トップ > 記事 > ワーカーが集う下北沢、「拠点が違うだけで分断されるのはもったいない」。 下北で働く人をつなぐ、食堂づくりの実験とは。
Article

記事

ワーカーが集う下北沢、「拠点が違うだけで分断されるのはもったいない」。 下北で働く人をつなぐ、食堂づくりの実験とは。

2023年春、下北沢に一風変わった飲食店「下北ワーカー食堂nayuta」が誕生した。nayutaが目指すのは、下北沢で働くワーカーが交流できる食堂。通常の飲食店とは異なり、企業の“福利厚生”としてランチを食べられる仕組みをつくるべく奮闘中だ。
nayutaを運営しているのは、フリーランスの人事コンサルティングとして働く杉田洋平さんだ。下北沢のコワーキングスペースSYCLの会員であり、これまで飲食業は未経験。なぜ飲食経験のない杉田さんが、ワーカーの集まる食堂を作りたいと思ったのか。また、nayutaを通して実現したい未来とは?

下北沢にワーカーが増えている

—杉田さんは、本業のかたわら「下北ワーカー食堂nayuta」の運営をされているそうですね。普段はどのようなお仕事をしているんですか?

本業はフリーランスの人事コンサルティングで、企業の採用や労務のお手伝いをしています。サラリーマン時代も同じような仕事をしていたんですが、当時から本業+αの働き方をしていて、サイドプロジェクトで音楽イベントの企画をやったりもしてましたね。学生時代に渋谷のWOMBっていうクラブで働いていて、そこで“オーガナイズ”っていうポジションに興味を持ったんですよ。それもあって、サラリーマンとして働きつつ休日にイベントをやってました。

—オーガナイズとは?

イベントのディレクションみたいな感じですね。出演者や場所を決めたり、フライヤーをつくるデザイナーさんと連絡を取ったり、PRをどうするか考えたり。

—フリーランスとして働き始めたのはいつ頃ですか?

2022年1月に独立しました。当初は家で仕事をしてたんですけど、3月にSYCL(シェアオフィス・コワーキングスペース)がオープンすることを知って。当時は池ノ上に住んでいて、家から近いし新規オープンだし、“ただ働くだけの場所以上の価値”みたいなことを打ち出してたので「面白そうだな」と。それで、今はSYCLで仕事をしてます。

—下北沢に拠点を持って、いかがですか?

コロナ禍の影響もあるのかもしれませんが、下北沢という街自体に「働いている人が増えたな」という印象を持ちました。元々は古着を買う、カレーを食べる、音楽ライブに行く、みたいな遊ぶための場所というイメージだったんですよ。でも実際に働き始めたらワーカーがたくさんいるし、SYCLのほかにもtefu(tefu lounge 下北沢)やSHARE LOUNGE(TSUTAYA BOOKSTORE 下北沢)など、働ける場所自体も増えてきてますよね。

下北沢のワークプレイスを横断する拠点を

—杉田さんの経歴には、「飲食店」というキーワードは出てきませんね。それなのに、なぜ下北沢に食堂を作ろうと思ったのでしょうか?

SYCLのコミュニティマネージャーである影山君との出会い、そしてシェアキッチンの「つながりキッチン PONY」ができたことが大きいと思います。元々「せっかくSYCLにいるし、下北沢でなんかやりたい」という熱意だけが先にあったんですよ。で、PONYができたときに「食を通じた何かができそうだな」と思ったんです。ワーカーが下北沢に増えてるし「彼ら向けの食堂を作ったら面白そうじゃない?」という妄想が生まれて。影山君に話したら「同じこと考えてた」と。妄想と偶然が相まって、「じゃあ食堂をやってみよう」という感じですね。

食堂がある場所は、「つながりキッチンPONY」。PONYは株式会社ヒトカラメディアが運営するシェアキッチンで、利用者は時間や曜日を決めてキッチンを借りることができる。(画像提供:nayuta)

—影山さんはSYCLを運営するヒトカラメディアの社員で、同施設のコミュニティマネージャーでありPONYの運営にも携わっているんですよね。では飲食に興味があったというより、ワーカーのための場づくりという意味合いが大きいんですね。

