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才能を輩出する街で生まれた「下北沢映画祭」。流浪の映画祭が、街に根付いていくまで。

2023年9月16日(土)~18日(月・祝)の3日間、第15回下北沢映画祭が開催される。下北沢映画祭がはじまったのは、2009年。それ以降毎年開催されており、近年では地域とも連携しながら運営を続けている。

音楽や演劇、お笑いなど様々なカルチャーが入り混じる下北沢。この街で行われる映画祭には、どのような特徴があるのだろうか。また、映画祭を運営するスタッフたちはどのような想いで活動しているのだろうか。映画祭企画部長であり自身も映画プロデューサーとして活動する髭野純さん、広報部長の本杉愛理さん、総務部長の志賀広美さんに話を聞いた。

「映画に関わることがしたい」という想いでスタッフに

—それぞれ、下北沢映画祭における役割を教えてください。

髭野:自分は、2015年くらいからボランティアスタッフとして下北沢映画祭に関わるようになりました。ここ2年ほどは、企画部長として上映作品のプログラム作成を担当しています。作品選びの基準のひとつは、今まであまり東京で上映していないなどプレミア感や付加価値があることですね。それから「下北沢の方に観ていただけたら盛り上がるだろうな」と思える作品を選んでます。

本杉:私は2021年から下北沢映画祭に参加するようになりました。当初からコンペティション部門の選定に関わっていて、今年からはSNSまわりや告知の管理などを行う広報部長もしています。

右:髭野純さん、左:本杉愛理さん

志賀:私が参加したのは、ちょうど1年前の夏からです。映画祭直前にスタッフになったので、当日は上映会場のフロアのお手伝いをしていました。それ以降事務まわりの業務をするようになって、今年からは定例会の運営やスタッフフォローなど総務部長として活動しています。

—下北沢映画祭のスタッフになったきっかけは、どのようなものだったんでしょうか?

志賀:私は、ただ映画を観て楽しむだけでは物足りなくなったのがきっかけです。とはいえ、仕事にするのもハードルが高い。「なにかで関われないか」と探していたときに下北沢映画祭のことを知って、ボランティアでも参加できるのが良いなと思ったんです。映画を観るだけでなく届けられるって楽しそうだし、自分と同じように映画が好きな人と話せるコミュニティにも興味がありました。

志賀広美さん

本杉:私は、映画を制作している方の後押しになるような活動がしたくてスタッフになりました。映画館では観られない自主制作映画に興味があって、それをつくっている方を応援したいなと。それから、下北沢映画祭の過去プログラムを見ると「ここで上映する意義」を強く感じるものが多かったんです。それもあって、「自分もこの内側に入ってなにかやってみたい」と思って。

髭野:自分は下北沢のほど近くに住んでいるので、スタッフになった理由のひとつは「家から近い」こと。それから、「映画に関わることがしたい」と思っていたからですね。今でこそ映画の制作や配給の仕事をしてますが、スタッフになった2015年当初は新卒から会社員をしていたので、ボランティアでも良いから映画に関わりたいと思ったのがきっかけです。

これから活躍する人を応援する映画祭

—下北沢映画祭は、今年で15回目ですね。どのような想いから始まったイベントなのでしょうか?

志賀:第1回下北沢映画祭は、2009年の夏に開催されました。2007年くらいから有志を集めはじめて、準備期間を経て始動したと聞いています。当時の下北沢には「映画の街」というイメージは無かったけど、小劇場やライブハウスがたくさんあったので「才能があり今から活躍する人を輩出する街」という土壌があった。なので、「下北沢だからこその映画カルチャーをつくり発信できるんじゃないか?」という想いがあって始まったそうですね。

画像提供:下北沢映画祭

—ほかの街の映画祭と比べて、下北沢映画祭だからこその特徴はありますか?

髭野:運営面でいうと、若いスタッフが比較的多くて、おそらくほかの映画祭より平均年齢も低いと思います。10代の学生スタッフでも参加できる雰囲気は、下北沢らしいなと思います。

本杉:そうそう、下は高校生からだけど上も50代くらいまで、幅広い年代の方が参加しています。コンペティション部門では選定委員が応募作品を観てノミネート作品を決めるんですけど、年代や性別関係なくスタッフみんなで意見交換を行うんですよ。どんな人でも意見しやすい環境なので、それ自体が映画祭の仕上がりに反映されているのかもしれません。

—コンペティションの選定は映画に権威のある人が担当するイメージですが、そうではないんですね!

