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次世代のお酒「ビアボール」から派生した2つの実験。 下北沢で生まれた新しいパン&カクテルの開発ストーリーとは?

日々ユニークな商品や企画が生まれているミカン下北。先頃この施設で実験販売された、炭酸水でつくる自由なビール「ビアボール」にインスパイアを受け、一風変わったビアカクテルと、“ビールと楽しむパン”が生まれた。実験の名の下に意気投合した担当者3名〈(写真左より)THE STANDARD BAKERSの濱田英一さん、クリエイティブスタジオ 砂箱(兼当メディア編集部)の澤邊元太、サントリーの佐藤勇介さん〉に、その開発ストーリーを聞いた。

三者三様の実験者たち

最初にお三方から自己紹介をお願いします。

佐藤:サントリー(株)マーケティング本部イノベーション部の佐藤勇介です。もともとずっとビールの営業担当をしていましたが、2017年に商品開発に携わるようになり、今は昨年新設されたばかりの現部署に在籍しています。新商品を開発するだけでなく、ビール業界全体にイノベーションを起こすぞ! というチームの一人です。今日はよろしくお願いします。

発酵食品全般が好きだと言う佐藤さん。「ビールも発酵飲料ですが、そのことと関係あるんですかね(笑)。」

発酵食品全般が好きだと言う佐藤さん。「ビールも発酵飲料ですが、そのことと関係あるんですかね(笑)」

濱田:THE STANDARD BAKERSで統括マネージャーをしている濱田です。我々は4年前に栃木の大谷町でスタートしたベーカリー&レストランで、僕は2020年に東京出店したタイミングで入りました。もともとは15年ほどパン一筋でやってきたパン職人で、今は商品開発や店舗の運営・企画をいろいろな方と協力しながら進めています。ミカン下北の店舗でも、街の内外の人たちと一緒にこの街を楽しみながら盛り上げていこうと、さまざまなチャレンジをしているところです。

濱田さんはよくビール工場の見学に行くそう。取材終了後、今回の対談メンバーでサントリーのビール工場に行こうという話で盛り上がっていた

澤邊:株式会社コネルでプロデューサーをしている澤邊です。今日は「砂箱」というミカン下北内にオープンしたスタジオの担当者として参加しています。砂箱は“未発表の発射台”をコンセプトに、まだ世に放たれてない新しい価値や試みを下北沢から発信していくための場所。僕の役割は下北沢内外で活躍するプレイヤーを繋げて実験的なチャレンジを起こすことなので、今回の皆さんとの商品開発はまさにやりたかったことでした。

下北沢を歩いていると次々に声をかけられるという澤邊。「ミカン下北に来てから顔が広くなりました。最近この街での交流が仕事かプライベートかよくわからなくなってます。」

「ビアボール」の開発は、家庭の冷凍庫から始まった

まずは今回の実験のきっかけとなった「ビアボール」について改めて佐藤さんからご紹介いただけますか?

佐藤:「ビアボール」は“日本初(※1)の炭酸水でつくる自由なビール”です。平均的なビールのアルコール度数が5%程度なのに対し「ビアボール」は16%あり、お客様に自由に割っていただきながら飲むという新しいスタイルの商品。7月にミカン下北をはじめ一部店舗で試験販売され、11月には一般向けに販売がスタートします。

※1:炭酸水で割ることを製品上で訴求する日本初のビール (Mintel GNPDを用いたサントリー調べ 2022年5月)

斬新な商品ですが、どんな開発背景があったのでしょう?

佐藤:ビール市場は17年連続で前年割れという厳しい状況なのですが、「ビアボール」は“新しいビールの価値をお客様にお届けすること”を目標に開発が始まりました。また、今のビールのメインターゲットは50〜60代ですが、「ビアボール」はビールにあまり親しみのない若者向け。彼らに向けてビールの楽しみ方の可能性を広げたかったのです。
ただ開発に際して若者の意見を聞くと、けっこう辛辣なことも言われましたね(笑)。共通していたのは「ビールはどれも一緒。楽しくない。」ということ。メーカー側はこだわってホップや水の違いなどを訴求するんですけど、お客様には伝わりきれておらず、パッケージもほぼ一緒に見えると‥‥。ショックを受けながらも、彼らが楽しめるビールは何だろうか?と真剣に考えました。

それで炭酸水でつくるという方向になったんですね。ビールの常識を覆すような発想ですが、社内でもきっとご苦労があったんじゃないのかなとお察しします。

佐藤:それはもう社内は大反対でした。特に生産研究部門からは「こんなものはビールじゃない」「売れるわけがない」と言われ試作もしてくれなかったですね。ただそれもそのはずで、ビールとは“プロが最高の品質で作ったものをお客様がそのまま楽しむ”ということが基本。でも今回の商品はお客様の手でアレンジされるので、最終的な味をメーカー側でコントロールできないんです。プライドを持っている作り手からすると禁じ手ですよね。

