株式会社近松の代表として、ライブハウス「下北沢近松」やライブハウス・アコースティックBAR「近道/おてまえ」、ギャラリー&バー「近近」、空き地カフェ&バーなどの店舗事業、さらに音楽レーベル「THE BONSAI RECORDS」やライブイベント『下北沢にて』の実行委員長などに取り組みながら、下北沢を拠点とするバンド・THEラブ人間のキーボードとしても活動するツネ・モリサワさん。
そして共に15年以上に渡って下北沢に根を張り、メジャーレーベルから自主レーベルへと独自路線で歩みながらも、等身大な歌詞とブレないロックンロールサウンドを貫きTHEラブ人間のフロントマンとして作詞作曲を担当する金田康平さん。“下北沢の恋愛至上主義音楽集団”を謳う同バンドは、今年5作品目のフル・アルバム『ハートのコア』をリリースし、さらに交流の深いお笑い芸人のニッポンの社長と全国3ヶ所を4公演回るツアー「ラブ・ニッポン2025」をまさに下北沢「近道」にて千秋楽を迎えた。
下北沢を拠点に、音楽活動ならびに生活を続けながらその景観やカルチャーの変遷を見てきたお二人だからこそ感じる街のリアルな魅力や価値とは。
今回は、「実験区下北沢」でも撮影を行ってきた、またTHEラブ人間のアーティスト写真やMV写真を手がける新鋭写真家・是永日和さんが縁を繋いでくれたことでインタビューが実現。下北に暮らす“気のいい人”から“気のいい人”へ。今回も是永さんの素敵な写真と共にお届け。

左:金田康平/右:ツネ・モリサワ

「やりたいことがいつでもできるのが大人だよとラブ人間の背中を見ていると伝わってきます、サイコー」是永日和(写真中央)
働くことが自己表現に繋がっている街
―まずお二人がどのような仕事/活動をしているのか、教えていただけますか?
ツネ:音楽活動としてはTHEラブ人間というバンドでキーボードを弾いています。
また株式会社近松の代表として、下北沢では2017年からライブハウス「近松」、2022年から「近近」という立ち飲みバー、2023年からライブハウス「近道/おてまえ」の経営、「空き地カフェ&バー」の運営をしてます。今年は札幌でも新しいライブハウスをオープンします。
金田:僕はTHEラブ人間のボーカルで作詞作曲を担当、ソロでも活動しています。下北沢では1990年代の終わりくらいから遊んでいます。今はこの近くに住んでいますし、“下北沢が好きな世田谷区のミュージシャン”ですね。株式会社近松にはアーティストとして所属しています。
―金田さんとツネさんの下北沢への愛は多くの人たちの知るところですが、この街にどのような魅力を感じますか?
金田:下北沢は働くことが自己表現と繋がっている人が多いイメージがあります。僕は、働くこと=労働=我慢とか、「ミュージシャンたるもの働いているところを見せるな」みたいな考え方が美徳とされてきた時代を生きていたから、なおさらそう思うのかもしれないですけど、下北沢はそういう価値観といい意味での距離があると思います。
ミュージシャンだけじゃない、レコード屋さんでも古着屋さんでも、フルーツサンド屋さんでも。それが自分のアイデンティティに直結しているというか、友達に「ここで働いている」って言いたいみたいな、自己表現の一つとして取り組んでいて、嫌々働いている感じがしない自由な街ですね。
ツネ:「自分がどうしたいか」が大切な街というか、そういう意識を持った人が多いように思います。バンドもそうですよね。お客さんゼロの頃からスタートして、Instagramを頑張ったりTikTokやったり、フライヤーも自分たちで作るとか、自分が何を成し遂げたいのかということを考えて、そのために必ずしも得意じゃないことも一生懸命やってる。大規模な舞台ではなくて、世界でも類を見ないほどのライブハウスや劇場の密集地だからこそ、そういう熱を肌で感じることができる街だと思います。
―2017年に近松をオープンすることになった経緯を教えていただけますか?
ツネ:いま近松のある場所はもともと「CAVE-BE」というライブハウスで、THEラブ人間のメンバーである金田と僕とバイオリンの谷崎(航大)は、もともとそこで働いていた仲間なんです。すべてはそこから始まっています。
金田:僕は大学に通いながら「CAVE-BE」で働いていて、ちょうど卒業するタイミングの2009年の春にTHEラブ人間を結成しました。その後、メジャーデビューしたんですけど1年くらいで離れて、そこから自主レーベルを立ち上げました。
ツネ:その後、僕らがもともとやっていたイベント『下北沢にて』の規模が大きくなったことをきっかけに2015年に株式会社近松として法人化し、2017年に閉店することになった「CAVE-BE」から受け継いで「近松」をオープンさせました。
―そこからコロナ禍を経て8年。振り返ってみていかがですか?
