2022年8月1日~5日に実験イベント『I am working in Shimokitazawa』が「ミカン下北」のグランドオープンに合わせて開催されてから早2年。9月30日〜10月4日の5日間、今度は『I am working in Shimokitazawa as 』と題した実験イベントが開催される。昔から下北沢で働く人はもちろん、ワークスペースが増えて様々な働き方をする人が増えてきた昨今、「どのようなひとがどのような想いで働いているのか?」を可視化することで、下北沢で働くムーブメントを広げていく。
そんな本イベントの開催に合わせて、「ミカン下北」A街区4Fにあるシェアオフィス・コワーキングスペース「SYCL by KEIO」に足を運び、弁護士の水口瑛介さん、クリエイティブディレクターの伊藤洸太さん、経営者の山田翔大さんへのインタビューを実施。3名の「as」を紐解くと、下北沢で“働く”がより明確なものになってきた。
No.1 水口瑛介(弁護士・アーティファクト法律事務所)
—水口さんは弁護士として下北沢で働かれていますが、どういった経緯で下北沢を選ばれたのでしょうか?
住まいが下北沢だったので「職住近接したい」という思いから、下北沢を選びました。僕は東京都国立市の出身なのですが、音楽などのカルチャーが好きだったこともあり、高校生のときから下北沢にはよく遊びに来ていました。大学時代はバンドを組んでいて下北沢のライブハウスに出演することもあったので、ずっと好きな場所で。「いつか住みたいな」と思っていたので、7年ほど前に引っ越しました。
—2022年3月30日のオープンと同時にオフィスを「ミカン下北」内に移されましたが、下北沢で働いてみていかがですか?
独立と移転が同じタイミングだったというのも理由の一つですが、僕は圧倒的に「自由」になれたと思います。独立前は有楽町にある大きな法律事務所で働いていて、毎日スーツを着て仕事するようなトラッドな感じだったんですが、僕にはそれが合わなくて。その頃は仕事のオン・オフをきちっと切り替えないといけない感じだったのですが、下北沢に拠点を移してから、プライベートも仕事もずっと同じ温度感でいられるようになりました。今は毎日私服で働いているのですが、下北沢だと昼間に私服で歩いていても何とも思われないんですよね(笑)。法律事務所がたくさんある有楽町や霞ヶ関だったら、そういうわけにはいかないと思います。
—有楽町や霞ヶ関という地名も出ましたが、下北沢にオフィスがあることについて、クライアントからの反応はいかがですか?
「法律事務所が下北沢にある」という時点で、興味を持ってくださる方が多いです。あと、「『ミカン下北』って聞いたことあるけど行ったことないんだよね」という方が実際に来てくださったりすることもあって。そんなふうに、気軽に足を運んでくれる方が増えた気がしますし、立地で差別化できていることで、事務所のブランディングにも繋がっていると思います。特に、僕のクライアントは音楽やファッション、スポーツ関係など、カルチャーにまつわる方が多く、下北沢という土地に馴染み深い方も多いからか、心理的に来やすさを感じてくださっている気がします。あと僕自身の気持ちで言うと、単純に「好きな街」で働いているので毎日テンションが上がりますね。
—下北沢に拠点を移されて、ポジティブな変化があったんですね。水口さんは「SYCL by KEIO」以外のコワーキングスペースも利用経験があるそうですが、使い心地はいかがですか?
「SYCL by KEIO」は様々な職業の方が利用しているのですが、全然違う職業の方と同じ空間で仕事をするってあまりないので刺激になっています。また、開放的な雰囲気なのも気に入っていますね。子どもの幼稚園のお迎えは僕が行っているのですが、毎日ここに一緒に来て、子どもは勉強しているんです。そういうことを受け入れてくださる寛容性が高い方が、ここには多いと思います。
—確かに「SYCL by KEIO」には開放的な雰囲気が漂っていますよね。ここで生まれるコミュニケーションもあるのでしょうか?
はい。仕事を頼み合う機会もあって、僕からクリエイティブディレクターの伊藤洸太さんにお仕事を依頼したこともあります。僕は無意味な広告を出すのが好きなのですが、役所でもらう紙に広告を出すことができると知って、「あそこに無意味な広告入れません?」と提案して、デザインしてもらいました(笑)。
—では最後に、下北沢で“働く”ことを検討している方々に向けて、メッセージをお願いします。
やはり一番大きかったこととして、僕は下北沢に拠点を移してから、力を抜いて生きられるようになりました。独立したというのも大きな理由の一つですが、下北沢には「自然体でいられる雰囲気」が漂っていると思います。それに、下北沢って街を歩いているだけで行きつけの店のマスターとかにバッタリ会うんですよね。そういうゆるい繋がりが、僕にとっては精神安定につながっています。そんなふうに“人との距離が近い街”でもあるので、「個人事業主など一人で働いていて、誰とも話さない日がある」という方々が働く場所としても適していると思いますよ。
No.2 伊藤洸太(クリエイティブディレクター・株式会社キッズリリー)
—伊藤さんは現在、下北沢と渋谷の2拠点で働かれているそうですが、そのきっかけをお聞かせいただけますか?