なので仕方なく自宅でつくってみることにしました。僕の場合“実験区”は自分の家だったんです(笑)。自宅の冷凍庫でビールを冷凍させ、アルコールより先に凍る上澄みの氷だけを取り除いてどんどんアルコール度数を高くするという作業を繰り返しました。

資料提供:サントリー(株)

澤邊:すごいですね。もう佐藤さんが職人になってるじゃないですか、それ。

 

佐藤:だって誰もつくってくれないからやるしかないんですよ! 子供が実験中の冷凍庫を開けちゃってビールまみれになるなんていうハプニングも乗り越えて(笑)、15%ぐらいの濃いビールができたんです。それを会社に持って行って、「こういうものをつくりたい」と熱弁していたら、社内でもだんだん面白がって協力してくれる人が増えていきました。そしてついに生産研究部門のメンバーから「僕らがつくった方がもっと美味しいものができる」って声があがったんです! あの時は嬉しかったですね。

 

濱田:なんだか感動しちゃいますね‥‥。大企業の商品開発のスタートが佐藤さんの自宅の冷凍庫だったなんて驚きです。

 

佐藤:我々はサントリー創業時の「やってみなはれ」という精神を大事にしている会社ですが、それって「実験せよ」ということなんですよね。頭だけで考えていてもダメで、まずはやってみないと。実験を繰り返しながら夢を語り続けたことで、味方が増えて発売までこぎつけたんだと思います。

実は共通点の多いビールとパンを、実験スタジオがつないだ

実験販売は全国3施設にて実施されましたが、そのうちの一つがミカン下北でしたね。

佐藤:ミカン下北で実験的に先行販売したかったのは、今回のコアターゲットであるMZ世代1980年代半ばから1990年代初頭に生まれた「ミレニアル世代」と、その後の1990年代後半から2010年の間に生まれた「Z世代」の2つの世代を合わせたものが多い街だからというのもありますが、この施設が打ち出している“実験”というコンセプトに深く共感したからなんです。僕たちのやっていることはまさに実験でしたし、“未完”であり続けながら進んでいく考え方もぴったりで。それで飛び込み営業的に京王電鉄さんに電話をかけました。

 

澤邊:京王さんから「サントリーのすごいアツい方から連絡があった」と聞きましたよ(笑)。佐藤さんの熱意が我々テナントにまで伝播してきてました。

そこからどうして砂箱で「ビアボール」のカクテルをつくることになったんですか?

澤邊:佐藤さんには6月に初めてお会いしたんですが、僕らは7月末に砂箱のオープンを控えていて、そのオープニングレセプションで何か新しいプロトタイプを公開できないかなと思っていたところでした。それで「ビアボール」を使った実験をさせてくれないかと佐藤さんに相談したら、快く協賛してくださって。「ビアボール」の試飲缶をいただいて、それを元にうちのエンジニア(元バーテンダー)が新しいビアカクテルをつくったんです。

今日は完成したビアカクテルのうち、「ビアストローネ」と「ビアディガフ」を作ってもらいましたが、これ以外にもたくさんの案があったとか?

澤邊:はい。最初7、8案のメニューがありました。それを弊社の若手メンバーが試飲して絞り込んでいったんですが、中でもこの2つはレセプションでも人気でした。発想的にはレッドアイやシャンディガフをベースにしていますが、「「ビアボール」というユニークなお酒を使うなら、元祖を超えた個性を出していきたい」というエンジニアの想いがこもっています。

(写真右)佐藤さんが「うまい!」と唸ったビアストローネ。トマトリキュールのクラマト、胡椒、青唐辛子のリキュールなどが入っており、スパイシーさのある味わい。
(写真中央)マスカットのリキュールとジンを合わせたビアディガフ。飲みやすくフルーティな爽やか系カクテル。
(写真左)THE STANDARD BAKERSで新発売された「とうきみパン」(“とうきみ”とは北海道でのとうもろこしの呼び方)。ワンハンドで食べられる形状とどっしりした食感もポイント。

レセプションで提供されたメニュー

砂箱オープニングではビアカクテルで乾杯!(編集部撮影)

コラボはさらにTHE STANDARD BAKERSとの“ビールに合うパン”の開発にまで発展しました。

澤邊:たしか佐藤さんと電話でビアカクテルの話をしていて、その電話を切った直後に濱田さんにばったり会ったんですよ。当時濱田さんとはいつか何か一緒にやりたいねって言い合っていたのですが、ふと思いついて「「ビアボール」っていう新しいお酒があるんですけど、それに合うパンを開発しませんか?」って提案したんです。そうしたら濱田さんが「良いよ!」って。

その場で即答されたんですね‥‥!

濱田:僕、何でもやろうやろうってなっちゃうタイプで。面白そうだったし気づいたら乗ってました(笑)。すぐにパン職人と澤邊さんと3人のLINEグループを作って、新しいパンの開発が始まりました。

そして出来上がったのがこの「とうきみパン」なんですね。どんな工夫をされたのですか?

