2023年11月にスタートした『下北沢オレンジバル』は、認知症がある人もそのご家族も、誰でも参加できるイベント。参加者みんなで食べて飲んで歌って楽しめる月に1度の会で、先日1周年を迎えた。

20代から80代までが参加している『下北沢オレンジバル』
『下北沢オレンジバル』を主催する『チームたね』は、認知症と暮らしを考え様々な活動をする団体。『ミーティングセンターたね』(認知症の人と家族の一体的支援プログラム)や講演会など、認知症にまつわる様々な活動・発信をしている。『チームたね』の早川景子さん・渡辺典子さん・竹内美佳さんに、活動の背景や『下北沢オレンジバル』での想いを聞いた。
当事者・専門職・まだ知識ナシ……認知症とのかかわり方は三者三様
―『チームたね』設立の背景を教えてください。
早川:ずっと「地元で、認知症に関することをなにかやりたい」という想いがあったんです。私は住まいが下北沢ですが、以前神奈川県の平塚市で認知症カフェに携わっていました。そして世田谷区に住みながら川崎市で仕事をしている(渡辺)典子さんとは以前から知り合いだったので、「私たち地元でそろそろ、認知症に関すること、やりたいよね」と話をしていて。

『チームたね』代表の早川景子さん。下北沢在住35年。本業は編集者/ライター
渡辺:私は川崎市で、若年性認知症の方を支援する仕事をしているんです。でも地元は千歳船橋で、下北沢は子供のころからよく遊びに来ていた場所。お互い、住んでいる場所とは遠いところで活動していました。
早川:そうそう。いろいろとタイミングが合ったのもあって、「とりあえずなにかやってみよう!」と立ち上がりました。ただ、今までの経験上、もう一人、事務まわりに強い人、一緒に気持ちを合わせて活動してくれる人がいてくれるといいなと思って、(竹内)美佳さんを誘ったんです。

渡辺典子さん。認知症ケアの先進国とも言われるスウェーデンでの経験をベースに、福祉関係の仕事を続けている
竹内:「ちょっと話がある」と呼ばれて、『チームたね』の構想や想いを聞きました。私は福祉分野のことをなんにもわかっていなかったので「できるかな?」と思ったんですけど、人となりもわかって信頼している人だったのでやってみることにしました。今は事務局長として、会計などを担当しています。
早川:美佳さんはアメリカなど海外での暮らしも経験されていますが、いつでも住んでいる地域に自然に溶け込んで、人とのつながりを大切にしている印象があります。実は私、地域に出ていくということにちょっと苦手意識があるんです。だからこそ、今回地元で活動するにあたって、彼女はすごく頼りになる。そんな甘えもあって、声をかけました。

事務局長の竹内美佳さん(右)。早川さんとは、20年来のママ友
―そもそも、編集者/ライターの早川さんがなぜ認知症カフェに携わるようになったのでしょうか?
早川:長年、美容や医療系の編集・ライティングの仕事を行ってきました。認知症カフェに携わるようになったのは、認知症に関する書籍の制作を担当したことと、同じような時期に母がアルツハイマー型認知症と診断されたことがきっかけです。
―仕事や家庭で認知症に関わるだけで終わらず、外での活動をするようになったのはなぜですか?
早川:母のもの忘れが気になってきたころから、母と一緒に出かけたくても、安心して行ける場所がなかなか見つからなかったんです。引っ越しをしたことも関係していますが……認知症に対する偏見は私の中にも、そして街の中にもあることを強く感じました。「認知症かもしれない」という不安を抱えはじめたころから、認知症と診断されたあとも、一緒に安心して過ごせる場所があるといいな、とそのとき思いました。
そんなときに、書籍の制作をきっかけに知り合った認知症専門医の先生方(繁田雅弘さん、大澤誠さん、内門大丈さん)と一緒に、空き家になっていた繁田先生のご実家で、認知症に関わる活動を始め、その中の一つとして認知症カフェもスタートしました。2019年から2023年の春まで関わり、多くのことを学びました。
―竹内さんも、認知症に関するご体験などはありますか?
竹内:二人のような知識や経験はありません。でも、「認知症について、わかっていない」ことが逆に良いのかなと思っています。
早川:恥ずかしいことに少し知識が増えると、これから認知症について学ぼうとする人たちが「何がわからないのか」「どんなことで困っているのか」といったことに、思いが至らないことが出てくるんです。だから、美佳さんに「この説明では分からない」と言われて「そうだよね」と気付くことがよくあります。
竹内:私の場合は、皆さんが使っている用語を言われても分からないんですよ。地域包括支援センターと言われてもどんなところなのか分からないし、どうやったらそこに繋がるのかも分からない(笑)。
早川:私たちのなかでは当たり前になってしまっていることを振り返る機会になるので、すごくありがたいですね。美佳さんのように認知症に馴染みのない方と繋がっていくためには、そういった方の声に耳を傾けることがすごく大事ですから。
出会いに恵まれ、1周年
―『下北沢オレンジバル』とはどんなイベントですか?
早川:認知症がある方もそうでない方も交じり合って、みんなで飲んで食べて楽しむ“遊びの場”ですね。『下北沢オレンジバル』のモデルになっている『あざみ野オレンジバル』を開催している長田乾先生(認知症専門医 横浜総合病院臨床研究センター長)は、「ここでは誰が認知症の人かわかんないでしょ」ってよくおっしゃっています。本当にそうで、バルに来る方はみんな楽しそうにおしゃべりしたり、お酒を飲んだりしています。長田先生が担当する患者さんのなかには、オレンジバルに来てすごく元気になった方もいるみたいですよ。

