情報も物も溢れる時代、新しいものが出現しても、どこかで見たことがあるようなものばかりだ。そんな中で、果敢に新たなエンターテインメントを企画し続けている企業がある。それは、下北沢にもリアル脱出ゲームを体験できる店舗を構える株式会社SCRAP(以下、SCRAP)。数年前に特定の街を丸ごと謎解きの舞台にする「ナゾトキ街歩きゲーム」シリーズを開発し、その第1弾として『下北沢謎解き街歩き』をリリースした。今回は、ゼロイチで新しいエンタメを発信し続けるSCRAPの前向きなマインドと近い未来への展望について、同社の店舗マネジメント マネージャー井家竜馬さんにお話をうかがった。
謎解きを通じて物語を体験する新エンターテインメント
―まずは、御社の代表的なコンテンツ「リアル脱出ゲーム」について、あらためて教えていただけますでしょうか?
リアル脱出ゲームは、体験型のエンターテインメントです。参加者がある場所に閉じ込められるところからはじまり、制限時間の中でいくつもの謎を解きながら、その場所からの脱出を試みます。プログラムの内容によって、一人で参加できるものもありますし、その他チームで対戦するものもあります。舞台も、マンションの一室だったり商業施設だったり、地下鉄や野球場、学校や廃病院で開催するものもあります。
―プログラムは、どんなふうに作っているのでしょうか?
出題する謎は、弊社のコンテンツチームが専門職として作っています。そして、イベントを総合的にプランニングする制作チームが中心となり、ひとつのプログラムとして作り上げていきます。現在は、謎解きのテレビ番組があったり、タレントさんもいらっしゃったりしますから、謎解き自体の認知は上がっていると思いますが、弊社のプログラムにおける謎解きの立ち位置は、ひとつの物語を進めるための足掛かりなんです。
謎解きだけを考えるなら、紙と鉛筆だけでも十分ですが、物語の世界に入って楽しむという観点だと、装飾などの空間演出があった方がより楽しめるものになります。恐らく、リアルな空間から脱出を目指すゲームを作ったのは、世界でも弊社が最初だと思うのですが、2013年頃からは海外でもエスケープルームというエンタメ施設があちこちにできています。装飾もギミックも凝っていて、お金もかかっていそうで。そういうものに比べると、弊社のものは高級感はないかもしれません。でも、ゲーム体験としてのおもしろさで言うと、全然負けてないと思います、手前味噌ですが……(笑)。そのくらい、物語のクオリティの高さは弊社の強みだと思います。
― ところで、井家さんはどういう経緯でSCRAPに入社されたのでしょうか?
弊社の社長と取締役はバンドマンで、現在も京都で開催されている「ボロフェスタ」というミュージックフェスティバルを主催していました。私はそれを趣味で手伝いに行っていたんです。当時は、リアル脱出ゲームには全く興味がなかったので(笑)関わっていなくて。でも、2010年くらいから東京でもリアル脱出ゲームがイベント的に開催されるようになって、東京在住だったので少しずつお手伝いするようになったのがはじまりです。
私は当時、旅行代理店に勤めていたのですが、2011年に起きた東日本大震災で旅行業界も見事に煽りを受けていたので、とても暇になってしまって。時間を持て余しているなか、大阪で開催された「リアル脱出ゲーム」に手伝いに行ったら、参加してくださった方が本当に楽しそうだったんです。日本全体が自粛ムードで沈んでいる時期だったので、こんな状況下でも人々を楽しませることができるって本当にすごいなぁ! と純粋に感動したんです。そうしたら、旅行業界の厳しさで順調に?解雇されてしまって(笑)。どうしようと思っていたら、「東京でお店を出そうと思うんだけど、一緒にやる?」と社長と副社長に声をかけてもらって、2011年に入社しました。
「ゼロイチ」の店舗作りはトライアンドエラーを積み重ねて
― 井家さんが入社して最初に任されたのが、東京の1号店の立ち上げということになりますよね。どんなふうに進めていったのでしょうか?