ツネ:壁にペンキを塗ったり床を貼ったり、ほんとうにDIYで作った店なんです。お金がなかったからですけど、結果的にすごく愛着を感じていますし、自分たちでそこまでやったからこそ、バンドがステージに上がることも、ライブハウスを運営していくことも、いろんな人たちの支えがあるからなんだと、身に沁みて感じます。
―そこから近道/おてまえ、近近をオープンされ、次は北海道。事業を拡大していくことは、当初からの目標だったのですか?
ツネ:ひとえに縁ですね。近松は「CAVE-BE」のオーナーからお話をいただいて始まりましたし、「近道/おてまえ」もその前にあったライブハウス「GARAGE」の物件が空きになっていたところに商店街の方からの話があったり、北海道にオープンするライブハウスもご縁なんです。
―とはいえライブハウスの運営は、客単価や日々のスケジュール管理が大変で、けっこうシビアな世界だと思うんです。勝算がないとできないじゃないですか。そのあたりの需要と供給のバランスは、どうなっているのですか?
ツネ:「やってみようかな」と思って事業計画を作ったり状況を整理したりしているうちに見えてくる勝算みたいなものはあります。需要と供給となると、バンドの数は多いですし下北沢においては未来を見ても明るい要素はありますね。
僕らTHEラブ人間は1年に1回、代沢小学校のスターキッズクラブという音楽好きの子供たちが集まるサークルに出向いてワークショップをやっているんですけど、楽器を楽しみたいと思っている子どもたちはたくさんいるんだなって。
金田:もう10年くらいやっています。当時そこで出会った小学四年生だった子が、実は椿三期というドラマーとして、今は僕のソロのバンドセットでドラムを叩いています。
―いい話ですね。どんなワークショップなんですか?
金田:例えばTHEラブ人間の曲に新たに歌詞をつけて、みんなで演奏したり、録音したり、ジャケットも作ってCDにする。それを僕らのイベント『下北沢にて』で配って実際に演奏もするんです。地域の人たちの生活に音楽と演奏があって、そこを拠点にするミュージシャンと繋がることができる。それもまた下北沢の魅力ですよね。
街の変化はグラデーション。経年“変化”のひとつ
―今、下北沢は再開発が進んでいます。変わりゆく街並みについてはどう思いますか?
金田:たまに聞かれるんですけど、この街で生活している自分からすると、それはある瞬間に変わるわけではなく、グラデーションなんですよ。外から見たらすごく大きな変化なのかもしれないけれど、あまりそういう驚きもないし、街の景観がどうとかも思わないですね。例えばこのDIYで塗ったライブハウスの壁の塗料が剥がれたり色褪せたりするありすることもそうで、ずっと通っていると変わったっていう実感はないんです。経年劣化ではなく“変化”なんです。ふと気づいたときに「いい味出てるな」みたいな。
ツネ:僕は商店街の理事もやってるんですけど、みんなほんとうに何も気にしていないし、街の使い方だって変わらないから。細かい場所に目を向けても誰かがやめたら誰かが入る。そうやって続いていきますし。
金田:ライブハウスも新しい場所ができたり、前の店を誰かが受け継いだり。そこは変わらずに、場所を運営する人たちもバンドも、自分たちで0から頑張り続けている。
ツネ:僕らが下北沢を知らない時代から先輩方が積み重ねてきた歴史のうえに立たせてもらっている。あらためて、ほんとうにいい街だと思います。
―自主レーベルでの活動の魅力は?
金田:音楽で言うと濃度ですね。メジャーレーベルのようにいわゆるプロのマーケティングが介在しない。もちろん、多くの人に聴いてもらいたい一心で大きなレコード会社の力を借りて活動することも素晴らしいと思います。僕らにだってそういう気持ちはありますから。そのうえで、自分たちのやっていることを好きでいてくれる人がいるだろうって信じてやっていますし、自分たちだけでやりたいことを突き詰めれば数字的な結果はどうあれ納得できる。自分たちのペースで納得できる作品を作る。それが僕にとってはもっとも大切なことなんです。
―これからの実験。今後やってみたいことについて、話を聞かせてもらえますか?
ツネ:ホテルをやりたいんですよね。いまの東京は宿泊施設が高すぎてバンドが泊まれない。下北沢はもともとホテルが少ないし、そもそも場所がないって言われますけど、場所もやり方も絶対に何かあると思うんですよね。
金田:僕は特にないというか、あるというか。とにかく毎日曲を書く。計画的に音楽を作ることはできないけど、毎日曲を書いてそれをラフで終わらせずに書き終える。それを16年くらい毎日続けているんです。
―すごいですね。
金田:THEラブ人間は今年に入ってアルバム『ハートのコア』を出したんですけど、まだストックが山ほどあって。あとはソロでも何か出したい。そして好きな人たちと共演できたら、もう求めることはありません。好きな店は下北沢に全部ありますから。