海のリゾート温泉の施設にステージがあって、そこで宿泊客向けにショーをする機会がたくさんあったのでついてまわっていましたが、実質は師匠のお子さんの子守り要員。東京に出てきて一番うまくなったのは、ミルクを作ることとオムツを変えることだったかもしれません(笑)。

―そこからデビューまでは順調だったのでしょうか?

いえ、子守りばかりなのも辛くなってしまって、師匠の元を飛び出しちゃったんです。その後は、当然仕事もないし、気持ち的にも落ち込んでしまって。なんとか工場の肉体労働で食い繋いでいました。そうしたら、ありがたいことに先輩が連絡をくれて、地方のキャバレーでショーをする仕事を紹介してくださって。今までやって来れたのは、この時に先輩に助けていただいたおかげです。そのうちに、現場で仕事をしながらマジックの世界的な大会にも挑戦したいと思うようになりまして。昼間稽古したものを夜はお客様の前で試す、っていう繰り返しでネタを磨いて、国内外の大会に出ました。幸い、最初の大会からいろいろな賞をいただくことができて、それが自信に繋がりました。

公演の様子(画像提供:カズ・カタヤマさん)

自分なりの表現と人間性を加え、不思議な現象をより豊かに彩る

―カズさんがお得意なのは、どんなマジックですか?

鳩を出したり、箱に入った人を切ったり、そういう道具を使うような大掛かりなものもありますが、私が好きなのは、道具はトランプとか最小限で、手先を使って見せるようなものですね。この種のものは、練習あるのみ……といっても、練習だけでもだめですが。マジックって、一生懸命に技術を習得した努力の成果を、そのままお客様に見せれば良いというものでもないんですよね。だから、本当の凄さがわかりにくいのかもしれません。ほのかには伝わるものがあると思っているんですけど。でも、凄さを伝えるよりも、見る人が楽しんでくださったり、何かを感じてくださったりするのが一番だなと思っています。

作品づくりの中でこだわっていらっしゃるのは、どんなところですか?

一言で言うのは難しいですが、やはりオリジナリティですかね。でも、完全なオリジナルというものはなくて、昔からあるものを自分なりの表現でいかに変えていくかだと思います。その自分なりの表現をどこまで出せるか、というところが大切です。そういう考えでマジックをやってこれたのは、オリジナリティが求められる絵を描いていた経験があるからかもしれません。

ちなみに、日本のマジックにおいてはこの国の精神みたいなものを作品に込めることで生まれるオリジナリティがあるんです。日本人らしい表現のひとつに「見立て」があります。紙を蝶々に見せるとか、落語で言うと扇子と手拭いで蕎麦を食べているように見せるとか。アメリカの派手さとは異なって、日本人のマジシャンはこじんまりとした中に、深く深く追求していくスタイルが得意な方が多いですね。

カズさんが目指してきたマジシャン像みたいなものはありますか?

マジックって、ドラマがあるお芝居とはちがって、現象が起こるだけ、ですよね。現象を起こすだけなら、誰がやっても一緒。マジシャンとしての存在価値はなくなってしまいます。だから、そこに自分の人間性を入れたいなと思います。マギー司郎さんなんかは、人間味があって唯一無二の存在。そういうマジシャンが好きですし、そういうマジシャンになりたい。そして、そういうマジシャンを育てたいですね。

(画像提供:カズ・カタヤマさん)

若いマジシャンが立ち、気軽にマジックを体験できる場を作りたい

こちらの「マルディグラ」で定期的にショーをしていらっしゃったんですよね。

この場所との出会いは、もう20年近く前になると思います。ママさんのお兄さんがマジック会のプロモーターをされていて、若い頃に大変お世話になったんです。それで、ここを紹介してもらって、毎年四半期に1回くらいのペースで少人数のショーをやらせていただいていました。ママさん手作りのケーキと飲み物付き、20人限定だったかな。コロナ禍でここ数年はやれていないですけど、それまで24回くらいやりましたかね。主に、クロースアップマジックという種のお客様の目の前で見せるテーブルマジックをやっていました。またママさんの口利きで、ここで月に1回マジック教室も開催していたんです。ここでのショーには、僕だけじゃなくて生徒さんにも出てもらっていて、同じお客様がいらしても、毎回楽しんでいただけるように、バラエティに富んだ内容を考えていました。そろそろ、そうしたショーを再開したいと思っているところです。

こういう場所でやることの良さは、どんなところにあるのでしょうか?