そうですね。nayutaは、ワーカーの交流に価値を置いてます。というのも、僕はSYCLの会員なので、当たり前ですけど同じSYCL会員の方とだけ交流があるんですよ。tefuやSHARE LOUNGEの方、それに下北沢を拠点とする企業とは、まったく絡みがないわけです。でもこれだけ下北沢にワーカーが集まっていて、SYCLの中だけでも会員同士で仕事が生まれるとか面白い動きがあるのに、拠点が違うだけで分断が生まれるのはもったいない。僕自身がもっといろんな人と関わりたいし「それらをすべて横断する食堂があったら良いな」と思ったのが背景にあります。

—食堂を通じて、下北沢全体がひとつの職場になるようなイメージですね。

そう。みんなバラバラで働いてるけど、食堂に行けば会えるみたいな。いずれは、そういう形を作れたら良いなと思ってます。だから、実は下北沢の街全体を見据えた大きなプロジェクトなんです(笑)。

—ちなみに、nayutaにはどういう意味があるんですか?

ナユタは数の単位のひとつで、「きわめて大きな数量」という意味があります。「数えきれないくらいたくさんの人に愛していただけるように」という意味を込めて、この名前を付けました。

ランチ営業を通して、ワーカーとの接点を増やしたい

—通常の飲食店とワーカー食堂nayutaは、なにが違うのでしょうか?

1番大きい違いは、ビジネスモデルです。nayutaでは、企業と契約を結び「福利厚生としてランチ補助をする」という形態を考えています。それから、結果的に多くのワーカーが集まることで「新しい交流が生まれる」のもほかとの違いだと思います。

2023年7月現在の提供メニュー(画像提供:nayuta)

—どんなお客さんが訪れることを想定していますか?

下北沢でコワーキングスペースを使って働いている人や、下北沢周辺に住んでいてリモートワークをしている人、それからスタートアップで下北沢を拠点にしている会社の方々ですね。

—現在、nayutaは平日の火・水曜(2023年7月時点)にランチ営業をしていますね。なぜ夜ではなく昼の営業なのでしょうか?お酒が飲めるので、夜の方が交流できそうですが……。

元々は夜に営業してたんですけど、バーみたいな感じになってしまったんです。お客さんも僕の知り合いが多かったので、ワーカー同士の交流が広がらないという課題があって。ランチ営業にしたほうがお客さんの分母が広がっていろんな人と接点ができるかなと思ったので、今は昼に集中してます。ゆくゆくは、ランチに来てくれた人に「夜も飲みに来て」という導線を作れたら良いなと思ってます。

—ランチ営業に移行してみて、なにか良い変化は生まれましたか?

PONYと同じビルで働いている方が常連になってくれるなど、近隣の会社の方とご縁が生まれ始めました。それから、PONYの運営をしているヒトカラメディアさんとの提携が具体的に進んできています。まだ話をしている途中ですが、ヒトカラさんとnayutaで法人契約を結ぶことで、社員さんがランチを安く食べられるような仕組みを作れないかなと。ただ、正直今は「食堂として成り立たせる」のに精一杯です。本来の目的である「ワーカー同士の交流」はまだまだなので、これは次のステップとして頑張りたいなと思ってます。

—nayutaは、今どのようなスケジュールで営業しているのでしょうか?

毎週火曜日が、「東京スコーン」さんによるスコーン生地を使ったピザ。水曜は台湾料理と、ビーフカレーを交代で提供しています。僕の友人や、PONYに内覧に来た方をお誘いして料理を提供いただいてます。今はこの形態ですけど、今後もっと曜日やメニューは増やしたいと思ってるんですよ。ぜひ今後に注目していただきたいですね。

nayutaでスコーン地ピザを提供している、東京スコーンの田中さんと

いずれはワーカーにグッドミュージックを届けるイベントを

—「ワーカー同士の交流」が目的とはいえ、飲食店経験がない中で食堂をはじめるのに怖さはありませんでしたか?

