トップ > 記事 > 下北沢から京王沿線へ広がるオープンイノベーションの可能性。エリア起点の事業共創プログラム『ROOOT』成果発表レポート
Article

記事

下北沢から京王沿線へ広がるオープンイノベーションの可能性。エリア起点の事業共創プログラム『ROOOT』成果発表レポート

“企業内外”の技術やアイディアを組み合わせることにより、革新的な価値を創り出す「オープンイノベーション」。近年、国内外でその取り組みへの熱気は高まっており、行政や地域と連携する事例も少なくない。

 

京王電鉄株式会社と株式会社ヒトカラメディアは、地域の課題解決や価値創出を目指す、エリアを起点としたオープンイノベーションプログラム『ROOOT』を2023年10月より始動。12月に約70社におよぶ応募から採択企業5社(※1)を決定し、2024年始より約半年間をかけ京王電鉄との事業共創の実現に向けた取り組みを推進してきた。(※2)

 

今回、2024年6月5日(水)に開催された成果発表イベントを振り返りながら、採択企業5社による実際の取り組みや今後の展望についてをレポートする。

 

※1:採択企業は、株式会社ハコブン、株式会社ペーパーパレード、株式会社FASHION X、stadiums株式会社、freee株式会社の5社
※2:プログラム説明会の様子はこちら:オープンイノベーションプログラム「ROOOT」から考える、街とプレイヤーと事業者による共創の最新形

捨てられた洋服から経済効果を創出──株式会社FASHION X

株式会社FASHION Xは「眠った価値を呼び覚ます」がコンセプトで、「捨てられている衣類をどう救うか」を軸に事業を行っている。日本において、洋服の処分は「捨てる」という選択肢をとられることが主流。捨てられた洋服の多くが海外に輸出されているが、再利用されるのはごく一部だ。それ以外は現地でも不用品扱いとなり、砂漠等で埋め立てられるなど環境を破壊することもあり、さらには火災など二次災害に繋がっている現状があるという。そこで同社は、不要な衣服を国内で循環することの重要性を掲げ、事業としてコミットしている。都内16か所に回収BOXを設置して古着を回収のほか、回収された古着をクリエイターや服飾学校の学生とともにリユース・販売、リメイクのうえファッションショー開催などの事業に繋げている。

 

『ROOOT』では、人々の導線となる鉄道駅や沿線における衣類循環に向けたプロジェクトを実施。実証実験では、ミカン下北や各駅改札内など6か所に古着回収BOXを設置して古着を回収し、プロの目線で仕分け。再使用できる質の洋服を発見し、下北沢での販売につなげた。なんと5月だけで約3.5t回収できており、回収のためBOXをまわると通行人から「助かっている」などと声をかけられたという。回収した古着は、イベント<下北フリーマーケット+>で販売したほか、京王電鉄とともに笹塚駅でフリーマーケットを開催した。実証実験期間の成果として44.7万円の経済効果を生み出したほか、5,200㎏のCO2削減効果を見込んでいる。

 

現在は沿線6か所のみの展開だが、今後はさらに設置場所拡大を見込んでいる。また、今後は鉄道物流を活用した回収の仕組み化など、京王電鉄とより深く連携した動きも検討しているという。

技術を用いて街の素材を循環──株式会社ペーパーパレード

「捨てないを創造する—循環型クリエイティブ」として、サステナビリティをテーマにしたプロジェクトを推進するデザインファーム・株式会社ペーパーパレードは、『ROOOT』を通じて京王電鉄および駅周辺の価値向上を目指した実証実験を行なった。

 

代表の森田氏によると、ペーパーパレードが進めているのは、「都市型サーキュラー」という概念(サーキュラー=循環)。都市ならではの、人々の社会活動を経由した素材の循環を目標としている。実証テーマは大きく分けて二つで、一つ目は、「下北沢をアップサイクルの聖地に」、二つ目は「京王電鉄を循環する紙」である。

 

① 下北沢をアップサイクルの聖地に
屋外広告は掲出期間が約2週間と短期であるのに対し、その耐用年数は約10年。素材と役割需要のギャップに注目し、「使えるのに捨てられている」屋外広告の循環に向けた動きである。屋外広告を扱う際に生じる「知的財産権侵害」の問題に関しては、シークレット地紋(※3)という処置を施して解決。下北沢では、商店街フラッグなどの屋外広告に注目した。回収した広告に地紋を施して素材化し、サコッシュやポーチ等に加工してTSUTAYA下北沢店で販売。期間中に37個売り上げた。

