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「街に開かれた劇場」を目指して。本多劇場を起点に仕掛けられた実験的イベントとは?

2022年11月12日(土)~23日(水)に、ユニークな演劇イベント<遊覧文庫vol.1『下北沢のみち』>が行われた。劇団・阿佐ヶ谷スパイダースが運営主体となり、本多劇場グループ協力のもと、朗読ワークショップや親子参加イベントなど様々な催しを実施。また、下北沢東会とタッグを組み、昭和信用金庫前の広場で『秋の下北沢盆踊り』も開催された。

劇団・劇場・街―。さまざまなプレイヤーを巻き込みながら行われたこのイベントは、どんな経緯から生まれたのだろうか? また、“街を巻き込む”ことにどんな意味があったのか。(写真左より)舞台監督の福澤諭志さん(以下、福澤)、阿佐ヶ谷スパイダース主宰の長塚圭史さん(以下、長塚)、本多劇場グループ支配人の本多慎一郎さん(以下、本多)・企画制作の筒井未来さん(以下、筒井)に、昨秋下北沢で起きた“実験”について、話を聞いた。

「街と劇場をつなぐ」ミッションが軸に

―『下北沢のみち』や『秋の下北沢盆踊り』は、さまざまな演劇関連のコンテンツがまるで音楽フェスのように次々と行われる、画期的なイベントでした。最初にこの企画が生まれた経緯について、教えてください。

 

筒井:阿佐ヶ谷スパイダースさんが、本多劇場グループが運営している新宿の劇場(新宿シアタートップス)での上演を検討されてて、2021年秋くらいに見学にいらっしゃったことが発端ですね。「稽古は本多スタジオでやりたい」と言われたんですけど、「その時期にスタジオは取り壊されてるんですよ」とお話したんです。(※)
※本多スタジオは、本多劇場グループが運営する稽古場。道路計画のため、2024年に取り壊しが決まっている

「下北沢のみち」では連日多様なイベントが開催された(イベントパンフレットより)

 

長塚:僕らは2001年から本多スタジオを使わせてもらってるんですよ。縁のある場所だし、そこが取り壊されてしまうんだったら「なにかやってみようよ」と。せっかくだしなにかお祭りみたいなことができたら良いね、と話し合っていたとき、“盆踊り”というアイディアが出てきたんです。

筒井:盆踊り、最初は軽い気持ちで考えてたんですよね。「その辺で踊れるかな」くらいの。でも、盆踊りをするにあたって昭和信金さん前の広場を借りられないかご相談したところから、どんどん話が大きくなっていったんです。

長塚:もともと、下北沢では毎年盆踊りをやっていたんですよね。でもコロナの関係もあって3年間できていなくて。それもあってか「盆踊りをやれるチャンスかもしれない」という空気になって、イベントが劇団の枠を超えて商店街や行政を巻き込んだものになっていったんです。

―では、最初はここまで街を巻き込んだイベントになる予定ではなかったんですね。

長塚:そうですね。「昭和信金前の広場を借りられないかな?」って話を持っていったのは2022年8月末なので、まさかこんなスピードでここまで大きな話に発展するとは(笑)。でも、駆け足だから進められたところもあるかもしれないですね。もっと前からじっくり準備してたら、決まるものも決まらなかったかも。しかも盆踊りだけでなく、なにも決まっていない段階で劇場も押さえてますからね。「子ども向けの芝居やろう」「ワークショップ形式のなにかをやろう」とアイディアは出るんだけど、どうしたら実現できるのかは見えないまま。「どうすんの?」っていうクエスチョンを持ちながら、盆踊りの企画だけがぐいぐい前に進んでいきました(笑)。

―盆踊りは商店街の皆さんの協力が不可欠だったとのこと。お話を持っていったとき、反応はいかがでしたか?

福澤:すごく前向きに捉えてくださって、ウェルカムでした。やっぱり、皆さん街のことを考えていらっしゃるんですよね。我々がやろうとしている実験的な試みをなんとか成功させようと、非常に強力なサポートをしていただきました。今回ご一緒して感じたのは、下北沢の方はイベント慣れしているんだなということ。下北沢では毎週末のようにいろんなところでイベントをやっていて、そこには商店街だったり、地域の方が必ず関わっているので。

長塚:商店街や代田盆踊りの会の力を借りることになり、世田谷区が後援に入って……自分たちが思っていた以上に盆踊りの規模が大きくなり、どんどん下北沢全体を巻き込むイベントになっていって。その過程の中で、盆踊りは「阿佐ヶ谷スパイダース」という団体が個人的に主催するものではなく、旗を振るのは街の方々で、僕らは運営にまわるという形になっていったのかなと思います。そんな流れの中で、『下北沢のみち』も街との関わり方が大事だということが見えてきて。もともと「下北沢は劇場のある街だと示していきたい」という思いがあったので、それを頼りに様々な企画を考えた感覚がありますね。

画像提供:阿佐ヶ谷スパイダース

―準備を進めながら、『下北沢のみち』の方向性が見えてきたんですね。

長塚:やりながら分かっていった感じです。ちなみに本多劇場的に、『下北沢のみち』はどうだったんですか?