怖いですけど、飲食に関しては「これから勉強していこう」と思ってます。今、本業もやりつつ高円寺の飲食店でアルバイトをしていて、そこで出会った方に料理を教えてもらっています。魚のさばき方を教えてもらったとき、「出したい料理によって魚の切り方も違うんだよ」と言われたんですよ。僕が「どう切ったら良いですか?」と聞いたら、「それは君がどうお客さんに食べてもらいたいかによる」と返されて。そのとき、「料理ってすごくメッセージ性があって、面白いな」と思いました。食はまったくの未経験ですが、nayutaをきっかけに僕自身も食への関心が強まってきているのを感じます。

—食に興味を持つと、お店で食べるのも楽しくなりそうですね。

そうですね。「これの味付けってどうなってるんだろう」「この切り方面白いな」とか、これまでは見ていなかった視点で料理を見るようになりました。

—nayutaを続けていくうえで、当面の目標はなんですか?

まずは、売上2倍ですね。ゆくゆくはPONYを離れ店舗化したいと思っていて、そのためには集客と売り上げが必要です。だから、ワーカーでごった返すくらいnayutaに人が集まるようにしたいですね。企業の福利厚生としてnayutaが機能して、いろんな企業やフリーランスの方が集まる状態を作りたい。これが一番手前にある目標です。年内には空き物件を探し始めるくらいのところまでいけたらいいですね。

—集客の課題を解決するために、どんなことをしていますか?

福利厚生導入の実績をつくって法人営業をしたいと思っています。ヒトカラさんとの提携を進めているほかに、6月からはSYCLとの協業が始まりました。会員限定で食事補助券を出すという施策で、SYCLとしても「食事補助がつくコワーキングスペース」として発信ができる。今後、SYCLにとってもnayutaが新規会員獲得のフックになったら良いなと思っています。

—食事補助がつくコワーキングスペース、魅力的ですね!

ほかに無いですよね。SYCLでは「500円引き」の補助券を出していて、ランチの金額が1,000円前後なのでだいたいワンコインで食べることができます。

—「福利厚生としてnayutaを使いたい」という企業は、どこに問い合わせたら良いのでしょうか?

nayutaのInstagramにDMをください!営業しているときに来ていただけたら雰囲気が分かりやすいと思うので、ぜひ食べに来てほしいですね。

—いずれは店舗化を視野に入れているということですが、店舗化の先にはどんな未来を描いていますか?

ちゃんと食堂として利益が生まれるようになったら、いずれは僕がオーガナイザーになってイベントを打てるような場所にしたいと思ってます。

—杉田さんが昔からやっていたイベントオーガナイザーの役割を、nayutaで実現できたら良いということですね。

そもそも、僕は「友達とのパーティーが一生続けば幸せだな」と思っていて(笑)。でもそればかりじゃ食えないし、そういう生活をするためには仕事が必要じゃないですか。だったらこの先につながることを仕事にしたいなって。実は、nayutaはそういう未来を見据えたプロジェクトでもあるんです(笑)。いつか、毎晩nayutaでイベントを打てるようになりたい。
究極、人生はグッドミュージックとグッドフレンズがあれば幸せですから。それを実現できるまでにはけっこう時間がかかると思いますけど、人生長いし、時間をかけてやっていこうかなと。クラブミュージックを知らないワーカーがnayutaに来て、彼らがドキドキしてくれたら面白い……nayutaの先に、こういう野望を描いてます。

Information

取材・文:堀越愛 / 撮影:岡村大輔
「下北ワーカー食堂 nayuta」
「下北ワーカー食堂 nayuta」
東京都世田谷区北沢2丁目5−2 下北沢ビッグベンビル 1F
下北沢で働くワーカーが交流できる食堂。企業の“福利厚生”としてランチを食べられる仕組みで運営される。株式会社ヒトカラメディアが運営するシェアキッチン「PONY」にて毎週火曜・水曜(2023年7月時点)にランチ営業中。
Instagram
@https://www.instagram.com/nayuta_shimokita/
Jikken*Pickup_