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アートをもっと日常に。下北沢だから実現できた、店とアーティストをつなぐ『想いやり展』の実験。

2023年10月16日(月)~29日(火)、下北沢で『想いやり展』が開催された。これは、下北沢を拠点に活動するマルチメディアデザイナー・大原茂さんが主催したイベント。「下北沢をアートの街に」するための実験である。

『想いやり展』の特徴は、アート作品を下北沢の居酒屋やカフェなど店舗に展示したこと。また既存作品ではなく、アーティストがその店のために創った完全オリジナル作品を展示したことだ。協力店から“想い”をヒアリングし、アーティストの自由な発想で作品を作り上げた。大原さんが『想いやり展』を着想した背景には、長年抱いていたクリエイティブへの課題がある。その課題とはなにか、そして『想いやり展』から繋げていきたい未来とはなにか、話を聞いた。

“誰もがクリエイティブをしている”ことに気付いてほしい

—大原さんは普段、どのような仕事をしているのでしょうか?

大原:自己紹介をするときは、いつもマルチメディアデザイナーと名乗っています。メインは映像編集で、作っているのは主にWEB CMやサイネージ広告。フリーランスになって、今年で16年です。独立する前は会社員としてグラフィックデザイナーの仕事をしていて、当時は壁面に出す広告など大型グラフィックを得意としていました。

大原茂さん

—大原さんが企画した『想いやり展』の裏側には、クリエイティブに関する課題感があったとお伺いしました。長年クリエイター職に就かれている中で、どのような課題を感じていたのでしょうか?

大原:非クリエイター職の方々から、クリエイティブが理解されていないという課題を感じていました。ざっくり言うと、「クリエイティブ職の人しかクリエイティブをしていない」と思われているのが嫌なんですよ。本当は、一般の方も気付いていないだけで、みんなクリエイティブしているんです。たとえば、経理の方が仕事をすることで会社にとって“時間”が生まれている。それもひとつのクリエイティブだと思うんです。「クリエイティブ=なにかの形になっている」という固定概念がありますけど、僕はその先入観を取り除きたい。そうしたら、この世の中にあるものすべてがアイディアの素になるんです。そこに気付いてほしい!というジレンマを、ずっと抱えていました。

—大原さんは以前、非クリエイターも参加できる『クリエイター交流会』を主催していました。それは、大原さんが抱えていたジレンマが関係していたんですね。

大原:そうですね、『クリエイター交流会』はクリエイターと一般の方が混ざり合える空間づくりを意識していました。抱いていた課題から派生し、日常の中にもアートはあることを印象付けるための取り組みが『想いやり展』です。たまに美術館に行ってアートに触れると、皆さん感情を揺さぶられて感動すると思うんです。例えばモヤモヤすることがあっても、「この絵可愛いな」と思えたらその気持ちが緩和するかもしれない。大半のアートは人を幸せにする力を持っていると思っているので、日常にあるアートにもっと意識を向けるための取り組みがしたかった。そのためには、限定的な展示ではなく”長く見せる”ことが重要になります。

大原さんが主催していた『クリエイター交流会』の様子。クリエイター職の人を中心に、学生や会社員など誰でも参加できた(画像提供:想いやり展)

—それで、今回はお店に展示するという形式をとったんですね。

大原:そうですね。一番大事にしたのが“街に展示する”こと。わざわざアートを見るために足を延ばすギャラリーではなく、居酒屋やカフェに展示することを重要視したんです。よく行く場所に絵が飾られていることで、アートが日常化すると思ったので。

毎日〆切に追われる準備期間

—『想いやり展』を行ううえで、特に意識したことはなんですか?

大原:“応援が集まるアート展”にすることです。応援したくなるのはどういうときだろう?と考えると、頑張っていることが伝わって来たときだなと思ったんですよ。絵を飾ってくれる店主さんは想いがあって創業して、大変ななかでも頑張って続けてきたわけです。でもその頑張りやこだわりは、料理には出ない。だから『想いやり展』では、そういった店主たちの普段は表に出ない“想いをかたちにする”ことを大切にしました。

『想いやり展』実施にあたり、店主の想いをヒアリング。店主とアーティストが直接コミュニケーションをして、唯一無二の作品が生まれた
(画像提供:想いやり展)

—展示先やアーティストとの交渉・調整、店舗とアーティストのマッチング、インタビューなど、かなりの行程を踏んで実施に至ったと思います。いつ頃から準備を始めたのでしょうか?

