エレキギターやアコースティックギター、ベース、アンプなどを手がけ、世界のロックやポップスの歴史を支えてきた楽器メーカー、Fender。「テレキャスター」「ストラトキャスター」といった有名モデルの名は、ギターを手にしたことがなくても耳にしたことがあるのではないだろうか。
そんなFenderが、「音楽」の持つ体験価値を広く形にすべく、ライセンスパートナーとの協業を通じて、アパレルやカフェなどに事業領域を広げている。そして2026年、飲食事業である「FENDER CAFE(フェンダー・カフェ)」の初の路面店の出店場所(※)として選ばれたのが下北沢だ。
飲食事業の指揮をとるのは、両事業のグローバルライセンスを持つZENSE株式会社の代表であり、現在も外部のコントラクターとしてFenderのアジアマーケティングをリードする高橋一平さん。なぜ、初の路面店に下北沢を選んだのか。その背景を紐解くと、音楽の歴史を次世代へつないできたFenderと、数々のミュージシャンの挑戦を受け入れてきた下北沢、そして高橋さん自身に共通する「実験精神」が見えてきた。
※FENDER CAFE1号店は、原宿にある旗艦店「FENDER FLAGSHIP TOKYO」内に2023年にオープン。

下北沢は、家族ぐるみの「生活の街」
―カフェのお話を伺う前に、高橋さんご自身のキャリアや、これまでどういったお仕事を手がけられてきたのか教えてください。
今の仕事につながるところから話すと、僕自身はもともとアーティストとして活動し、過去にメジャーデビューも経験しているんです。ただ20代の後半で次第に行き詰まりを感じるようになって、次に何をするかを考え始めました。
その頃、カルチャー誌『Rolling Stone』の日本版が創刊されることになって、創刊号での取材を受けたんです。それがきっかけで当時の編集長兼社長と親しくなり、経営企画部に入ることになりました。僕は高校時代にアメリカへ留学していた経験もあり、ロックンロールなどのカウンターカルチャーにはその時から興味がありましたし、『Rolling Stone』は大好きな雑誌でしたから嬉しかったですね。
そこで仕事をする中で、Fenderの米国本社の現CEOであるエドワード・コールと出会って、仲良くなったんです。彼は当時別の会社の代表を務めていたのですが、彼がFenderに移籍するタイミングで「うちのマーケティングディレクターとして来ないか?」と誘ってもらい、アジア統括として参画しました。

―そこからFenderとの関わりが始まったんですね。
そうですね。Fenderの社員として5年ほどマーケティングを管轄したあと、別のビジネスパートナーと一緒に新しい挑戦をするために起業しました。しかし、Fenderの新しいチャレンジを形に出来ることが自分の運命だと感じ、今代表を務めているZENSE株式会社を自身で立ち上げました。
今はFenderのアパレルライン「F IS FOR FENDER」とカフェ「FENDER CAFE」のグローバルライセンス事業を主軸として手がけながら、外部コントラクターとしてFenderのマーケティング全般をリードしている、という立ち位置です。
―下北沢という街との関わりはいかがでしょうか? 音楽がお好きだったとのことで、10代の頃から馴染みがあったのでしょうか。
正直に言うと、高校からアメリカに行ったこともあり、下北沢のカルチャーや古着に詳しかったわけではないので、当時の下北沢の記憶ってあまりないんです。
下北沢との関わりが深まったのは、大人になってから「カルチャーの街」以前に、僕にとっては実際に12年住んでいた「生活の街」であり、地域住民として自分の経験や歴史を支えてくれていたリアルな場所なんです。

多くのミュージシャンが大事にする「原点」
―原宿の旗艦店「FENDER FLAGSHIP TOKYO」の中にもカフェがありますが、今回初の独立した路面店として2号店を下北沢に出店された経緯について教えてください。
原宿の旗艦店では、カフェも含め「Fender」のブランドの世界観を全て体感できることが魅力だと思います。ギターが壁一面にズラッと並び、アーティストたちの写真などもあり、楽器好き・音楽好きにはたまらない空間です。ただ、それでも一部のギターをやらない友達からは「入るのに敷居が高いよ」なんて言われることもあって。なので、ひとつの楽器ブランドの枠を越えて、もっと普遍的に音楽にフォーカスした「ミュージックラバー」が集える場所として、独立店舗をつくりたいという構想は当時からありました。
独立店舗の出店場所を考えたとき、やっぱり“音楽の匂い”がする場所がいいと思っていました。「楽器」の文脈に寄せるなら、楽器の聖地「御茶ノ水」、より広く「音楽」全体の文脈で考えるなら渋谷か下北沢。そのあたりが候補に挙がっていました。
―最終的に下北沢を選ばれた決め手は何だったのでしょうか?
相当数の物件を見ましたけど、ある時期から「下北沢に絞ろう」と決めたんです。数々のバンドやアーティストにとっての「登竜門」であり「出発地」、音楽の聖地である下北沢から独立店舗をスタートさせるべきだ、と腹を括ったんですよね。
これまでたくさんのアーティストに話を聞いてきましたが、本当に多くの人たちとの交流から「下北沢」という名前が出てくるんです。「下北沢のおかげで今の自分がある」って。やっぱり音楽好きにとっては特別な街なんです。
―多くのアーティストたちの歴史の上に成り立っている街なんですね。
下北沢から巣立っていったアーティストたちが、どれだけ有名になっても「自分の原点は下北沢だ」と言い続けているから、あとに続くミュージシャンも下北沢から音楽活動を始めるのだと思います。そうした歴史が「線」になってずっと繋がっているんですよね。
下北沢のライブハウスは、若いバンドマンたちが「自分の想いを人に伝える」という挑戦を初めて行う舞台。たとえお客さんが数人しかいなくても、ステージに立って自分の思いを音楽で掻き鳴らす。その「熱量」や「実験精神」が何十年も積み重なってできているのが、下北沢という街のDNAなんだと思います。
Fenderのギターやベースも同じように、時代の先端を走るミュージシャンたちがずっと使い続け、次世代に繋いできたものなんです。下北沢という街とFenderには、そうした「バトンを繋いできた歴史」という共通点があると感じます。


