2024年9月、WEBメディア『東京都実験区下北沢』のフリーペーパー第一号が刊行された。さらに3周年を記念して第二号も2025年3月より刊行となった。実は、このフリーペーパーは京王電鉄の中づり広告などを再利用してつくられている。本プロジェクトの実現をサポートしたのが、株式会社ペーパーパレード。紙や印刷の専門知識を基盤に、コンセプトからプロダクト、空間に至るまで、幅広い領域で活動しているデザインファームだ。これまでにも、丸の内での屋外広告の再生事業や、再生プラスチックを使った素材開発、さらには商業施設の展示やインスタレーションなど、多岐にわたる実績を持つ。
ペーパーパレードと下北沢の関係は、京王電鉄が実施したエリアオープンイノベーションプログラム『ROOOT』に始まる。そこで「下北沢の街に掲示されているフラッグの再利用」を提案し、実証実験を実施。フリーペーパーも、このときの繋がりから生まれ、新たに還元されたものだ。
今回、ペーパーパレードの守田さんと和田さんに、彼らが目指すデザインのあり方や、下北沢で実施した2つのプロジェクトについて話を聞いた。
入り口から出口まで、パッケージで提案できるデザインファーム
―ペーパーパレードは、どのような取り組みをしている会社ですか?
守田:「紙と印刷」の2つの要素を中心に、価値観にとらわれない提案をしているデザインファームです。最初の拠点は墨田区で、当時は工場の職人さんから多くを学びました。そこで印刷や加工などを教えていただいたので、印刷の知識は自信を持っています。
共同経営者の和田は、共通の知人である職人さんに紹介されました。彼女も独自で紙活字のプロジェクトをやっています。お互い紙や印刷加工に精通していることもあって、和田が会社名を「ペーパーパレード」と名付けたんです。

守田 篤史さん。コーヒーロースターとしてのキャリアもあり、事務所でこだわりのコーヒーをふるまってくれた
和田:会社にする前は、「プリンティング」というユニット名で活動していたんですよ。
守田:「ペーパーパレード」という名前には、紙ならではの素材特性を活かしたプロジェクトに取り組みたいという想い、そしてみんなを引き連れて楽しい景色を見せる……みんなを楽しませる「ちんどん屋」のようなイメージが込められています。

和田 由里子さん。グラフィックデザイナーや書体デザインのキャリアを持つ
―では、取り組んでいるプロジェクトも紙や印刷関連に限られているのでしょうか?
守田:最近は再生プラスチックなどサステナブルな素材開発をはじめ、紙や印刷以外にもやっているんですよ。とはいえ、やっぱり活きてくるのは紙や印刷の知識。印刷加工現場での知識がほかの素材でも応用できたりするので、原点は変わりませんね。紙や印刷の知識を基盤に、いろんな可能性を広げています。
―デザインファームとして、プロダクトを納品するような案件が多いのでしょうか?
守田:僕らが得意としているのは、プロダクト納品だけの案件ではなく、コンセプトからプロモーションまで一貫して担えるようなプロジェクトですね。どういう課題感があるのかを踏まえ、どんな段取りで形にしていくか、どう外に出すか……一貫したパッケージで提案しています。
エリアオープンイノベーションプログラム「ROOOT」への挑戦
―元々ユニットとして活動していたお二人が、仕事の枠を広げて法人化に至ったと。
和田:法人化したのが2020年1月なので、コロナ禍がスタートするの同時でした(笑)。でも渋谷のインキュベーションオフィスにいたことで、いろんな人と知り合うことができたよね。
守田:そうそう。コロナ禍で百貨店からいろんなお店が撤退していた時期で、同じオフィスにいた起業家たちにチャンスがまわってきて。彼らからデザイン面で相談をもらうようになってサポートしていくうちに、僕らの今のスタイルが出来上がりました。ただ案件をもらって納品するのではなく、資金調達に向けてデザイン面からブランディングを一緒に考えるようなところにかなり意識を集中していましたね。
―ブランディングを一緒に考えるというのは?
守田:スタートアップって予算が潤沢なわけではないので、当時は今ほど一般的ではなかったSNS運用に力を入れてみたりなど、限られた予算の中で、大型案件に匹敵するクオリティのアウトプットを実現してきました。
そうやって試行錯誤しつつスタートアップの仲間たちをサポートして、僕らも刺激を受け、ただのデザイン事務所ではなく「プロジェクト創出型のデザイン事務所」を目指して法人化しました。自分たちで課題を見つけてプロジェクトを起こし、デザイナーとして社会問題の解決を事業化していこうと。
和田:それで、『ROOOT』に応募したんです。
―「ROOOT」はどのようなきっかけで応募することになったのでしょうか?
和田:事務所の物件決めでヒトカラメディアさんにお世話になっていたため、元々会社としてご縁があったんです。あるときInstagramを見ていたら、広告で『ROOOT』の情報を見つけたんです。ヒトカラさんが運営ということもあって「じゃあやってみよう」と。最初は「屋外広告の再生プロジェクト」で応募しました。
守田:下北沢の街に飾られているフラッグを価値化できないか? というプロジェクトですね。以前丸の内で屋外広告の再生事業に携わったことがあるので、すでに事例は持っていたんですよ。下北沢の街由来の素材再生という提案で採択していただきました。それから、弊社のHPを見た京王電鉄の方から「紙でもなにかできますか?」とご相談をいただきました。駅や電車の中づり広告で使った紙が大量に廃棄されるということで、それらを再生するプロジェクトもスタートしました。