大原:『studioYET』を卒業したときなので、今年の3月ですね。このタイミングで、企画書のたたき台ができていました。

大原さんは「“やってみたい”を“やってみた”に。」がテーマの実験応援プログラム『studioYET』1期生。ここで『想いやり展』の構想が生まれた(画像提供:studioYET)

—各所との調整など、細かな作業が多くて大変そうです。

大原:協力してくれるお店を募集し、インタビューを始めたくらいに「これはひとりでは実現できないぞ」と思いました。交渉のため各店舗とLINEやメールでやり取りをするんですけど、かなり時間がかかるんです。本業も並行していますし、みんなからよく「顔が死んでるよ」と言われました(笑)。忙しすぎて記憶も断片的なんですけど、途中からボランティアで参加してくれる人が出てきたんです。インタビューや文字起こし、要約などを手伝ってくれて、だいぶ助けられました。

『下北沢ミートダイニング』に飾られた作品。アーティストのすが みほこさんが手がた(画像提供:想いやり展)

—実現までのプロセスで、もっとも苦労したのはどこでしたか?

大原:店舗やアーティストとの交渉と、マッチングですね。僕に経験値の無い分野ということもあって、すごく大変でした。「今日中にはこの連絡を入れないといけない」「でもそのために用意しなきゃいけないものがある」「用意するためには〇〇さんの許可が必要だ」……みたいな感じで、毎日なにかしらの〆切がある状態だったんです。もう、頭の中はぐちゃぐちゃ(笑)。こんな状態が、6月~10月の開催直前まで続いていました。

『想いやり展』開催までの流れ(画像提供:想いやり展)

—数か月間ずっと追い詰められていたんですね。

大原:デザインの仕事って、繁忙期だと30時間起きて・3時間寝て・24時間起きて……みたいなことが日常茶飯事。そういうのには慣れているんですけど、『想いやり展』の準備は、これまでやったことのない頭の使い方をするんですよね。そうすると、“できない自分”が見えてくるんです。手伝ってくれた人たちが優秀だったのもあって、「僕は3日かかったことをこの子は1日でできた」とか思って、よくへこんでいました(笑)。新人1年目に戻った感覚でしたよ。

下北沢じゃなかったら実現できなかった

—アーティストと店舗をマッチングするにあたり、もっとも気を遣ったポイントはどこでしたか?

大原:“クライアントワーク”にならないようにすることです。店舗から「こういう絵にしてくれ」という希望を出してしまうと、広告と同じになってしまうんですよね。だからそれはNGにして、ただ素直な「想い」だけを伝えてもらうようにしました。それをもとにアーティストが表現するので、どんなものが出てくるかは分からない。ここを理解してもらうために、だいぶ気を遣いましたね。

ワーカー食堂nayutaに飾られた作品。アーティストのUmanoさんが手がけた(画像提供:想いやり展)

—実際、出来上がった絵を見た店主さんの反応はいかがでしたか?

大原:皆さん、絵を見てやっと理解してくれていた感じがありました。自分の想いが絵になるなんて、そんな経験無いじゃないですか。皆さん少なからず「変な表現をされたら嫌だな」みたいな負の感情もあったと思うんですけど、バッと絵を出した瞬間「あ~大原さんはこれがやりたかったのね」と腑に落ちたような反応をしてくれて。本当に恐ろしいくらい、みんな同じ反応でしたよ(笑)。「自分の想いが作品になって嬉しい」とか「こう見えたんだ」とかいろんな感情が混ざっていたと思いますけど、笑顔でした。それを見たとき、やって良かったな、報われた、と思えました。

「前菜坊風神」に展示されたoctagoniaさんの作品(画像提供:想いやり展)

—下北沢の皆さんからの後押しを感じることはありましたか?