まず、ここにいらっしゃるお客様がいいんですよね。地元の方もいらっしゃいますし、遠方から足を運んでくださるかたもいらっしゃいましたけど、銀座や六本木のお客様とは、雰囲気が全然違います。僕らは、大きな舞台でのステージもやりますから、こういうこじんまりしたところと交互にできるといいんです。なぜかというと、場所や人数によってエネルギーの出し方や構成の仕方は異なるので、同じマジックでも様々な雰囲気を作ることができるから。その両方をやっていると、どちらにも相乗効果でよい気づきがあったり広がりが生まれたりするんです。

ここ20年くらいというと下北沢の駅前もかなり変わりましたが、カズさんからみてこの街はどんな印象ですか?

実は、初めて自主公演をやったのが、下北沢タウンホール。1997年のことです。このチラシは、自分でイラストを描いたんですよ。その後も、当時定期的に通っていた美容院は下北沢にありましたし、お芝居やっている友人の公演に足を運ぶこともありましたから、かなり縁はありますね。駅前のあの、ごちゃごちゃした雰囲気が好きだったんですよ。おもしろいっていうか、むちゃくちゃっていうか(笑)。バラックの焼き鳥屋さんがあって、ここのショーが終わってから、一杯飲みに行ったりもしましたよ。下北沢って、未完成の若者たちがごった煮になっているような印象があって、それがこの街のおもしろさのように感じていました。だから、銀座でやるような完成されたものより、何か新しいことに挑戦したくなる雰囲気があるんですよね。

カズさんがイラストを手がけた下北沢での自主公演のチラシ

カズさんが今、この下北沢の街でやってみたいことはありますか?

本当はね、常設の小屋を持てたらいいなと思います。毎日、パフォーマンスを見せられるようなシアター的な場所というか。銀座や六本木にはあるはあるんですけど、どうしても入場料が高くなってしまうので、若い人たちにはハードルが上がってしまいます。できれば、もう少しリーズナブルに、手の届きやすい価格でマジックを体感してもらえる場所ができたらいいですね。日本は、リーマンショックや東日本大震災などいろいろな世の中の情勢も影響して、大小問わずマジックをやる場所が少なくなりました。バーなどでマジックを見せるというのはありますが、それでは本格的にステージをやる人が育たない。環境が変わらないとどうしようもないことなので、やっぱり場を作れたらいいなと思います。

―最後に、カズさんが思うマジックの魅力を教えていただけたら嬉しいです。

マジック=奇術とは、人工的に作られた魔法、もしくは魔法の再現だと思っています。老若男女、誰にでもわかりやすくみんなで楽しめるのが一番の魅力だと思いますが、もう一つ、見る人の本性がわかるというのも、奇術のおもしろさだと思います。ここ数年で取り組んでいる作品の中には、相手の心理を読んだり、嘘を見破るような内容のものもあり、喜んでいただいています。本性が出てしまって、稀にですが「騙された!」と言って怒る人もいますね(笑)。怒らせてしまった時は、「気を悪くしましたか、もう一つお見せしますね!」なんてフォローしてやっているんですけど。

できるだけその場を楽しいものにして、一生思い出に残るようなひとときにしようと思えば、やっぱり思いやりとコミュニケーション力が大切。キザに言うなら、愛が必要、ということでしょうか。私たちのショーを見て、疲れていた人が少しでも元気になったり、苦しい思いをしている方が楽しい気持ちになったり、そういことができたらいいなと思います。それが、テーマパークみたいな大かがりな場所ではなくて、こういう下北沢の小さな喫茶店でもできたら、ちょっと素敵じゃないですか?

Information

取材・文:内海織加 撮影:岡村大輔
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カズ・カタヤマ
日本を中心に、国内外で活躍する奇術師。テクニックを駆使するスライハンドマジックで、国内外のコンテストに出場し、数多くの賞を受賞している。『図解 マジックテクニック入門』『図解 マジックパフォーマンス入門』(共に、東京堂出版)をはじめ、数多くの解説本を執筆。現在も、得意のイラストを盛り込んだ新たな解説本に取り組んでいる。現在は、日々の様々な出来事や思いをブログ「奇は奇術師の奇」に綴っている。
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