ギターのディスプレイはあえて「入口に1本」のみ
―下北沢という街の空気に合わせて、どのようなお店づくりや工夫をされているのでしょうか。
Fenderというブランドは80年の歴史を持っていて、ロックだけではなくジャズからヒップホップのサンプリング、日本では演歌まで、あらゆるジャンルの音楽を支えてきた存在です。だからこそFENDER CAFEは「ギターを弾く人だけの場所」にはしたくなかった。
店内BGMは、往年の洋楽ロックに偏らせず、若い方や下北沢の街に響く邦楽ロックやJ-POPも織り交ぜて選曲しています。楽器の主張をするのではなく、音楽そのものを祝うような場所にしたいんです。
―ギターのディスプレイも入口に1本のみで、Fenderの主張はだいぶ少ないように感じます。
自分のライフスタイルの中に音楽がある人たちが気軽に立ち寄れて、いい音楽を浴びながら人と繋がれるような空間にしたいから、下北沢の店舗にはギターをあえて1本しか飾っていないんです。

―その他、フードやドリンクに下北沢ならではのこだわりはありますか?
先ほど話したように、下北沢は多くのバンドマンが初めてステージに立つ挑戦をする場所。
それになぞらえて、この店舗限定のコーヒー豆に「FIRST SET(ファースト・セット)」という名前を付けました。ミュージシャンがステージに立つ最初のセットリスト、そして僕たちの新しい挑戦という意味を込めています。
それから、原宿店はドリンクと軽いサンドイッチ、スイーツがメインですが、下北沢はお酒も飲めますし、しっかりとした食事メニューを揃えています。営業時間を朝の9時から22時までと長く設定しているのも、地域の人たちや音楽好きが、日常の「通り道」として気軽に立ち寄り、ゆっくり滞在できるコミュニティが生まれる場所にしたかったからです。

―あくまでも「日常の中にある場所」として設計されているんですね。
グローバルな視点から見ると、今、海外の人たちにとっての下北沢の価値ってすさまじく上がっているんですよね。でも僕たちは「インバウンドで流行っている場所にカフェを出した」というふうには絶対にしたくなかった。どこまでもローカルな、つまりこの街に住んでいる人や、下北沢のカルチャーを愛している人たちのための場所にしたかったんです。
下北沢には新しく開発されたエリアと、古き良きカルチャーが凝縮されたエリアが、良いバランスで共存しています。FENDER CAFEがある場所は、まさにカルチャーにどっぷり浸かった空気感が残っているところ。僕たちはそういう歴史ある場所の、一つの心地良いカフェ&ダイニングとして存在出来たらと思っています。
下北沢の人たちと一緒に、新しいカルチャーの形をつくる実験をしたい
―今後、下北沢の街や地域の方々とどのように関わっていきたいですか?
大前提として、地元の人たちに愛されるお店でなければ意味がないと思っています。だから、地域の名物イベントにはどんどん積極的に参加していきたいですね。
実は今度の「下北沢カレーフェスティバル」にも参加することが決まっていて。FENDER CAFEらしく、カレー風味のチキンオーバードライブライスを急ピッチで開発したところです。
あとは今年の9月開催からすでに参加予定の「TOKYO CALLING(※)」のような街全体を使ったイベントと連携したり、下北沢に20以上あるライブハウスや、リハーサルスタジオ、劇場とコラボレーションしていきたいと考えています。
※毎年9月に東京の下北沢・新宿・渋谷エリアの複数のライブハウスで開催されている、日本を代表する音楽ライブサーキットフェスティバルの一つ。

―店舗をライブ会場にしたりも?
実はここでライブをしたいというアーティストからの問い合わせはすでにあります(笑)。しかし、ライブ体験は本物のライブハウスには絶対に勝てません。だから僕たちは、ここをライブ会場にするというよりは、ライブの前後に立ち寄って休める場所であり、音楽好き同士が余韻を語り合えるコミュニティスペースでありたい。ライブハウスとは異なる役割を担いながら、
お互いの存在でより充実した音楽人生を補完し合えるような関係性を地域で作っていきたいですね。
―ご近所の店舗やローカルなネットワークとの繋がりも、すでに生まれ始めているようですね。
そうなんですよ。すぐ近くにある人気の居酒屋「十七番地」のオーナーは、実は息子同士が同じ幼稚園だったりして。今の物件に出店を決める前に「この物件どう思います?」と相談しに行ったら、「めちゃくちゃ良いと思う!」と背中を押してくれました。
私にとっては下北沢って、そういうプライベートなネットワークや個人店同士の繋がりがある、とてもあたたかい街なんですよね。僕自身、人生そのものにずっと「音楽」がある環境で生きてきたので、この下北沢という場所で、地域の人たちと一緒に新しいミュージックライフスタイルの形を実験し続けていきたいです。
誰かにとっての「ふらっと立ち寄れる日常の通り道」であり、音楽のルーツを感じられる場所として、この街にしっかりと根を張っていきたいと思っています。