※3:シークレット地紋
デザイン性を付与しながら広告に掲載されている情報を隠蔽する印刷方法

 

② 京王電鉄を循環する紙
企業から出たごみを企業内で循環させるための取り組み。京王電鉄では1週間に500㎏~1.5tの事業ごみが出ているため、それらを資源として再利用しようという試みである。メインとなるのが、広告等の紙メディアの回収。それらを紙に再生することで、再度紙メディア化することを考えているという。実証実験として、期間中に下北沢駅から50㎏の事業紙ごみ、笹塚広告センターから2.2tの中吊り広告を回収。パルプ化し1.8tの循環紙に再生することを実現した。

今後も、循環型のまちづくりや沿線価値向上のため、具体的な仕組みを下北沢から発信予定。京王沿線のまちの魅力や価値向上にも繋げていくとしている。

 

人々の「ホンネ」をもとに、選ばれるサービスを創出──株式会社ハコブン

『ROOOT』のコンセプトは、「地域価値を沿線価値へ。さあ、シモキタからはじめよう。」。そんなコンセプトに対して採択企業のひとつ、株式会社ハコブンは実際に下北沢の街を舞台にプロジェクトを実現した。

 

株式会社ハコブンは「顧客の小さな声を、ビジネスの力に」というテーマで、デジタルレター『ホンネPOST』を提供している企業。代表の森木田氏は、「現代は市場が成熟しておりサービスの質が均一化していて、どれを選んでもだいたい良いと思える。そのため細かいおもてなしや雰囲気、安心感、清潔感といったソフトサービス(無形の体験価値)こそがサービスを選ぶ最後の一押しになる」という。良いソフトサービスの提供において重要になってくるのが「顧客単位の感想や満足度」を正しく理解すること。その課題を解決するためのサービスとして提唱しているのが『ホンネPOST』だ。

 

ハコブンは、ROOOT実証期間に3つのプロジェクトを実施。一つ目は、「女子バスケWリーグプレーオフ2024」来場者の本音の声分析。二つ目は、「キラリナ京王吉祥寺」来店者の本音の声分析&テナントスタッフのニーズ分析。そして三つ目が、下北沢の街に暮らす人・働く人・遊ぶ人の本音見える化である。『ホンネPOST』を活用し、「沿線価値創造に向けた街のニーズ把握/熱量の高い地域人材の発掘・育成」を目指した。

 

顧客は気軽に匿名で本音を届けることができ、事業者は顧客の本質をつかむことができる。7月末まで、ミカン下北の各店舗・駅構内&駅前ポスター・商店街の店舗にQRコードが設置中。

 

『ホンネPOST』を通して下北沢で集まっているホンネは下記の通り(一部抜粋)。

「個人商店が盛んで、ワクワクさせてくれる。高いビルが増えて渋谷のようにはなってほしくない」
「下北沢のおかげでいろんなファッションに挑戦できるようになった。オシャレが好きになった」
「40年間ずっと下北沢に通っているが、大人が楽しめる場所が少なくなったように感じる」

 

森木田氏によると、『ROOOT』で実現したいのは「ハード(コワーキング・イベント)に加えた、ソフト(気軽につながる)な接点構築」。今回の実証実験を受け、ホンネ投稿者の70%が「イベントや新しいプロジェクトに参加してみたい/興味がある」と回答していることをふまえ、下北沢でリアルに開催されるプロジェクトに彼らを巻き込んでいきたいと話している。

 

また今後の展開としては、下記を予定している。

・女子バスケWリーグプレーオフ2024
→他プロスポーツへの展開(試合観戦体験の向上、ファンコミュニケーション、リピート化)
・キラリナ京王吉祥寺
→他商業施設への展開(商業施設向け/C向け/E向けパッケージプランの開発)
・下北沢の街
→京王他沿線地域への展開(沿線の再開発/まちづくりにおける地域住民ニーズの可視化)

いかにニーズに対して新たな接点を構築できるのか、この機会を経てより期待感が高まる内容となった。

運動の習慣化で「健康」をカルチャーに──stadiums株式会社

stadiums株式会社は、「ひとりの人を健康でより良くすることを目指し、トレーナーの活躍を通し運動の習慣化」を提案する会社。代表の大石氏は「筋肉量=寿命」と語る。健康的に長生きするためには運動習慣の日常化が必要であり、それには“かかりつけ医”のように気軽に相談できるトレーナーの存在が重要だと唱える。

 

『ROOOT』では、下北沢において「健康がカルチャーになる」ための取り組みを実施。具体的には、①からだの保健室、②グループパーソナルを行った。

 