『下北沢オレンジバル』の様子。食事やお酒を愉しみ語らうほか、ケアマネジャーでもあるさとうGO!さんによる昭和歌謡弾き語りも
渡辺:認知症になったらお酒は飲んじゃいけないと思い込んでいる人もいるけど、一度主治医に相談をしてみるのもいいかもしれません。お医者さんが「飲んで良い」と言ってくれれば安心して飲めますよね。
早川:認知症がある人、ご家族、医療や福祉の専門職、地域の方々、その友達など、いろんな人が参加していて、ゆるいつながりをもつことができるのがいいなと思っています。このつながりは、もしかしたら防災にも役立つかもしれないですね。
―なぜ「BAR LA FRAGANCIA」で開催することになったのでしょうか?
早川:下北沢でオレンジバルを開こうと決めてから、会場を見つけるために、夫を駆りだしていろんなところに飲みに行きました。参加者は高齢者が多くなることを考え、チェックポイントは「トイレの広さと清潔さ」「椅子の座りやすさ」。その点でもこのお店はピッタリで、すぐに店長の熊澤正好さんに相談してみたら「良いですよ!」って。いつもこちらの想いに耳を傾けてくれる熊澤さんとの出会いがあったからこそ、1年間続けて来れたと、とても感謝しています。
振り返ってみると、いろんな人との出会いから、この『下北沢オレンジバル』は生まれ、育ってきているように思います。一度参加した方が知り合いに声をかけてくれたり、リピーターになってくれたり……民生委員さん、小学校の親児の会の方、あんしんすこやかセンターの方、社会福祉協議会の方、クリニックの医師たちが協力してくれたり……特に地元の、下北沢の人との出会いに恵まれました。

『下北沢オレンジバル』は、スペインバル「BAR LA FRAGANCIA(バルラフラガンシア)」で開催
―下北沢で活動することの良さはありますか?
渡辺:下北沢は、交通の便が良いのでどこからでも行きやすいですし、場所のエネルギーはすごいと思います。「下北沢でやってるよ」と言うと、反応が「え、シモキタ!?」みたいな(笑)。
早川:「おしゃれな街だよね」とか。
渡辺:「シモキタ行きたい!」みたいな感じで来る人もいるし。
渡辺:近くに住んでいて好きな街ではあったけど、活動してみると、あらためて「良い街だな」って思いますね。

『下北沢オレンジバル』開催情報はInstagram・Facebookで確認を
Instagram:https://www.instagram.com/team_tane
Facebook:https://www.facebook.com/teamtane/
―再開発が進んだことで、下北沢=若者が遊びに来る街というイメージを持っている人も多いように思います。でも皆さんの活動を知って、あらためて「下北沢は暮らす街でもあるんだな」と思いました。
渡辺:それ、私もすごく思いました。『下北沢オレンジバル』もそうだけど、『ミーティングセンターたね』とか講演会を開くと、地域に住んでいる80〜90代の方々が参加してくださって、地元の話をしてくれたりするんですよ。しかも、代々この地域に住んでいる方が多くて。
竹内:そういう方の話を聞くと、下北沢の違う面が見えてきて面白いですよね。

