この数年で下北沢の街は大きく変わった。少しずつ変わってはいたのだが、新たな建物ができたり、お店がオープンしたり、目に見えて変化したのは2022年かもしれない。その変化は、目に見えるものだけだろうか。今までの下北沢は、失われてしまったのだろうか……。今回は、下北沢の街を長年見つめ、さまざまな街の情報を発信し続けているメディア「しもブロ」のキュレーター黒田正信さんを迎え、ミカン下北実験区長(運営責任者)兼「東京都実験区下北沢」編集部の角田と「東京都実験区下北沢」編集部の雨宮とともに、下北沢について、そしてこの街のこれからについて語り合った。
ブログからコミュニティ、そしてメディアへ進化する情報発信の形
— 今回は、「しもブロ」とのメディア対談のような感じになりそうで楽しみにしていました。「しもブロ」って、発足からはもうかなり長いですよね。(雨宮)
今のメディアの形になったのは2011年くらいなので、かれこれ10年以上は経っていて、おかげさまで知ってくださる方も多くなりました。しかし、実は「しもブロ」はブログやSNSなど、いろいろな形を経て今のメディアになっているんです。
— なるほど、今の形は進化系なんですね!(雨宮)
もともと私はWEBのエンジニアで、2001年くらいに下北沢に事務所を構えたのが、この街との縁のはじまりです。少しずつスタッフが増えていく中で、2006年くらいにブログが流行っていたこともあって、事務所に所属するデザイナーがランチを食べにいったお店のことなんかを自ら写真と文章で綴ってみたらどうか、と始めたのが前身となる「ちゃぶだい」というブログでした。
— 確かにあの頃って、情報を発信するのも得るのもブログでしたよね。(角田)
ブログとしてのんびりやっていたんですけど、2008年くらいに地域SNSっていうのが出てきたんです。いろいろな地域のミクシイみたいなものがたくさんあったんですけど、下北沢にはなかったので作ってみよう! っていうことで、WEB制作会社らしくオープンソースを利用して。その名前が「下北沢ブロイラーSNS」だったんです。
— ……‼︎ 「しもブロ」のブロって、ブロイラーなんですか⁉︎(雨宮)
そうそう、ブログじゃなくてブロイラーなんです(笑)。ブロイラーってなんだっていう話なんですけど、いざSNSの名前はどうしようとなった時に行き詰まってしまって。そこに、別件で打ち合わせに来ていたデザイナーが「ブロイラーでいいんじゃないっすか?」って。意味がわからなくていいね!となって(笑)。少しずつユーザーが増えてきて、うちの事務所で集まって、飲み会をやったり流しそうめんをしたりしていました。広い事務所ではなかったのですが、入れ替わり立ち替わりで30人〜40人は参加していたんじゃないかな。
— ブログから始まってひとつのコミュニティに発展したんですね。(角田)
そのうち、ツイッターとかフェイスブックがはじまって、少しずつアクティブじゃなくなってきて。SNSでよく取り上げられていたのは、あそこはおいしかったとかあそこはビミョーだったとか(笑)そういう飲食店の情報だったので、そこだけ切り出してメディアをやったらいいんじゃないかと思って、2011年くらいに今の形になったんです。メディアと言ってもちゃんとした媒体というより日記の延長でいいからやってみようという感じで、SNSで関わっていた人にも寄稿してもらって。最初にやっていたブログに戻るような感覚もありました。SNSの時から「しもブロ」と呼ばれていたので、名前はそのまま残しました。
— 「しもブロ」さんの記事はもちろん興味深く拝見しているのですが、いろいろなランキングを掲載しているのも特徴的ですよね。(雨宮)
ランキングって、みんながどう思っているかみたいなところが数字として出てくるので、なかなかおもしろくて。ラーメンランキングは、ネット投票してもらうっていう方法でずっとやっている企画で10周年を迎えたところです。毎回「このランキングに納得いかない!」とおっしゃる方がいらっしゃるんですけど、そう思っていただいただけでもこの企画をやっている価値があるかなと思っています。
アクセスランキングでは、ユーザーに注目されているものが見えてくるのですが、昨年10月まではミカン下北がずっとトップだったんですよ。11月にドラマ『silent』がヒットして、その聖地巡礼記事がトップに躍り出たのですが、年間で見るとミカン下北が圧倒的にトップ。下北沢にとって、2022年は『silent』の年のように思われるのですが、違うんですよ! ミカン下北の年だったんですよ!