本杉:下北沢映画祭はいろんなスタッフの目で選んでいるからこそ、大人から子どもまで楽しんでいただけるラインナップになっていると思います。下北沢って懐かしさを求める人・新しい刺激を求める人が共存できる街だと思うんですよ。だからコンペティションに関しても、属性やバックボーン関係なく誰でも楽しめる空間を目指しています。

髭野:コンペティションでいうと「60分以内の作品」という条件はありますが、「アニメ部門」「ドキュメンタリー部門」などのジャンルを設けずに作品を選んでいますね。それも下北沢映画祭の特色かもしれません。

本杉:今年も、学園ドラマからコメディ作品まで幅広い作品がノミネートされています!なので、いろんな目線から楽しんでいただけると思いますよ。

髭野:コンペ以外の傾向としては、一般的にまだあまり認知されていない作り手の作品も多く上映されていると思います。プログラムを考えている自分としては、新たな発見や新鮮さという視点も持って決めていますね。

志賀:下北沢って、役者さんやミュージシャンの方などが下積み時代を過ごす場所だったりしますよね。逆に言うと、これから活躍する人を輩出する街でもある。そういう方々を応援することが、映画祭のコンセプトのひとつでもあるんです。この考え方が、今お話があったようなコンペティションやプログラムの選定に反映されているのかなと思います。

髭野:それから、街と映画祭の連携も進んできています。当初は上映会場も毎年定まっていないような流浪の映画祭でしたが、現在は下北沢商店連合会さんや京王さん・小田急さんからもバックアップしていただいてます。それから、ここ数年で世田谷区からも後援いただけるようになって。メイン上映会場のひとつである北沢タウンホールは、かつてはほかの使用希望団体と一緒に抽選に参加していましたが、今ではあらかじめ日程を押さえていただけるようになりました。世田谷区と正式に連携を取れるようになったこともあって、今後は下北沢で働いている方や住んでいる方にさらに認知してもらえるよう頑張っていきたいと思います。

今年のゲスト審査員は沖田修一監督。そのほかレギュラー審査員のSPOTTED PRODUCTIONSの直井卓俊さん、トリウッド代表・ポレポレ東中野支配人の大槻貴宏さん、映画評論家の轟夕起夫さんの4人の審査により、グランプリ、準グランプリが決まるほか、観客の投票による観客賞や下北沢商店連合会会長賞など、街を巻き込んだ取り組みも。(画像提供:下北沢映画祭)

—下北沢映画祭に来る方は、下北沢近辺の方より映画ファンの方が多いのでしょうか?

髭野:正直、今は一般の映画ファンの方のほうが多いと思います。なので、地元の方々にも来ていただきやすい仕組みを考えて動いてます。実際にここ数年で世田谷区民や在勤の方向けの割引プログラムをつくるなど、街に還元できるシステムを導入しているんですよ。

—ほかの街だと、映画祭自体が観光資源のようになっているところもあると思います。一方下北沢映画祭では「街の人に来てほしい」という想いが強いと思いますが、それはなぜなんでしょうか?

志賀:音楽や演劇などいろんなカルチャーを楽しんでいる下北沢の方にこそ、映画を楽しんでいただきたいんです。ほかの街の映画祭は、観光資源として「地域活性化」みたいな役割があると思うんですよ。でも下北沢はすでにいろんなカルチャーが根付いているし、ファンがちゃんといる街ですよね。なので、映画祭があるからといって街に訪れる人が大きく変わることってなかなか無いと思うんです。街の方のおかげで今のように安定して映画祭を開催できている現状もありますし、「下北沢」の冠を付けているからには、街の方に楽しんでもらえることを目指したいなと。

髭野:少し違う視点からの話になりますけど、いろんな地域で「街をテーマにした映画をつくって盛り上げよう」という事例があると思うんですよ。でも、以前僕がプロデュースした『街の上で』という映画は、舞台は下北沢ですけど「下北沢の良さを(外に向けて)伝える」ことは目的にしてないんです。