僕は生まれが永福町で中学校と高校が渋谷区で、独立してからもしばらく渋谷区にいたので、ずっと“渋谷の人”として生きてきました。ただ、学生時代は実家と学校の中間にある下北沢で遊ぶことが多くて、大人になっても下北沢とはずっと縁があったので、2020年に下北沢近郊に引っ越したんです。そんな経緯もありつつ、その後、主に下北沢と渋谷でライブ活動をしているアイドルのクリエイティブディレクションをするようになって、2拠点で働き始めました。
—クリエイティブディレクターという肩書きですが、主にどんな活動をされていますか?
先述のアイドルのクリエイティブディレクション/運営はもちろん、ライブ写真やアーティスト写真の撮影、CDジャケットからグッズまでデザインも行っています。もともとはディレクターとしてキャリアをスタートさせ、いまだにデザインを切り口に仕事の相談を受けることが多いので、最近やっていることを並べると「クリエイティブディレクター兼アートディレクター兼フォトグラファー」という感じになります。多いですね(笑)。
—マルチですね。クリエイティブディレクター以外のお仕事を始められたのは、いつ頃からなのでしょうか?
ディレクション以外の仕事を始めたと言いますか、自己表現に改めてチャレンジするようになったのは、実は下北沢に拠点を移してからなんです。独立してから10年間は、プロデューサー兼アートディレクターとしての活動に力を入れていたのですが、下北沢、さらに言うと「SYCL by KEIO」で出会った大原茂さんという方のお陰で、他の仕事(表現)にもトライしてみようという考えになれたんです。
茂さんは、2023年10月に下北沢で行われたアートイベント『想いやり展』の主催者なのですが、出会ったときに何の先入観もなく「じゃあ洸太さん、絵描いてみたら?」と言ってくださって。「 展覧会自体のプロジェクトディレクションなどの相談かと思いきや、なんの疑いもなくアーティスト側でと笑顔で言われ、このお誘いは絶対に受けるべきだ」と思い、絵を描き始めたところから、考え方が変わっていきました。
—伊藤さんは、もともと絵を描かれていたのでしょうか?
昔美術大学に通っていたので、その頃に描いていました。なので、10数年ぶりに筆を握った感じです。僕はこれまで「優秀なカメラマンさんがいるから、僕はプロデューサーとしてプロジェクトにおいて最善と判断し、その人たちにお願いしよう」と思っていたのですが、茂さんのその言葉を聞いたら、「自分の自己表現をそんなに卑下すること、していたこともある種逃避だった」と思えて。なので今は、プロデューサーとしてお世話になってきたクリエイターの方々をリスペクトしながら、自分の表現活動も行っているという感じです。
—なるほど。決定的な出会いだったんですね。
そうですね。10年間渋谷に拠点を置いてきた身としては、こういった出会いは“下北沢ならでは”なんじゃないかな、と思います。下北沢は、職種も年齢もバラバラの様々な人がいる場所なので、偶発的な出会いが発生するのかもしれません。渋谷にいたときは、割とみんな共通の「いいもの」や「こうなりたい」を持っている感じがしていて。良い悪いじゃないですが、下北沢に来てからは様々な考えを持った人たちに出会えるようになりました。特に「SYCL by KEIO」には、「これから何かをやりたい」という人や学生などもいるので、刺激を受けますね。
あと、渋谷にいたときは「経験を基にした仕事」しか来なかったのですが、下北沢にいると平気で「じゃあデザインやってくれますか?」みたいなことを言われるんです。それがきっかけで「経験が少ないながらも本当に自信を持ってお応えできるか」ということを考えるようになったので、今の方が仕事に対して緊張感を持てていると思います。
—チャンスが多い分、準備万端でいなくてはいけない。
みんな全く悪意なく声をかけてくれるから、逆に「僕はこういう人間だから、こういうことができます、できません」というのを、ちゃんと正しく返さないといけない。「俺できます!」っていうだけじゃ、誰もハッピーにならない。下北沢に来てからそれを意識するようになったので、自然と自分と会話する時間が増えましたね。
—色々な人がいるからこそ、自分を見つめ直す機会になったんですね。下北沢に来たからこそ実現した仕事は、具体的に何かありますか?
