古着から手作りのアクセサリーまで、およそ20の小さなお店がひしめく「東洋百貨店」。宝探し感覚でショッピングが楽しめる、下北沢のランドマーク的存在として人々に愛されてきたこのお店が、ミカン下北に待望の2号店をオープンする。そこで今回は、東洋百貨店のオーナーである小清水克典さんと、ハンドメイド作家のためのレンタルボックス「素今歩」(すこんぶ)の店長・川上佳祐さんによる対談を実施。2004年のオープン以来、15年以上にわたって下北沢の変遷を見届けてきた両者は今、何を思い、どんな未来を描くのか。
古き良き下北沢の記憶やDNAを受け継ぐ東洋百貨店
まるでダンジョンのような雰囲気は唯一無二です。オープン当初はどんな構造を抱いていたのですか?
小清水:この場所、元々は駐車場なんですよ。当時は近隣も民家ばかりだったんですが、そのまま駐車場として貸し出すのも面白くない。それでふと思い浮かんだのが、戦後の闇市や食品市場として栄えた下北沢の記憶というか、DNAを残せるようなお店にできないかというアイデアでした。
今のような業態になったきっかけは?
小清水:2000年代前半の下北沢は、ビジネスをやりたい若手が沢山いたんです。ただ、アイディアも熱量もあるんだけど、いかんせんお金が無い。それならビルの中をみんなでシェアしてもらって、自分たちで内装や仕入れもすべてやってもらう代わりに、資金の面などでの条件をグッと緩くしたんです。ここに入居してきた人たちの半分は、東洋百貨店で初めて自分のお店を持ったと聞きます。やっぱり個人店がいっぱい増えたほうが絶対に面白い街になると考えているので、その思いを具現化したのがこの業態です。
スタートアップ支援の先駆けとも言えますね。素今歩さんは東洋百貨店の古参ですが、入居の条件などはあったのでしょうか。
川上:ひとつだけルールがあったとすれば、「手作り」「オリジナル」「一点物」をなるべく置いてくださいということでしたね。せっかく下北沢でお店をやるのなら、ここに来ないと買えないものを売っていたほうが街の活性化にもなりますから、そのルールには共感しています。
小清水:川上くんのお父さん(素今歩の創業者)は、私の父と偶然知り合いだったんです(笑)。立ち上げ当初からのお付き合いですね。
川上:親子2世代でお世話になりっぱなしです(笑)。
ミカン下北を起点に、若者向けと高齢者向けのイベントが共存できたら
今回、ミカン下北に出店する決め手は何だったのでしょうか?
小清水:ビルの老朽化と、街の再開発もあって移転先をずっと探していたんです。それに、もしこのエリアが取り壊しになると、再びオープンするまでにざっと7年はかかる。たった1年の不在で忘れられてしまう時代に、東洋百貨店が築き上げてきた文化やDNAが途絶えてしまうのは、あまりにも勿体ない。京王電鉄さんも、すごく良いタイミングで声をかけてくれたなと(笑)。「ミカン(未完)」のコンセプトも、個人店の集合体として変化し続ける東洋百貨店とマッチしていると感じました。
“未完ゆえに生まれる新たな実験や挑戦を促すこと”をテーマとした施設ですが、お二人がやってみたい実験や、期待していることはありますか。
川上:基本的なコンセプトは変わりませんが、素今歩としては初めて日本全国の作家さんの作品が一堂に会する場所になると思います。駅近でアクセスが良いですし、飲食店を含めいろんな業態のテナントが入る予定なので、これまでとは違う客層や流れが生まれるんじゃないかという期待がありますね。
小清水:僕たち2人とも「みんなの下北沢」というビジョンを持って活動しています。でも実際は“みんなの”とは言い難い部分もあって、下北沢って今も富裕層が住む豪邸が沢山あるんですけど、そういう人たちはこの街を使ってないんですよ。古着屋さんにもスニーカーショップにも行かないし、ご飯を食べようにも若者向けのお店しかないから、新宿・渋谷まで行っちゃう。そして、住んでる人たちが使わないということは、ファミリー層にとって住みにくいということで、実際どんどん抜けていく傾向があります。近隣に3つあった小学校も統廃合で1つになってしまったし、人口も減少傾向にある。ミカン下北や僕らが起爆剤となって、子ども、学生、サラリーマン、OL、高齢者、みんなで下北沢をワクワクできる街にしていけたら。
川上:小清水さんの言う通りで、地域の方たちが買い物をする場所がない、食事する場所がないのってすごく寂しいことですよね。昨年11月に昭和信用金庫さんの駐車場を借りて「シモキタマルシェ」を初開催したんですが、そこに来てくださったお客さんの8割くらいが高齢者で、新聞の折込チラシで知ってくださったという方が大半でした。下北沢って若者向けのサーキットイベントなんかは盛んですが、こういう「市場」みたいな雰囲気を求めている世代がこんなにいたんだって実感して。世代を問わずオーガニック野菜やSDGsへの関心も高まっていますし、ミカン下北を起点に、若者向けと高齢者向けのイベントが共存できたら素敵ですよね。目指すは青山のファーマーズ・マーケットかな(笑)。
街って「生き物」だと思うんです
街づくりの観点で、ロールモデルとしている都市は?
小清水:アメリカのポートランドです。6~7年前に一度、同業の仲間たちと視察に行ったんです。ポートランドが凄いのは、自分たちの街で自転車も、服も、食品も作ってるし、アートやサステナブルも盛んなところ。「MadeHere」っていう有名なギフトショップがあって、普通なら観光客だらけになりそうなものですが、ちゃんと現地に住んでいる人が買って行くお店として定着しています。それに、「グリーンネイバーフッド」と呼ばれる市民団体が街づくりや景観づくりに参加しているから、彼らが決めたことを市はやらないといけないんです。昔は「アメリカで一番汚い川が流れてる」なんて不名誉を被っていたのに、今じゃ「住みたい街ナンバーワン」。街づくりって行政から与えられたことだけをやっていてはダメで、「自分たちの街は自分たちの手で管理・運用していこう」というスタンスが大事なんですよね。
川上:素今歩では様々な街でイベントをやらせてもらってるんですが、その中でも下北沢って人のネットワークが強いし、個々人のパワーも凄い。せっかくそういった強みがあるんだから、街全体が一丸となれたらもっと面白いことになると思います。
小清水:下北沢はいろんなことに挑戦できる街なんですよ。住民や町内会もそれを頭ごなしに否定したり、排除するんじゃなくって、温かい目で見守ってくれる。下北沢はさまざまなステークホルダーのすごく良い協力関係ができているから、そこも強みなんじゃないかな。
相次ぐ再開発によって、雑多でカオスな下北沢が失われてしまうのでは…という意見もありますが。
小清水:でも、街って「生き物」だと思うんですよね。いつまでもそこで立ち止まっているワケにはいかないし、どんどん生まれ変わって新陳代謝していくべきで。もちろん、古き良き文化とDNAは継承しながらね。もうすぐ僕も還暦ですから、次の世代にバトンを渡していかないと(笑)。
川上:今回のミカン下北が完成したときに、「世界で最もクールな街」(※)の何位になれるかが気になりますね。
小清水:1位にしよう!「世界1位」じゃなくって、「銀河1位」くらいの街を目指したいね。未来の下北沢は、地球人だけが遊びに来る街ではなくなっているかもしれないですから(笑)。
※タイムアウトが行った全世界対象の大規模な都市調査『Time Out Index 2019』において、下北沢は第2位に選出された