エリアを起点としたオープンイノベーションプログラム『ROOOT』は、2023年10月に下北沢で始動。約70社の応募から5社採択された。写真は2024年6月に行われた報告会の様子
参照)https://jikkenku.tokyo/interview/3280/
―ミカン下北のTSUTAYA書店で、実際に下北沢で掲示されていたフラッグから作られたプロダクトが販売されていましたね。
守田:トータルで40個ほど売れましたね。下北沢に愛着がある方だけでなく、デザインがカッコいいという理由で海外の方が購入してくれたりもしましたね。街に掲示されているフラッグって、「再利用して使いたい」と言っても、権利の問題があるので簡単には実現できないんですよ。タレントさんが掲載されている場合は肖像権もありますし、そういった問題が再利用できない大きな理由でした。ただ、シークレット地紋(※)をかけることで権利自体をフラットにできるので、この技術をつかってフラッグを価値化することができました。
※シークレット地紋:銀行などからの郵送物に封入された重要文書の内容や個人情報などが透けて見えてしまうことを防止するために施される細かいパターン模様。

下北沢のフラッグからつくられたプロダクト
和田:今まで権利の問題で捨ててしまっていたフラッグを再利用するため、弁護士さんや弁理士さんと作戦を立てましたね。

シークレット地紋をかぶせる技術により、権利問題を解消
循環が続く再生プロジェクトの提案
―下北沢で屋外広告の再生プロジェクトをやるにあたり、どんなことにこだわりましたか?
守田:下北沢という街をイメージして、カジュアルやカルチャーをテーマにしました。
丸の内のような高級感のある街では、ラグジュアリーなプロダクトを作りましたが、下北沢では違ったアプローチをしましたね。
―下北沢で実際に掲示されていたフラッグがプロダクトになったら、下北沢にとって新たな可能性が生まれますね。
守田:そうですね。下北沢全体のフラッグをプロダクト化できるようになったら、今までは現金化できなかったものを資金に換えてまちづくりの予算にあてられるようになるなど、新しいマネタイズポイントが生まれると思うんです。そういった、誰も不幸になることのない資金収入源のご提案につなげていけたら良いなと思いますね。
―京王電鉄さんから相談があった紙再生のプロジェクトについても、詳しく教えてください。
守田:紙の再生事業の多くは、廃棄素材を混ぜたプロジェクトなんですよ。でも廃棄素材を混ぜた紙は異物が入るので、それ以降は再生できない。1回しか使えないんです。でも僕は、目先のごみ問題を解決するだけではなく、ちゃんと循環する提案がしたくて。それでオフカットパルプ(廃材や間伐材をパルプとして再生したもの)のプロジェクトを提案しました。コロナ禍もあって、昔に比べると中づり広告の問い合わせが少なくなっているそうなんですよ。でも「中づり広告が必ず再生される」というスキームをつくれたら、それ自体が広告価値を生むのかなって。
広告=ゴミになるというネガティブな印象を持つ人も増えていると思うんですが、広告を出すことが環境にとってポジティブなんだという流れをつくれたら、京王電鉄社内の中づり広告の価値を上げられるのではと思います。
―そしてできた紙が『東京都実験区下北沢』のフリーペーパーに使われたんですね。
和田:この紙、かわいいですよね。
―かわいいとは?
和田:この紙って、1枚1枚違うじゃないですか。普通の紙だと真っ白で1枚1枚に違いがないけど、これは個性があってかわいい。載っている情報は同じだけど、手に触れる雰囲気は1枚ずつ違っていますよね。紙媒体だからこその良さがあるなぁと思います。
守田:フリーペーパーを読み終わったら、回収ボックスで回収するような循環を作れたら面白そうですね。「このフリーペーパーをまた紙に戻します」ということで、メディアからメディアの循環ができたら良いのではと……せっかくプロジェクトにしたのであれば、1回だけで終わるのではなく継続できる仕組みをつくりたい。
そのためには、やる意義を育てていかないといけないですよね。電車の中づり広告を再生するためのプロジェクトが、WEBメディアを紙メディアにすることにつながって、それが再生されてまたメディアになる。たとえば第24号が出たとき、「実はこのフリーペーパーには15号の文脈が残っているんですよ」というストーリーをつくれたら面白そうです。

京王電鉄の中づり広告から生まれた紙と、WEBメディア『東京都実験区下北沢』のフリーペーパー版。真っ白な紙とは異なり、良く見ると1枚1枚に違いがある
―今後下北沢で仕掛けたい実験はありますか?
守田:下北沢の素材をつかった取り組みを、下北沢のプレイヤーと一緒に実現できたら面白そうですね。たとえば、yutoriさんと協業して、彼らの発想のなかで下北沢由来の素材をつかってもらうとか……
―下北沢という枠組みは越えて、ペーパーパレードさんとして取り組みたいことはありますか?
守田:日本だからこそ実現できるデザインを、海外にも発信していきたいですね。僕らがやっていることって、日本ならではの機械や工場、あとは伝統工芸・産業から生まれたプロダクトなので。どんどん海外に伝えていけたらと思います。