「ミーティングセンターたね」は月1回開催。集まったメンバーでなにをするか話し合い、2時間一緒に楽しく過ごす
参照:https://www.tanetane.org/meetingcentertane
忘れてしまったとしても、楽しかった感情は残っている
―これまで1年間『下北沢オレンジバル』を続けてきて、印象に残っていることはありますか?
渡辺:よく参加してくださる40代の若年性認知症の方のことです。本当は歌ったりするのが好きな方だけど、地元ではオレンジバルのような場所が無いし、家に引きこもりがちになってしまっていたんです。そこでバルにお誘いしてみたら、最初は緊張していたけど、みんなで一緒に歌ってとても楽しんでくれたようで「来月も来たい」といってくれて。次回も楽しみにしてくれているのが、表情でわかるんです。アルツハイマー型認知症の方なので、ここに来たことは“記憶”としては残らないかもしれないけれど、“楽しかった(場所)”という感情は残っているようです。最近は、バルの当日に旦那さんが「オレンジバルに行くよ」と言うとすごく表情が明るく変わるそうです。そういう話を聞くと、やっていて良かったなと思います。
早川:私は、記憶障害のあるAさんが初めて参加されたときの翌日、Aさんをバルに連れてきてくれたケアマネジャーさんからもらった電話が忘れられません。「Aさんの旦那様が、すごく驚いているの」。と言う電話だったんです。よく話を聞くと、Aさんが「昨日楽しかった」っておっしゃったそうで「こんなこと今まで言ったことが無い」って、旦那さんはすごくびっくりしたそうです。
昨日どこに行ったのか、なにをしたのかは覚えていなくても、楽しかった感情は残ってるんですね。うれしい出来事でした。
竹内:私も「印象に残っていること」と聞かれて、まったく同じエピソードを思い浮かべてました(笑)。
―やっぱり、安心できる場所で楽しく過ごす時間は、誰にとっても良い時間となるのですね。
早川:認知症になると外出の機会が減ったり、どこかに行ったとしてもすごく不安で緊張する人も多いようです。母が診断されてからしばらくの間は、一緒に外出すると「また同じこと繰り返し言っちゃうかも」とか「なにか迷惑かけたらどうしよう」とか、母にはとても悪いのですが、私は思ってしまって。母も母で、私の勝手な思い込みからなにか注意されたら嫌だろうし……本当に安心して外出することがなかなかできなかったんですよね。
渡辺:『下北沢オレンジバル』では、お互い声を掛け合ったり、ときには一緒にお手洗いに行ったり。自然と手助けしあうコミュニティができているので、それを見ていても「良いな」と思います。

関わりをもった人たちの協力で、認知症の啓発活動も行なっている
地域と繋がり、心地よい暮らしを
―今後、『チームたね』としてチャレンジしたいことを教えてください。
渡辺:私は若年性認知症の方に関する活動をずっとやっているので、下北沢でも若年性認知症の方と一緒にできる活動をしていきたいなと思っています。2025年の6月ごろから、若年性認知症の方と家族と一緒につくる、もう一つの『ミーティングセンターたね』をスタートしたいと考えています。また、認知症がある方と一緒に、地域に対してなにかをできる仕掛けも作りたいですね。
早川:私は、地域の方も含めてみんなで場づくりをしたいです。2025年2月には、代沢小学校145周年「ALL代沢まつり」という、小学校の親児の会、地域のいろいろなお店などが参加するイベントに、『チームたね』として参加し、認知症の講演会を開催します。ほかにも、例えば時々、下北沢駅前のスペースなどで開いているバザーで、「もの忘れについて 話しましょうカフェ」を開いてみるとか……。本当に妄想レベルですけど、そんなことも思っています。
竹内:すべての人にとってオープンな場を作れたら良いですよね。

いろいろな団体と一緒の活動も増えてきている
早川:それから、駅前と住宅街がうまく溶け込むようなまちづくりができたら良いなとも思います。下北沢は再開発されたけど、年配の方にとって本当に居心地が良いのか? とも思うんです。スロープや座るスペースがもっとあってもいい。下北沢は“暮らす”街でもあるので、駅前と住宅街が乖離せず過ごしやすい街になったら良いなと思います。あと、ほかの地域でもオレンジバルのような取り組みが生まれたら良いなと思います。
渡辺:“チビたね”みたいなね。
早川:私、母が認知症になったとき「選択肢が少ない」ことを悲しく思いました。認知症がある人や家族だけでなく、あらゆる人の選択肢が増えていくといいですよね。『チームたね』の活動は認知症という軸からはブレないけど、根底には「みんなで心地よい暮らしをしたい」という強い想い、願いがあります。ここ下北沢で、ぜひ皆さんと一緒に考えながらトライしていく……まさに“実験区”下北沢の器の大きさに甘えながら、諦めずに動き続けていきたいです。

NPO法人マイWayで働く若年性認知症の人たちが、焙煎から包装まで手がけたオリジナルコーヒーを、チームたね1周年記念に、参加者にプレゼントした