1店舗目は東新宿(リアル脱出ゲーム東新宿店)だったのですが、SCRAPとして店を持つこと自体がはじめてで、めちゃめちゃ大変でした。経費が全然なかったので(笑)、本屋さんに行って、お店のつくり方とかその手の本を立ち読みして……。どんな届出を出したらいいのかもわからないので、区役所に行って、消防署に行って、警察署に行って。店舗の内容を伝えるのにも、なかなか苦戦しました。全然危ないものではないんですけど、危ないものだと思われちゃうんです。役所側も、前例がないからどういう許可を取ったらいいのかわからなくて。新宿区役所の方と新宿消防署の方には、かなりお世話になりました。ちなみに、渋谷区にお店を出すときは、渋谷区の消防署の人たちが「分からないから行く!」っておっしゃって、消防服着た人たちがざーーーっと来て1時間遊んで帰って行くって言う(笑)。それでやっと理解してもらえて許可が降りたりして。大変でしたけど、おもしろかったですよ!
― おもしろいと感じられるところは、さすがですね。下北沢にお店を出したのは、どんな理由があったのでしょうか?
奥渋と呼ばれるエリアに店舗を一棟借りていた時期があるのですが、急な事情でそこを退去することになって、10人くらいが定員のルーム型イベントに特化した店舗を新しく作る流れになったんです。それで、その物件を探す中でタイミングよく出会ったのが下北沢店の物件。当時の経済事情からすると、ちょっと背伸びをしなくちゃならない条件だったのですが、一棟で借りることができて中身もいじってもOK、駅からもさほど離れていなくて立地もよかったので、ここに決めました。物件ありきだったので、正直、なぜ下北かというと理由はふんわりしています。でも、私自身は昔から音楽と演劇が好きで、学生時代には下北沢に住んでいたので、なんとなくそのあたりのエリアになるように誘導していた気は……します……(笑)。
― 下北沢という場所と、「リアル脱出ゲーム」との相性みたいなものはどうですか?
東新宿、原宿、渋谷のお店で、ふらりと入ってくる方はほとんどいないので、今までは街との相性みたいなものをそこまで感じることはありませんでした。でも確かに、下北沢はサブカルや音楽や演劇が好きな人が集まる場所なので、そういう人たちに引っかかってもらえたらいいな、というわずかな期待はありましたね。リアル脱出ゲームだと物語の一員になって参加するという形になるので、演劇好きの方も新たなおもしろさを感じていただけるのではないかと思います。実は、スタッフも役者や声優を目指している人が多いんです。お客様の楽しそうな様子や書いていただいたアンケートがスタッフたちの励みになっていますし、お帰りの際に「ありがとう!」と言ってくださる方もいて、そういう声が「次の公演もいいものにしよう!」という彼らのモチベーションに繋がっていると思います。
下北沢編の失敗を活かして作られた「ナゾトキ街歩きゲーム」
― 下北沢でも展開している「ナゾトキ街歩きゲーム」シリーズは、今までになかったタイプの謎解きイベントですよね。
今までは、街を移動しながら謎解きをするものなどはあったのですが、街のお店や看板、建造物を題材にして街そのものが謎解きになっている地域密着のスタイルはこのシリーズが初めてです。2017年にその第1弾として『下北沢謎解き街歩き』が発売になったのですが、現在常設で開催しているものでは、「吉祥寺謎解き街歩き」「横浜謎解き街歩き」「なごや大須謎解き食べ歩き」「ひろしま謎解き街歩き」があります。『下北沢謎解き街歩き』も、発売当初は1年間限定ということでスタートしたのですが、ありがたいことに人気で発売期間を延長しています。下北沢と吉祥寺は、近隣の方が休日楽しむのに使っていただけたらいいな、と思っていましたが、観光客の多い横浜は謎解きをしながら中華街を巡るガイドブックのような仕様になっていたり。名古屋は、謎解きを進めていくとおいしいものを順序よく食べることができる食べ歩きの要素があったり、いろいろ工夫しています。
リアル脱出ゲーム下北沢店の情報はこちら
https://realdgame.jp/ajito/shimokitazawa/
― 『下北沢謎解き街歩き』を体験してみたのですが、下北沢によく訪れていても、謎解きがなかなか難しくて驚きました。
