2023年11月30日にミカン下北・図書館カウンター下北沢の向いの壁面に完成した、「明治 ザ・チョコレート」の壁画アート。11月22日から描かれ始め、約1週間のライブペインティング期間も、出来上がってからも、多くの人が足を止める注目スポットになっている。(展示は2024年1月4日まで)。日本ではまだ事例が少ない壁画広告。その制作の裏側や、壁画に込められた思いを、今回の仕掛け人でもある株式会社NOMALアート事業代表の平山美聡さんと、制作を担当したWHOLE9のお二人(hitchさん・simoさん)に伺った。
アートが身近にあることで、刺激を感じてもらいたい
―まずは平山さんがCOO(最高執行責任者)を務めるNOMALの事業について教えてください。
平山:株式会社NOMALは、2016年の創業当初から通販などアート事業を実施しており、その後2018年から“アートがあるオフィス事業”をメインの一つとして掲げ、企業向けにオフィスへの壁画アートの導入を提案してきました。もともと自分が描くことやアートを見ることが好きだったこともありますが、会社員時代にオフィスに閉塞感を感じていて、もし会社にアートがあったらもう少し違う気分になるのでは?と事業にしました。海外では、アートのあるオフィスが会話を生むという研究結果も出ているんですよ。
そして、アートのオフィス導入を進めるうちにオフィスで働く人たちが、アーティストが来て壁に描いているところを見たり、描いているアーティストとのちょっとしたコミュニケーションから刺激を受けている姿も見られるようになってきたんです。それで、これはオフィス内だけでなく、もっと多くの人が触れられる外壁も活用できないかと考え始め、昨年くらいから“屋外広告を壁画アートに置き換える”提案も始めました。
―その一環で、「明治 ザ・チョコレート」のプロモーションに壁画をご提案されたんですね。
平山:「明治 ザ・チョコレート」のリニューアルプロモーションを手掛けていた、ブランディング会社・XYOUの代表、瀧澤さんに壁画の話をしたら「良い壁があったらやってみたい」と乗ってくださって。そこから“良い壁探し”に奔走していたのですが(笑)、友人でもあり、ミカン下北にあるSYCLの立ち上げにも関わったヒトカラメディアの影山さんから「下北沢に良い壁ありますよ」と教えてもらって、提案に至りました。
―そこで声が掛かったのがWHOLE9のお二人なんですね。WHOLE9の活動についても、教えてください。
hitch:自然からのインスピレーションを抽象的に活かして描くsimoと、人物や動物など具体的モチーフを描く僕のユニットで、2人で1つの作品を作り上げるというスタイルでライブペイントや壁画制作を中心に活動しています。
海外では壁画が多く描かれている“特区”も存在
―今回のお話を聞いたときはどう思われましたか?
simo:広告で壁画を制作するという話はなかなかレアで、もちろんやってみたい!と思いましたし、明治さんという皆が知っている会社がそういう取り組みをしてくれるのは、「壁画広告」という手法を広く知ってもらう貴重な機会だとも感じました。
また、僕の先輩が海外で映画の宣伝広告で壁画を制作していて、「日本でもそんなことができたらなぁ」と思っていたところだったので、そういう意味でも今回のお誘いはすごくうれしかったです。
―実際、海外では壁画広告というのはメジャーなのでしょうか?
平山:つい先日まで壁画ビジネスの現状を見るためにアメリカに行っていたのですが、アメリカではひとつのチャネルとして認識されている印象を受けました。向こうは外壁の法律規制が日本ほど厳しくないということもありますが、壁画アートで埋め尽くされているようなエリア、いわゆる特区みたいな場所もあってすごく刺激的でした。
hitch:僕も外国のストリートアートに憧れて色々な国を周りましたが、広告であってもなくても、街中に絵が溢れているのが当たり前の風景という国もあって。日本だとそこまでの状況を作るのは難しいかもしれないですけど、今回の取り組みをきっかけに今後少しでも増えていったらうれしいですね。
イラストレーションではなく“アート”にこだわる意味
―今回の取り組みは、平山さんにとってもWHOLE9のお二人にとっても、さらには日本の広告業界にとっても新しい試みだったと思いますが、苦労された点や特に気を配ったことはありましたか?