本多:“街に開かれたイベント”だったなと思います。劇場って、どうしても中に入っていただかないとなにが行われているのか分からないじゃないですか。普段から「気軽に劇場に入っていただけるようになれば良いな」と思っているんですけどね。

福澤:本多さんの、その「街に開いていきたい」という想いが長塚とも合致したんだと思います。長塚も以前から、劇場はどうしても閉鎖的になりがちだから、街とアクセスできるように、もっと人を招き入れられるようなものにしたいと考えていたので。

本多:そういう取り組みって劇場だけではできないですし、『下北沢のみち』をやったことで、一緒に街に受け入れてもらった感覚がありました。

福澤:この取り組みを通して、下北沢という街の許容量の大きさも感じましたね。同じようなことをほかの街でやっても、なかなか受け入れられないだろうと思います。やっぱり地域の方々が、こういうことを受け入れる力がある。そして訪れる人も、そういうものを求めて来ているのをすごく感じます。

長塚:はっきり言って、このイベントだけで簡単に街と劇場がつながったということはないです。でも「こういうやり方がある」って、入り口がちょっと見えた感じはしますね。

「街に行くことが楽しくなる」演劇体験

―お客様の反応で印象に残っていることはありますか?

筒井:個人的には、劇場に置いてあるほかの劇団の公演チラシを見て「今度(本多劇場にも)観に行きますね」と言ってくださった方がいたのがすごく嬉しかったです。本多劇場はこのイベント直前に40周年を迎えたのですが、いろんなところで「下北沢は演劇の街だ」と言っていただける割には、劇場の中でなにが行われているのかあまり知られてないなと思っていたので。

長塚:劇場が“そこにある”ことは知られていても、“どういう場所なのか”は知られていないんですよね。あるいは、“劇場がそこにある”ことに気付いていない人もいます。演劇のお客さんの数がそもそも多くないわけだし、そこに従事している僕らはもっと発信していかないといけない。

―そもそもの質問になってしまうんですが、劇場にとって「街とつながる」ことにはどういう意味があるんでしょうか?

長塚:劇場って想像力を育む場所であり、多様性の象徴であると思うんですよ。劇場は、そこになにもなくても「ここはイギリスだよ」と言えばイギリスになる。つまり、なにも無い空間がいろんなものに変質するわけです。劇場に世界が作られて、その中で僕らはいろんな立場を演じて、観る側も誰かの立場を想像して……劇場はいろんな視点を得られる場所なので、そういう意味で多様性の象徴だと思うんですね。人を刺激したり、楽しませたりできる。だからこそ地域に開かれていなければならないと思ってます。

本多:うちの社長(本多劇場グループ代表、創業者の本多一夫)が劇場をたくさん作る理由って、「一人でも多くの人に舞台に立ってほしい」からなんです。やっぱりいろんな人に劇場に来てもらいたいし、立ってほしい。開かれてないとそれは実現できないんですよね。最初からずっとこういう想いで運営してるので、これから先も劇場を作り続けると思いますよ。そして、お芝居を楽しみにやってくるお客さんが、劇場に向かう“過程”も大切だと思うんです。例えば、活気の無い街にぽつんと劇場があったとして、お芝居は楽しくても行き帰りは楽しくないかもしれない。でも、すべての過程が楽しいほうがより良いじゃないですか。そのためには、やっぱり「街に開かれている」ことはすごく大切だと思うんですよね。街の方が、演劇を観に来るお客さんや劇団を受け入れてくれる。そうなれば、街に行くこと自体が楽しくなる。そうやって広がっていくようなことができればなと考えてます。

長塚:下北沢って、演劇を含め有象無象を受け入れてくれる街ですよね。僕は高校時代から下北沢に来てるけど、もう、居心地良すぎてヤバかった時期もあった(笑)。でもどんどん時代は変わっていって、今は社会全体が成熟して、演劇が文化として少しずつ認められてきていると思うんです。そういう社会において、劇場もただ扉をオープンにしているだけじゃなく、マインドもオープンにした状態で存在できるようになればより良くなっていくんじゃないかな。

様々な可能性を持つ「演劇」の可能性

―本多劇場グループさんでは、毎年2月に『下北沢演劇祭』を予定されています。そこでも、街とつながるための仕掛けを考えているんでしょうか?