この映画ができたそもそもの動機が、「最近、下北沢を舞台にした映画が無いな」と思ったこと。それで、今泉力哉監督に「下北沢が舞台」以外はすべてお任せという無茶な相談をして映画を撮っていただきました。結果、良さを伝えることが目的の映画ではないけど、下北沢の人や風景を描写することで街の良さがにじみ出る映画になったなと思っています。今は無くなってしまった建物なども映っているので、ひとつの”記録”としても良いものを残せたなと。……個人的にも映画を通じて街や人と繋がれたなと思っています。

「街の上で」を第11回下北沢映画祭でプレミア上映した時の写真。右から今泉力哉監督、主演の若葉竜也さん、共同脚本で漫画家の大橋裕之さん。(画像提供:下北沢映画祭)

ふらっと立ち寄って楽しめる映画祭

—今後、下北沢映画祭で実現したいことを教えてください。

髭野:通常の劇場上映のほかに、野外上映をやりたいですね。そのほうが下北沢の街の方もフラッと来ていただきやすいと思うので。まだ実現できるか分からないですけど、今年は野外での上映企画ができないかと今詰めているところなんですよ。実現できたら「下北沢でやっている」感じがより強まると思います。それによって街との連携が深まっていったら、面白いなと思っていますね。

本杉:私は、下北沢のご近所に住んでいる方に気軽に参加いただけるようなワークショップをやってみたいです。住民と下北沢映画祭が、一緒になにかをつくるという体験をしてみたいです。映画をつくるのか、また別のものなのか……まだ分かりませんけど、いつかぜひやりたいことです。

志賀:個人的には、映画祭がはじまった当初にやっていたようなことをもう一度できたら良いなと思ってます。例えば、先ほど髭野さんから「流浪の映画祭」という話があったように当初は安定して会場を借りられなかったそうなんですよ。それで、ライブハウスとかいろんなところで映画を流していたみたいなんです。私はその時代のことを知らないので、そういう場所で観る映画もすごく楽しそうだなと思ってしまって。

それから、昔は着物とコラボした上映なんかもあったらしいんですよ。下北沢のアンティーク着物店「着縁」さんにもご協力いただき、ドレスコードみたいなイメージでお客さんがみんな着物で映画を観て、トークイベントにも着物にゆかりのある方をお呼びして……みたいな。安定して運営できている今だからこそ、昔やっていたことをブラッシュアップしてまたやってみたいですね。

第8回下北沢映画祭(しもきた空間リバティにて)で行われた、着物を着て映画鑑賞する企画。(画像提供:下北沢映画祭)

昨年のタウンホールの様子。コロナ禍を経て久々の100%座席開放となった。(画像提供:下北沢映画祭)

—最後に、下北沢映画祭に向けて読者の方にメッセージをお願いします!

志賀:映画祭って、「映画に詳しくないと楽しめないのかな」って思う方もいると思うんです。でも下北沢映画祭は作品のジャンルもいろいろですし、短尺から長尺まで様々な作品がそろっているので気軽に来ていただきやすいと思います。ちょっと立ち寄るような感覚で来ていただいて、ぜひお気に入りの作品に出会っていただけたら嬉しいです!

本杉:今年は、コンペティション部門に309作品の応募がありました。その中から選ばれた12作品は、学園ドラマ、アクション、コメディ、アニメーション、ドキュメンタリーなど盛りだくさん。個人的に「早く観ていただきたい!」と思う作品ばかりなんです!ぜひご覧いただいて、監督さんや役者さんを覚えていただきたいなと思います。そして、ほかの作品で「あの映画の人だ!」と再会する体験をしていただきたいですね。

髭野:コンペティション部門ではこれから羽ばたいていくであろう俳優さんや作り手の方に出会えるので、ぜひチェックしていただきたいです。そして、ほかのプログラムもすべて自信があります!ふらっと来ていただいても楽しめると思うので、ぜひご注目ください。

 

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取材・文:堀越愛 / 撮影:岡村大輔
第15回下北沢映画祭
第15回下北沢映画祭
2023年9月16日(土)~18日(月・祝)に、北沢タウンホールをメイン会場として開催。309作品の応募から選ばれた12本を観られるコンペティション部門のほか、初の試みとなる活弁公演『I AM JAM ピザの惑星危機一髪!』、PFF ぴあフィルムフェスティバルで注目を浴びた映像ユニット「群青いろ」の新作『雨降って、ジ・エンド。』・『彼女はなぜ、猿を逃したか?』の上映など、様々なプログラムが行われる予定。
Web
https://shimokitafilm.com/
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