ゆっくり歩きながら全部の謎解きをすると4時間くらいはかかるボリュームがあります。謎解きを考えているコンテンツチームは、何十回も街の中をぐるぐる歩いて、この場所を紹介したいという目線ではなくて、この場所を使ったらおもしろいという目線で問題を作っているので、その街に慣れている方の方が新鮮さを感じていただけるのかもしれません。
下北沢は第1弾だったのでやり方が定まっていなくて、コンテンツチームから使いたい看板が上がってきたら店舗チームがお店に許可取りに行くとか、かなり泥臭いやり方で作っていました。だから失敗もかなりしていて、民家の塀に描かれている落書きを勝手に使って怒られたりとか、出題に関わるポイントに人だかりができてしまってクレームが殺到してしまったりとか……。その反省を踏まえて、他の街では商店街の方にご挨拶に行ったり、市役所に行って一つずつ丁寧に許可を取ったりしています。経験を重ねて、今はクレームもほとんどありません。
― 今回、謎解きをしながら下北沢を歩いてみて、新鮮な視点で街を見ることができたのがおもしろいと感じました。
私も下北沢に住んでいた時代があるので、それなりに思い入れがあって、街が再開発されてしまうことに最初はあまりいいイメージを持っていなかったのですが、今は新しくなった下北沢、めちゃくちゃいいなって思います。ここ数年で古着屋さんも増えて若者がかっこよく着こなしていて、それもまたいいですよね。古着探しに来ている若者とか、何をするでもなくただ街を歩いているカップルとか、そういう人にこそ『下北沢謎解き街歩き』は一度体験していただきたいです。
遊び方がわからなくなった人たちへー。運営の楽しさも含めて新しい文化として発信したい
― リアル脱出ゲームは、これまでさまざまな展開をしていますが、今後やってみたい実験はありますか?
これからするお話は、SCRAPとしてというより個人的な妄想レベルの話なのですが……。最近、空き家が増えていたり商店街がシャッター街になっていたりする地方の街が気になっています。時間を見つけて自腹で足を運んだり、自治体が主催するワークショップに参加したりしているのですが、ある都市に行った時に繁華街と言われているところでも、18時くらいには開いているお店なんて全然なくて。やっと若者をみつけて、「普段何してるの?」って聞いたら、「遊ぶってなんすか? 遊ばないっすね!」って即答。海に行った時に出会ったヤンキー風4人組にも同じ質問をしてみたら、「みんなで集まってNetflix見てる」と。特に彼らは、住んでいる街にエンタメがほとんどないことにもちっとも絶望していなくて、ないのが当たり前。そういうところで、リアル脱出ゲームをやってみたいと思っているんです。
― 期間限定で、ある町に「リアル脱出ゲーム」がやってくる的な……?
そうですね。でも、エンタメを持ち込みたいというだけではないんです。「リアル脱出ゲーム」のいいところって、ひとつのプログラムは1回しか楽しめないんですけど、運営側になるのもまた楽しいんですよ。答えがわかっているので、「あそこに隠されてるのにな、見つけられないな」なんて思いながらお客さんが楽しんでいるのを見ているのは、ドッキリを見ている感覚に近いのかもしれません。一定の時間が経過したらスタッフがヒントを出すのですが、それもなかなか楽しくて。いろんな街で、遊ぶ側も運営側も体験してもらえたらいいなって思います。大人でも、パチンコやカラオケや居酒屋に行く以外にこんなに楽しい遊びがあるよ、というのを日本中に広げていきたいんです。
―運営を含めて「リアル脱出ゲーム」の魅力をさまざまな角度から体験してもらうのですね。
2011年に東京の店舗がオープンした時は、土日になると社会人のボランティアが手伝いに来て、プログラムの運営や空間の装飾を手伝ってくれていました。ごはんを食べているだけの人がいたり、ケーキ買ってきてくれる人がいたり、部活のような文化祭のような、なんとも言えない楽しい雰囲気がありました。ただ集まっていて楽しいこの感じは、地方で会った若者たちの過ごし方とも近いものを感じていて。だから、運営側に回ってゼロから作る楽しさも含めて、全国で体験してもらえたらいいなって思います。
コロナ禍も丸3年が経って、人々の遊び方も随分変わっていると思います。だから、遊び方がわからなくなってしまった人たち、遊ぶことを忘れちゃった人たちに、こんなに楽しい遊びがあるよ!と伝えたいですね。一度、体験してもらえたら、きっとわかっていただけると思うので!