筒井:第4回の1994年から毎年実施してきているのですが、「演劇創作プログラム」という演出家やスタッフは全員プロだけど出演者は一般の方を主に経験を問わず幅広く募集、という試みを予定しています。夏くらいに公募をして秋から稽古を始めます。

長塚:良い企画だね。

今年の「演劇創作プログラム」の詳細はこちら https://engekisai.com/program2023/

―面白そうですね。過去には、どんな方が参加されていたんですか?

筒井:もう、いろいろです。学生さんも主婦の方も会社員もいます。

本多:10代もいるし、80代もいる。現役で働いてる方もいるし、定年された方もいるし……様々すぎて、「こういう人が出ました」と説明ができない(笑)。

長塚:こういうことを本多劇場グループがやってるっていうことを、もっとちゃんと知ってもらうことが大事ですよね。僕も知らなかったくらいだし(笑)。それと、こういう公演のお客さんって、普段演劇を観ている層とはガラッと変わっちゃいますよね。なんかちょっともったいないし、もっと演劇ファンと一般の方が混じり合ったら良いよなと思います。

―お話を聞いていて、演劇って本当は間口が広いんだなと思いました。素人が踏み入れることを許容してくれているというか。

長塚:演劇の入り口は、一般の方にとってもめちゃくちゃ入りやすいと思います。『下北沢のみち』でも、一般の方と一緒に1本の作品を読む「朗読ワークショップ」っていうのをやりました。2時間かけて1本の作品を読むんですけど、一般の方でも全然遜色なくて。参加した方も「読むとこういうことが分かるんですね」と発見があったみたいで、「体験するだけで全然違うんだな」と思いました。

福澤:演劇って娯楽だと思われがちですけど、本当は“自分たちでやってみる”という楽しみ方ができるんですよね。地方に行くと、けっこう演劇を趣味というか、生活の糧としてやっている人もいますよ。昼間は仕事をして、夜に稽古をして、週末に公演をする、みたいな。演劇って、海外だとコミュニケーションや教育のツールとして使われてますし、いろんな側面を持ってますからね。

―『下北沢のみち』では、親子で参加する『ペックとスメルの秘密基地』というプログラムを行っていましたね。これはどういう試みだったんでしょうか?

長塚:やったことは、すごくシンプルです。なにもない本多スタジオに、ペックとスメルを呼び出すために森を作るんです。彼らに会うためには“熱帯の森”が必要という設定なので、親子で協力して、絵や紙で木を作ったり。それから、彼らをおびき寄せるための食べ物を作ってみたり。

子供たちもペックとスメルの世界観に引き込まれる(編集部撮影)

福澤:僕、小6・小4・幼稚園の子どもがいるんですよ。3人とも参加させたんですけど、特に下の子はいまだにペックとスメルの話をしますね。そのときに作った葉っぱはまだ家に飾ってあります。これをやったときに思ったんですけど、小さい子であればあるほど、想像力がすごい。僕らからすると会場は普通の稽古場なんですけど、彼らにとっては本当に森なんですよね。架空と現実の境目があやふやで、なにかの鳴き声がすると探しに行ったり、ビクビクしたり。

長塚:小学4年くらいの子どもだと、また違うことをするんですよね。演じ始めるというか、自分たちが劇の一部になることを自覚して、役割を守りながら演じてくれるんです。

進化する下北沢で考える、次の一手とは

―『下北沢のみち』について、今後はどのような展開を考えていますか?

長塚:vol.2については、相談しながらですね。僕らは今回、下北沢が持つポテンシャルをすごく知ることができました。もしかしたら、本多劇場グループさんも「こういうやり方があるんだ」と思うことができたかもしれない。そのこと自体は、財産だと思います。でも、阿佐ヶ谷スパイダースだけがこういう取り組みをやるのではなく、このノウハウをどうシェアしていくのかが次の課題だと思っていて。『下北沢のみち』が僕らの専売特許になっちゃっても良くないと思うので、Vol.2をどう作っていくかはこれから相談することになると思います。ただ、下北沢と深く関わりのある盆踊りを作ったから、それは引き続きどこかでやり続けてくれたら嬉しいなと思いますね。