— なるほど! 数字が教えてくれることってありますね! 下北沢のお店の情報や街のことが知れるだけでなく、下北沢の何に今注目が集まっているかが客観的にわかるというのは、データとしてもとても意味がありますよね。(角田)
ジャンルが増えただけで、下北沢らしさは変わらずにそこにある
—黒田さんは、足を運ぶ人としても「しもブロ」で情報発信する人としても、この街を長く見てこられたと思うのですが、下北沢ってどんな街だと思いますか?(雨宮)
現在の「しもブロ」は、あまり人については書いていないのですが、2015年くらいに音楽の情報が増えて、その流れでミュージシャンをピックアップして記事を出していたことがあります。一応、インタビューさせてもらった人たちのことは注目しているんですけど、多くのバンドは売れるというところまで行かず、解散したり、解散したり……解散したり(笑)。続けているバンドも、メジャーデビューが決まったりすると下北沢ではライブをしなくなって、「さようなら……よかったね……!泣」って心の中で手を振って。下北沢っていうのは、通り過ぎる街、通過点なんだと思うんです。
—確かに、過去に行った別の取材でも、下北沢は卒業する街っていうフレーズが出てきたのをよく覚えています。「昔は下北でよく遊んでいた」とか、過去形になりやすいというか。私も、比較的長くこの街を見ている方だとは思うのですが、この10年くらいでかなり大きく変わりましたよね。黒田さんは、この下北沢の変化をどう見ていたのか気になるのですが。(角田)
私が初めて下北を訪れたのが1998年くらい。その時に見ていた駅や街の景色は変わらないものだと思っていたのですが、2013年に小田急線が地下に潜って踏切がなくなった時に、あーこの街は完全に変わるんだなって、認めざるを得ないような感覚になりました。
地上を走る最後の小田急線を見納めようと、かつて開かずの踏切と呼ばれていた現在のオオゼキのあたりに行ったら、同じことを考えている人がものすごくたくさんいて、みんな手にジョッキとか缶ビールとか持っていて。それも、下北沢らしい光景ではありましたね。
—確かに、あれは印象深い出来事でしたね。そこから時間をかけて工事が進んでいったわけですけど、新しい駅や施設のオープンがコロナ禍だったので、ムード的には難しかったですよね。(角田)
そうなんですよね。新しい建物やお店がポツポツぽつぽつでき始めても、大はしゃぎできない感じがありましたし、記事としても紹介しづらかったですね。でも、この下北沢駅周辺の変化っていうのは、小田急線と井の頭線が通った時に匹敵するくらいの大きな出来事だったんじゃないかと思いますし、鉄道史としてもかなり大変な工事だったと思います。でも、今こうして新しくなった下北をあらためて見てみると、今までなかったところに新しいものができたというだけで、元々あったものはそんなに変わっていないんですよね。スズナリも、本多劇場も、ライブハウスのシェルターも昔のままですもんね。
—今までの下北沢の街がなくなってしまったわけではないんですよね。でも、最近遊びに来ている人にも少し変化を感じているのですが、いかがですか?(雨宮)
人って、ある一定周期で入れ替わるものだと思いますが、この街は2022年あたりに確実に変わった感じがしました。訪れる人の種類が増えたというか。昔は、下北が好きな人、劇場やライブハウスに用がある人しか来なかったんですよね。それが、最近はそうじゃない人もよく見かけます。ミカン下北みたいな新しいスポットができて、そこがメディアを通じていろいろな人に届いたというところも大きいと思います。アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』やドラマ『silent』の聖地になったことで、初めて訪れた人も多いでしょうし。
—確かに、聖地化が加速している感じはしています。(雨宮)
下北って、いろいろなものの聖地なんですよね。わかりやすいのは、やっぱり演劇や音楽だと思います。けど、でもそれぞれに関わる人って近くにいるけどよっぽどのことがない限りは交わらない。そういうところが、この街のおもしろさだと思います。人によっては、それが、カレーだったり、カフェだったり、古着だったりするんですよね。今は、常設のお笑いのライブハウスがいくつかあったり、昔から下北周辺に住んでいるお笑い芸人さんが多かったりするので、お笑いの聖地にもなっていくんだろうなと思います。
あらためて見てみれば、下北に元々もともとあったものはなんら変わっていないんです。ファンクションが増えたことで、今まで来ていなかった層も楽しめる街になった、ということかなと思いますね。
—「ミカン下北」を作るときに、社内チーム内で〝下北っぽい〟みたいなところをかなり議論していたんですけど、結局特定することは難しくて、人によるね、というところに到達した経緯がありました。もともとカルチャーが複数存在する街ではあったと思いますが、その種類みたいなものが濃さをそのままに増えている感じですよね。(角田)
何かひとつ、共通項を見出すとしたら、「下北沢が好き」っていうことでしょうね。「下北沢の何が?」という部分は、一人ひとり違うんだと思います。
—ちなみに、黒田さんは下北沢のどういうところがお好きですか?この街の魅力として感じているところというか。(雨宮)
聞かれると思っていました(笑)。今までもいろいろなシーンでこの質問を受ける度に答えに困っていたんですけど、この映画を観てわかったんです。