濱田:「ビアボール」は水とホップ、大麦というビールの“骨格”に強くこだわり、それを職人さんの高い技術で仕上げている商品。そして僕らが一番大切にしているのも小麦をベースとしたパンの“骨格”で、パン職人の技で味を決める。そうした共通点から、今回はその骨格が伝わりやすいフランスパンをベースにしようと決めました。

その次にビールに合う具材って何だろうって考えて、やっぱりコーンだよなと。でもあくまでシンプルにしたかったので他には何も入れず、十勝産の甘味の強いコーンだけにしました。そして「ビアボール」との相性を考えて醤油・焦がしバターが香るしっかりめの味付けにしています。派手さはないですが、職人の技術とこだわりが詰まった商品です。

試食の様子。「「ビアボール」はそこまで主張が強くないので、この食べ応えのあるしっかり味のパンと合わせるとすごく合いますね!」と佐藤さんも絶賛だった

佐藤:なるほどなぁ。「ビアボール」の原料は大麦ですが、大麦を材料にしてパンをつくるなんてこともできたら面白そうだなと思いました。メソポタミア文明の頃のビールは“液体のパン”と言われてたらしくて。ビールとパンって、原料や発酵などの工程が似てるんですよね。ビールの国・ドイツでは、廃棄するパンを使ってビールを醸造したりするくらいで。

 

濱田:ドイツと言えば、パン生地にビールを入れるのはメジャーな製法ですね。両者はとても相性が良いと思います。

共通点が多くて今後の展開もいろいろ考えられそうですね。澤邊さんのプロデューサーとしての嗅覚が活かされたマッチングだと思いますが、下北沢での“繋ぎ役”として大切にしていることはありますか?

澤邊:何かをやりたい! と思っている人に、120%でお返しすることです。実験というコンセプトがあるからには、実験しやすい状況を作っていきたい。だから熱意ある人たちに場所・人・チャンスなど何かしらその人の“想定以上のもの”を返せるようにしたいと思っています。

 

佐藤:しかし“実験”という言葉は素晴らしいですよね。たとえ失敗しても「あれは実験だったから」って許されてしまうのが良い(笑)。実験なら組織の中でも自由に動きやすいし、何かあっても「実験として承認してくれたでしょ?」って言える。澤邊さんが誰かを繋ぐ時も、実験だと声をかけやすそうです。

 

澤邊:あと、実験だと周囲の人が意見を言いやすくなるっていう側面もありませんか? 身構えたり忖度することが減って、忌憚のない意見をもらえることが多い。それって新しいことをやる時にはすごく理想的な環境だなと思います。

実験は終わらない

最後に、皆さんがこれから仕掛けていきたい実験について教えて下さい。

佐藤:「ビアボール」は11月15日にいよいよ一般発売となりますが、ようやく子供が生まれるような感覚です。ブランドの親として、子供にどんな経験をさせて、誰と巡り合わせて、どんな強みを身につけていくのかを考えながら、「ビアボール」の可能性を広げるような実験をどんどんやりたい。その先にお客様の生活を豊かにする存在に育ってくれれば本望です。

 

濱田:かわいい子には旅をさせよ、ですね! 僕らは“下北沢の次のスタンダード”を作っていきたくて、たとえば下北沢の食を代表するカレーに注目したカレーパンの実験をしてみたいです。以前澤邊さんにそれを言ったら「僕は下北沢でカレーを山ほど食べてるから、一緒に行きましょう!」って返されて。それでうちの開発メンバーも誘って1日かけてカレーだけを食べ歩きました(笑)。

 

澤邊:行きましたねぇ。オープンの頃はお店も忙しくてなかなか着手できなかったと思いますが、「下北沢カレーパン」やりましょう!

 

佐藤:そういえばカレーパンってなんで揚げるんだろう? ってずっと思ってたんですよ。“生カレーパン”なんていうのがあったらカレー自体をもっと楽しめそうなのになと。

 

濱田:面白いですね。世の中の「カレーパンってこういうものだよね」という常識を見直して実験していくのは楽しそうです。

澤邊さんが今後やっていきたい実験はありますか?

澤邊:今回は食べ物・飲み物のコラボでしたが、下北沢といえばやっぱりカルチャーの街。食にカルチャーの要素を掛け合わせてみたらどうなるだろう? と気になっています。たとえば演劇×飲食体験なんて下北沢らしくて面白そうですよね。

 

濱田:今回の商品開発ストーリーを脚本化して演劇にしたら面白かったりして。 その演劇を観ながらリアルタイムで「ビアボール」やパンを楽しめたら、すごく新しいなと思いました。

 

澤邊:確かに。ちょっとまた改めて相談させてください(笑)!

アイデアが止まりませんね‥‥。お三方から次にどんな実験が生まれてくるのか、とても楽しみです! 今日はありがとうございました。

(※撮影時のみマスクを外しています)

Information

取材・文:丑田美奈子 撮影:岡村大輔
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