筒井:昭和信金さんや商店街の皆さんも「またやろうね」とおっしゃってくださっています。私たちもやりたいとは思ってますけど、どういう形にするのかはこれからですね。

長塚:ほかの演劇集団と一緒にやるのか、音楽のチームとやるのか。もしくは、飲食店やカメラマンとか、演劇とはまったく関係のないところと組むとか。「演劇祭をやろう」なのか「街のお祭りをやろう」なのか……なにを目的にするかによって広げ方が変わっていくんじゃないかな。

筒井:『下北沢のみち』を観た演劇関係者には、「演劇祭の理想ってこういうことなんじゃないの?」って言ってくれる人も何人かいましたね。毎年演劇祭をやってるんですけど、各劇場で公演をやってはいるけど団体同士で繋がって何かをしているわけではない。つまり、正直、普段と形態はあまり変わらないわけです。それより、『下北沢のみち』のようにみんなで走り回って作るのが演劇祭なんじゃない? と。そうだよなぁと思いますし、なんとかうまく繋げていきたいなと思ってるんですけど……

長塚:演劇業界だけじゃなく、飲食店をはじめ街との接点をもっと増やしていくことも考えながら、Vol.2を進めていきたいですね。下北沢もどんどん進化して、変化してるじゃないですか。その中で本多劇場グループは“現在”でもあり、“古き良き歴史”も知ってるわけで。下北沢の新旧が混じり合いながら、なにか取り組めたらすごく価値のあることかもしれませんね。

 

《第33回『下北沢演劇祭』こども応援企画について》
『下北沢演劇祭』にて、下記の通り3つの「こども応援企画」を実施いたします。

●阿佐ヶ谷スパイダース「ペックとスメルの秘密基地」
作・演出:長塚圭史
出演:木村美月、志甫まゆ子、内藤ゆき、中山祐一朗、伊藤暁
公演日程:2月8日(水)13時~14時/16時~17時
場所:北沢タウンホール
料金:親1人子1人で2,000円/1人追加につき500円

熱帯の森にすむイタズラ大好きの奇妙な生き物ペックとスメル。色とりどりの楽しい工作でペックとスメルをおびき寄せ、彼らと一緒に遊んでみませんか?子どもも大人も楽しめる親子参加型の作品です。

●Office8次元 ♪鳴らして楽しむ♪「セロ弾きのゴーシュ」
原作:宮沢賢治

脚色・演出:淺場万矢

出演:淺場万矢、今井由希、原田理央、北村まりこ
演奏:【チェロ】ヌビア、【ピアノ】吉田能、【パーカッション】熊谷太輔

公演日程:2月11日(土)
①11時~11時25分 楽器作りワークショップ
11時30分~12時10分 鳴らして楽しむ「セロ弾きのゴーシュ」
②15時~15時25分 楽器作りワークショップ
15時30分~16時10分
場所:北沢タウンホール
料金:10歳以下 無料、中学生まで500円、一般2,000円(保護者券:1,000円※)、限定ステッカー付き応援チケット4,500円、オリジナルグッズ付き応援チケット5,500円
※中学生以下のお子様1名につき、お連れの保護者1名まで

こどもも大人も楽しめる「セロ弾きのゴーシュ」。飛び出す絵本のような、音楽満載の演劇公演です。オリジナル楽器を一緒に作って、楽器を鳴らしながら楽しみましょう。みんなで楽しく、トォテテ、テテティ♪

●世田谷こども応援ライブ 

主催:本多企画・オオタスセリ企画

公演日程:2/12(日)14:00〜15:00

場所:北沢タウンホール

料金:無料

ガラクタに命を吹き込み、楽器に生まれ変わらせて音を奏でるミュージシャン・山口とも、コミカルな動きも楽しいピエロ・はっち&きっちのショーを入場無料でご覧いただけます。

 

Information

取材・文:堀越愛 撮影:岡村大輔
本多劇場グループ
本多劇場グループ
下北沢で8つの劇場(本多劇場、ザ・スズナリ、駅前劇場、OFF・OFFシアター、「劇」小劇場、小劇場楽園、シアター711、小劇場B1)を運営している。下北沢が「演劇の街」とされる所以であり、代表の本多一夫氏自身も俳優として舞台に立っている。
他劇場や商店街、世田谷区とともに「下北沢演劇祭実行委員会」を組織し、毎年『下北沢演劇祭』を開催。2023年は2月1日~28日まで開催予定。
阿佐ヶ谷スパイダース
阿佐ヶ谷スパイダース
俳優・演出家の長塚圭史氏が主宰を務める劇団。1996年に旗揚げ以来、精力的に活動を続けている。
2022年11月、下北沢にて本多劇場グループとともに『下北沢のみち』を主催。また、『秋の下北沢盆踊り』の企画・運営を行った。
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