—『街の上で』(監督:今泉力哉、主演:若葉竜也、2019)ですね。私も好きな作品です。(雨宮)
これを観た時に、そうかやっぱり〝人〟か、と思いました。この映画で描かれているのって、街の上にいる人なんですよね。この街に通う人たちも、きっとお店の人だったり、飲み屋で会える人だったり、そういう人たちが好きだから来る。そういう人がこの街を楽しめているんだと思います。
エンタメの街から、ビジネスでもおもしろい展開が生まれる街へ。
—下北沢で長年活動をしながら、広く俯瞰で街を観てきた黒田さんにお聞きしてみたいのですが、この街の課題ってどんなところにあると思いますか?(雨宮)
下北って、平日と休日の人の数が全然違うんですよね。「しもブロ」のアクセス数は実際に下北沢で起きている行動と完全に連動しているので、土日が多くて平日は少ない。だから、平日にもう少し人が増えるとこの街はめちゃめちゃ幸せになるんじゃないか、というのは思っていました。
—そうですよね。それで、ミカン下北ができる時に追加したのが「働く」というファンクション。コワーキングスペースを作ることによって、遊びに来る街から働きに来る街へ。今までは、下北に働きに来る概念ってあまりなかったと思うので、こういう場所ができたことで、人の流れも少し変わるかなと期待していました。(角田)
はい、これだけ働ける場所になったというのは、とてもいいことだなと思いました。本当に、下北のイメージの中に、働くってなかったですもんね。でも、仕事の後に飲みにも行けるし、映画や演劇やライブにも行けるし、この街が好きな人にはたまらないと思います。これだけ駅前に中小のコワーキングスペースがあるのは、珍しいんじゃないですかね。
—黒田さんもSYCL by KEIO(ミカン下北内にあるワークプレイス)に入居されたんですよね。(雨宮)
やっぱりどこかに固定でいるっていうのもいいかなと思って、今年の2月に決めたんです。いくつかのコワーキングスペースをドロップインで体験していたんですけど、入居を考えた時にはSYCL一択でしたね。理由としては、下に書店があること。あとはコミュニティマネージャーが機能しているところですね。受付の人というのではなくて、ちゃんと人と人を繋げてくれていて、その点は他の施設と明らかに違うなと思いました。静かに仕事をしたい人であれば他でもいいと思いますけど、この街や人と関わりを持ちたいのであれば、どう考えてもここがいいんじゃないですかね。
※SYCL by KEIOの記事はこちら https://jikkenku.tokyo/interview/2239/
—ここは、SYCL内の人と人とをつなぐことを大切にしていますし、「街とつながる」というコンセプトもあるので、ワークプレイスの外にいる街の人とも繋いでいくことも試みています。黒田さんと街や人との新たなコラボレーションも、ここから生まれるといいなと期待してしまいます。(角田)
そうですね。今まで街にいる人として飲食店の相談に乗ったりしてきましたが、それをきちんとWEB制作の強みを生かしながらビジネスとしてやっていきたい、という気持ちも生まれてきています。メインは飲食店になると思いますが、対象は幅広く考えていますので、下北沢の皆さんになにかお役に立てたら嬉しいです。
—今後、下北沢がカルチャーだけでなく、ビジネスでもおもしろいことが生まれる街になる予感、しますよね。(雨宮)
下北って、飲食店が試験的にお店を出して、ここで人の反応を見るみたいなことは昔からあるんです。そういう意味で、実験的なことができる街ではあったのかなと思います。昨年話題になったサントリーの「ビアボール」も、「ミカン下北」で販売スタートしたじゃないですか。あの展開はわくわくしました! 「ミカン下北」がひとつの媒体になっているのは、この街の可能性だなと思いましたね。
それに、昨年の夏にコクヨ株式会社が、下北沢に社員向けの多目的スペースをオープンしたんですね。オフィス用品を作っている大手企業があえて下北沢に場を持つというのは、何か企業にとってもプラスになることがあると見込んだんじゃないかと想像しています。いろいろな企業や人が繋がっていくと、この街はエンタメだけでなくビジネスとしてもチャレンジできる街になるのではないでしょうか。
—今年は「ミカン下北」も含め、駅周辺のいろいろな施設やお店が1周年ですから、お祭りムードが戻ってきそうですよね。今後も、下北沢から発信するメディアとして、よろしくお願いします。なにかコラボレーションもできたらいいですね。(雨宮)
この街はトラディショナルな祭りをやっていない時は、どんなお祭りをやってもいいんですよ(笑)。演劇祭とか映画祭とかもやっていますが、毎年やっていたライブハウスを回遊して楽しめる『Shimokitazawa SOUND CRUISING(サウクル)』も楽しみのひとつでした。今年は開催されないとのことで気を落としていましたが、いつもサウクルをやっていた時期に、12箇所のライブハウスを使ったサーキットイベント『THISTIME RECORDS 20th ANNIVERSARY “New Buddy!”」が開催されることになって、今はそれが楽しみすぎて! これはインディーレーベル「THISTIME RECORDS」の20周年イベントで、サウクルとは異なるイベントではあるんですけど、朝までのサーキットイベントが開催されるのは最高ですね……。
コラボレーションもぜひ! SYCLに入居したことで、すでに色々なことに巻き込まれているので。