大原:クラウドファンディングを実施したんですが、一番街商店街の大木理事長が支援してくださったんです。しかも「商人(あきんど)も応援しているよ」というメッセージを付けてくれて。これは嬉しかったですね。展示してくれたお店の方も、部品やチラシの取り付けをやっていると「こっちでやっておくから置いてて良いよ」など気を遣ってくれて。街の皆さんが仲間に思えてきて、嬉しかったですね。
正直、下北沢じゃなかったら『想いやり展』は成立しなかったと思いますよ。普通、前例の無いことってやりたくないじゃないですか。『想いやり展』を通じて、下北沢の新参者を受け入れてくれる土壌を感じました。商店街の理事長さん達も柔軟で、企画書をすぐ通して公認で動けるようにしてくれましたしね。
そういえば、猛暑日にどうしてもインタビューに出ないといけなくて、ドロドロの状態で歩いていたことがあります。そうしたらわざわざ大木理事長が出て来て、声をかけてくれたんですよ。いろいろと心配してくれて「受け入れてくれる街なんだな」と思いましたね。

『想いやり展』はクラウドファンディングで資金を集めて実施した(画像提供:想いやり展)

—協力店とのエピソードで印象に残っていることはありますか?

大原:『想いやり展』に協力してくれた店舗の中に、原則イベントには参加しない方針の方がいたんです。なので「なぜ協力してくれたんですか?」と聞いたら、「人と人を繋いでくれたから」と言われました。新規のお客さんを連れてくるとかではなく、人を繋いでくれたのが嬉しいと。

一歩踏み出す人を素直に応援できる世界を作りたい

—『想いやり展』を終えて、率直に今どんな感想を抱いていますか?

大原:そうですね~。ひとりでは、もうやりたくない(笑)。そのくらい追い込まれましたから。でも、やる意義はあると思っています。アーティストと一般の方が面談して作品を作るなんて、日本、いや世界でもほかに無いと思うんです。おそらく世界初のことができたと思うので、意義は感じています。

—『想いやり展』の、次の展望はありますか?

大原:数年かけて、アートで街をジャックしていきたいと考えています。今回、アーティストに返却したもの・売れたものをのぞくと、10作品がお店に寄贈されたんですよ。第2回・第3回……と続けていくことができたら、少しずつお店にアート作品が残っていくじゃないですか。時間はかかりますが、下北沢のいろんなお店に絵が飾られている状態を作れたら面白いし、アートを日常にできると思うんです。それから、タリーズコーヒーさんなどチェーン店でも展示したいですね。下北沢って個人店が根付いているので、チェーン店が生き残りにくいんですよね。でも「下北沢の〇〇はチェーン店だけど、ここにしかない“らしさ”がある」となったら面白い。チェーン店にも下北沢っぽさが生まれたら良いなぁと思っています。

—アートが日常になった先に、大原さんが描いていることはなんですか?

大原:一歩踏み出す人を素直に応援できる世界を作りたいと思ってます。大事なのは“素直に”ということです。大体は、身近な人がなにかに挑戦するとき「どうせダメだろう」と思うことが多いと思うんですよ。それはなぜなら、多くの人に「アートやクリエイティブのリテラシーが無い」から。どういうことかというと、デザインをするうえで最初に作ったラフで「完成」なんてまず無いんです。ラフを作り、意見が返ってきて、プロトタイプを作り、モニタリングし、改良を重ねていくわけです。つまり、最初の段階では失敗するのは当たり前で、改良を重ねるからこそ成功するものなんです。それが当たり前の世の中になったら、「失敗することもあるよね、じゃあ次また頑張ろう」と応援できるし、挑戦する人にとっても一歩踏み出しやすくなると思うんです。これが、僕が描いているビジョンですね。

 

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取材・文:堀越愛 / 撮影:岡村大輔
想いやり展
想いやり展
「日常でアートをもっと身近に感じる世界を創りたい」という想いで企画されたアートイベント。京王井の頭線下北沢駅と下北沢の「飲食店19店舗で、店主の想いを反映させたオリジナルアート作品が展示された。
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