下北沢で飲食店を経営している方にお店のロゴを頼まれることもありますし、ミカン下北の大階段「ダンダン」のロゴも作らせてもらいました。これらは、下北沢に来ていなかったら絶対にできなかった仕事ですね。
—では最後に、下北沢でトライしたい・働きたいと思っている方々にメッセージをいただけますか?
僕はこれまでにシェアオフィスを4つぐらい使ってきましたが、「SYCL by KEIO」には新しいことにチャレンジしている人から長いキャリアを持った人たちまで、様々な人たちが働いています。下北沢は再開発が終わったあたりから、よりグッと色々な人が集まるようになったので、新しい人が来やすい街だと思います。個人的には「SYCL by KEIO」に来て、利用者の方々と話すだけでも充分価値があると思うほどですね。とにかく、僕は下北沢に来てから「新しいことに挑戦しよう」っていう意識をずっと持てています。面白いことしてみませんか?
No.3 山田翔大(経営者・株式会社YOAKE)
—山田さんは福岡県ご出身とのことですが、下北沢にはいつ頃から関わりがあるのでしょうか?
僕は大学入学のタイミングで上京して、当時は小田急線沿いの別の駅に住んでいたのですが、学生時代にバンドを組んでいたので、下北沢にはよく来ていました。下北沢のライブハウスにもよく出演していたので、昔から縁のある場所ですね。
—現在は、ご自身が経営する会社・株式会社YOAKEも、お住まいも下北沢だそうですが、いつ頃引っ越されたのでしょうか?
個人事業主時代からずっと下北沢に住んでいます。大学卒業後に世田谷区を転々としながら徐々に下北沢に近づいて、たどり着いた感じですね。子どもの保育園も下北沢にあるので、生活のすべてが半径1キロ以内に収まっている感じです(笑)。今では第一のホームが下北沢、第二のホームが福岡だと思っているくらい、下北ラブですね。
—株式会社YOAKEは、なぜ下北沢に?
会社員時代からの10年弱、下北沢で働いていたので、完全にその流れなのですが、「SYCL by KEIO」を選んだのは、「フォンブース」が多いのが大きな理由の一つです。個人事業主時代からコワーキングスペースを利用するとき、コンプライアンス面が気になっていたので、「フォンブース」があるのは安心できます。あと、窓が大きくて抜けが気持ち良いのもポイントでした。やっぱり明るいところで仕事をすると、気分が晴れますよね。
—実際に「SYCL by KEIO」で働かれてみて、いかがですか?
僕はこれまで様々な場所のコワーキングスペースを利用してきたのですが、「SYCL by KEIO」は自分で事業をやられている方も多い印象です。職種でいうと、クリエイティブ系の方もいれば、水口さんのように司法職の方もいますし、学生の支援をやれている会社さんとかもいらっしゃって、本当に幅広いです。
それに「SYCL by KEIO」では、利用者同士のコミュニケーションが他のコワーキングスペースよりも生まれやすい気がします。それに、その会話が“営業っぽくない”のもいいのかもしれません。
—“営業っぽくない”のも、下北沢らしさなのでしょうか?
そうだと思います。下北沢は、仕事関係なく肩肘張らずに話せる人や興味深い人が多い気がします。例えば飲みに行ったときも、本当に多様な人がいて、話していて面白いんですよね。下北沢では、仕事から離れて「純粋に仲良くなれる人」に出会えるのも魅力だと思います。それがたまたま仕事につながることもありますし。
あと、僕の会社は主にマーケティング支援をしているので、下北沢で飲みに出かけることは、色々な方のインサイトを知る機会にもなっています。クライアント企業の方々とは性質の異なる方の話を聞けるので、それがどんどん積み重なって自分の人間力や、マーケティングをやる人間としての素地になっていると思います。そういう人としての“幅”は、回り回って仕事に役立っているかもしれないです。
—なるほど。では最後に、青春時代からお仕事や子育てまで、長い間下北沢で過ごされている山田さんならではの視点で、下北沢で“働く”ことを検討している方々に、メッセージやうまくいくコツをお聞かせいただけますか?
個人的に思うのは、下北沢は人や街と深く関われば関わるほど面白い場所ということです。僕はよく下北沢で飲み歩いているのですが、やはり“一見さん”で終わるのではなく何度も訪れると、店主やお客さんが信頼してくれて、色々な話ができるようになります。下北沢にいる人々や働いている人々のことをよく知ることが、この街で働くことの価値を最大化するための秘訣だと思いますね。