平山:先ほどhitchさんが紹介してくれたように、二人が描くアートの特徴は“抽象”ד具象”の組み合わせだと思っていて、具象であるチョコレートが出来上がる工程をただ美しく描くのではなく、二人の世界観を表現して欲しいと思っていました。一方、明治さんはもちろんプロダクトに対して強いこだわりがあるので、描かれるチョコレートの魅力がいかに伝わるか、ということを大切にしますよね。なので、商品に対する思いのヒアリングを丁寧に行いつつ、アーティスト二人が作り出す世界観を表現するかというバランスには、すごく気を配りました。
hitch:今回テーブルの上でチョコレートが出来上がる様子を描くことにしたのですが、その工程をいかに有機的に一つのアートとして表現できるかという点と、二人がそれぞれ描くモチーフがうまく絡み合いつつ世界観を作っていくという点を大事にしましたね。
また、“イラストレーションにしない”ということも意識しました。明治さんのプロダクトをただ説明する絵になっては僕らが描く意味がないな、と。精密な絵を描く、というオーダーであれば僕らよりも上手い人はたくさんいますし。だから普段の僕らの作風、スタイルや色を大事にしながらも、明治さんに期待されていることを叶えていけるようなバランスで、“アートが広告化されている”という形を目指しました。
「街が壁画を受け入れてくれた」と感じた、ご婦人の一言
―壁画が出来上がっていく過程で、街の人の反応を感じることもありましたか?
simo:最初は「なんか描いているね」「なんだろうね」と、遠巻きで見ている人も多かったんですが、描き始めて数日経つと、「あ!チョコレートだ」という声が聞こえてきて、明治さんのロゴを入れたときには「へー、これ広告だったんだ」という声もあって、毎日のように変化していく反応が面白かったですね。
hitch:ちゃんと僕らに聞こえるように「すごい!」とか「やばっ!」と言ってくれるんですよ(笑)。一番印象的だったのは、まもなく出来上がるというタイミングの日にここを通ったご婦人が「きれいにしてくれてありがとう」と言ってくれたことでしょうか。「街のためにやってくれてありがとう」という意味だったのかなと。海外では壁画を描かれることに対して街の人が喜んでいる光景を見たことがありましたが、日本でもそういう反応があるんだと驚きましたし、街の人に歓迎されているような気持ちになって、うれしく思いました。
―それは、この街が好きで住んでいる人や働いている人が多い、“下北沢”らしい反応かもしれませんね。
hitch:下北沢って若者の街というイメージだったのですが、今回この街に通う中で、意外と生活の匂いがする街だなと感じるようになりました。この街で生活しているからこそ、「ありがとう」の一言につながったのかな、って。
平山:私は中学・高校と経堂に通っていたので馴染みのある街なのですが、その頃からはガラッと変わっていて。新しいものも増えているけど、街づくりに参画されている人が新旧の融合にすごくこだわっていて、街への愛情を端々で感じます。実は明治さんも、下北沢を“本質的な部分を大事にしながら変化している街”だと認識していたようで、「本質的なものを好む人が多そうな街で、チョコレートの本質にこだわった“明治 ザ・チョコレート”のキャンペーンができるのはうれしい」とおっしゃっていましたね。
―最後に、今回の取り組みを今後どのような活動に活かしていきたいか教えていただけますか?
平山:ニューヨークの壁画が多くあるエリアでは、アーティストが手を入れることで街の雰囲気が変わり、その結果、産業が集まってくるというサイクルも生まれています。行政との調整は大変かもしれませんが、日本でもそのレベルまで壁画がメジャーになるような仕掛けができたらいいなと。それが下北沢で実現できたら、なおうれしいです。
そのためにも、今回は描いている期間に見ている人や撮影している人がどれくらいいたのかも調査していて、SNSのシェア数以外にも、そういったエビデンスを使ってより多くの企業さんに壁画広告の魅力を知ってもらえるような活動をしていきたいと考えています。
simo:個人的にやってみたいことなんですが、小さい頃から石が好きで、今もさまざまな場所に壁画を描きにいっては、石を拾っていて(笑)。いつかそれぞれの石を拾った土地とともに描いてみたいと思っています。色とか形が、拾った場所によって違うんですよね。幼少期から続けていることを、自分のアートに繋げることができたらうれしいです。
hitch:simoの石じゃないですが、僕は羽衣伝説(天下った天女が水浴中に羽衣を男に奪われて天に帰れず、しばらくその妻となって暮らすうちに羽衣を取り返して天に戻るという話。※諸説あり)に興味があって。日本では7カ所が舞台になっている羽衣伝説ですが、同じストーリーがギリシャやドイツ、アメリカ大陸にも伝わっているんです。モチーフは白鳥だったり、鳥だったり、川魚だったり、と伝わっている土地によるのですが、世界中に同じ話が伝わっているこの壮大さをもっと色んな人に知ってもらうために、いつか世界中に伝わる羽衣伝説を、それぞれの土地に描きたい。すでに日本では滋賀県・余呉湖には描いていて、来年は大阪と京都に描く予定なので、日本以外でも挑戦したいですね。
最後に真面目な話をすると(笑)、WHOLE9としては自分たちが描いたものをより多くの人に見てもらえるよう、世界中に描く場所を獲得していき、アートの力で笑顔が増やせたらいいなと思っています。