① からだの保健室(のべ28名参加/総参加数90回)
もとは、同社で実施しているトレーナーの出張サポートサービス。大企業を中心に展開しており、マッサージベッド2台を置ける程度の会議室・ラウンジ等にトレーナーを派遣していた。今回は、下北ワープをポップアップスペースとして活用。自律神経の計測をしたうえでからだの評価、ケア&メンテナンス、フィードバックをするという内容を提供した。利用者は男性が多く、なかには一人で20回以上活用した人も。

 

② グループパーソナル(体験12名/入会7名)
「誰かと一緒だがメニューはパーソナル」という少人数制パーソナルトレーニング。一人のトレーナーの時間を二人で割るため一般的なパーソナルトレーニングより費用が安く、さらに家族や友人と参加できることから継続しやすい仕組みとなっている。こちらも下北ワープにてトレーニングを実施し、「からだの保健室」に比べると女性の利用が多かった。

 

実証実験の結果、トレーニングの場に来てもらう以上に「コミュニティのなかに赴くことで価値が広がる」と気づいたとのこと。今後も沿線の細部まで健康意識が広がる地域社会を実現するべく模索していく予定だ。

スモールビジネスの徹底サポート──freee株式会社

freee株式会社は、クラウド型バックオフィスサービス企業であり、会計ソフト・人事労務ソフトなどの多彩なサービスを展開。「スモールビジネスを世界の主役に。」をミッションに事業を行っている。同社はこれまでWEB上でサービスを展開していたが、今後はユーザーとの接触を増やすべく地域に進出することを検討しているという。たとえば蔵前にて「透明書店」という本屋を出店しているほか、旧池尻中学校跡地活用プロジェクトに参画している。

 

今回『ROOOT』では、「京王線沿線からスモールビジネスを世界の主役に」をコンセプトに掲げたプロジェクトを実施。笹塚で<企業おうえんマルシェ>を開催し、イベントには全国から個性的な全16店舗が出店。なかには、同マルシェをきっかけに起業した出店者もいたという。売り上げの15%を出店料とし、参加企業に負担の無いイベント運営を実現した。また、同イベントに際し出店者のDX支援も実施。全出店者がクラウドPOSを導入し、取得したPOSデータをもとに経営アドバイスを行ったという。

 

本イベントは一過性で終わるものではなく、今後も中長期的に事業者のグロースを支援予定。マルシェ参加者が成長し、将来的に施設や商店街に出店する際にサポートできる創業融資サービスの拡充等を検討中とのこと。

ROOOT発プロジェクトは、これから沿線・東京・全国へ

約半年にわたり実証実験を行った『ROOOT』のプログラムは、この最終発表で一度幕を閉じる。採択企業の発表終了後に京王電鉄長期戦略室・室長の齋藤氏は、「ROOOTでつくったプロトタイプを沿線に広げていきたい」と語った。そして、沿線からさらに東京へ、全国へと取り組みが広がっていくという展望に期待を寄せた。また、最後に『ROOOT』運営事務局のヒトカラメディア・柳川氏からも「ROOOTの取り組みはまだまだきっかけに過ぎない。引き続き“地域価値を沿線価値に”の取り組みを広げていきたい、下北沢での取り組みを進化させたい」と語った。

 

『ROOOT』成果発表イベントを見て感じたのは、採択企業のプレゼンテーターたちが心の底からワクワクしながら同プログラムに参加していたのだろうということ。「早く伝えたい、知ってほしい」と熱意に溢れ、自社が行うプロジェクトに絶対の自信を持ちながら約半年間を駆け抜けたことが伝わってきた。また、各社と伴走した京王電鉄メンバーからの姿勢も印象的であった。それぞれが担当プロジェクトに秘められた可能性を信じ、京王電鉄が持つ商業施設やコネクション等のリソースをフル活用してサポート。それにより培われた採択企業メンバーとの信頼関係は強く、一過性ではなく継続力が感じられ、客観的に見ても今後の展開が楽しみである。

 

この最終発表をもって、『ROOOT』プログラムは一区切り。今回は下北沢という街の特性上、比較的受け入れ態勢があり柔軟なエリアでの実験となった。下北沢を起点に起きた5つの壮大な計画が、今後どう沿線に、そして東京、全国に広がっていくか。『東京都実験区下北沢』も、「実験」が主軸のメディアとして追いかけていきたい。

 

Information

文:堀越愛
noimage
KEIO AREA OPEN INNOVATION PROGRAM「ROOOT」公式HP
Jikken*Pickup_