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スタートアップ企業に優しい「下北沢」──まちの共創から成長した「ホンネPOST」の歩み

店舗やイベント会場など設置されているデザインが目を引くフライヤー。そこにあるQRコードを読めばユーザーが匿名で思ったことを気軽に綴って送ることができる。それによって企業や主催者は、気付きづらい「お客様のちょっとした声」を効率的に集め、感情分析の結果をもとに顧客の隠れニーズや不満を見える化、スピード感を持ってサービス改善をすることが可能に。株式会社はこぶんが運営する「ホンネPOST」が巷で話題になりつつある。

 

そんな「ホンネPOST」は、京王電鉄株式会社が営む下北沢のコワーキングスペースSYCLを拠点に、同じく京王電鉄と株式会社ヒトカラメディアがタッグを組んだ「下北妄想会議」、「studioYET」、「ROOOT」※という、新規事業をサポートするプロジェクトを通じてビルドアップされていった。

 

今回は株式会社はこぶんの代表、森木田剛さんにインタビュー。起業家としてのパーソナリティを掘り下げるとともに、「スタートアップ企業に優しい街」という下北沢の新たな側面について語ってもらった。

「ホンネPOST」は、『ROOOT』を通じて、①女子バスケWリーグプレーオフ2024来場者の本音の声分析。②「キラリナ京王吉祥寺」来店者の本音の声分析&テナントスタッフのニーズ分析。③下北沢の街に暮らす人・働く人・遊ぶ人の本音見える化の3つの実証実験に取り組んだ。

※ROOOT:京王電鉄株式会社と株式会社ヒトカラメディアによる、地域の課題解決や価値創出を目指す、エリアを起点としたオープンイノベーションプログラム

総合商社へ就職、社内起業制度、経理…現在につながった経験

―まずは森木田さんの、学生時代から社会に出るまでの話を聞かせてください。

小、中、高と兵庫県の姫路市で過ごし、大学は立命館大学の経済学部に入りました。大学では軟式野球のサークルでキャプテンをしたり、いわゆるバックパッカー、リュック一つで世界を20カ国を旅したり、学業以外でも活発な学生だったと思います。バックパッカーで東南アジアを旅している時、露店やスーパーで日本のメーカーの食品を売っているのをよく見かけて。日本だと当たり前に食べていたものが異国にもある事にすごい感動したんですよね。その時に、将来はメーカーに就職して日本のいいものを世界に広められる海外展開の仕事がしたいと思ったんです。

しかし、3.11の大震災によって状況が変わりました。ちょうどその年に就職活動のタイミングだったのですが、震災の被害状況を鑑みて多くの会社が新卒採用期間をずらしたことで、他の選択肢が見えてきたんですよね。最後は総合商社の住友商事にご縁があって入社することになったのですが、結果的に、その出来事が起業に至る最初の大きな転機になりましたね。

―どういう意味で転機になったのですか?

経理部からのキャリアスタートで、どこかのタイミングで営業部門へ異動して事業に直接携わりたいと考えていたところ、社内起業制度の仕組みができたんです。担当業務の内容とは関係なく、自分がやりたいビジネスアイデアを事業化できると聞いて「これだ!」と思い、とてもワクワクして、チャレンジしない手はなかったですね。

―実際にチャレンジしてみてどうでしたか?

ゼロイチでビジネスプランを考える、という事を初めて経験したのですが、これが自分的にかなり楽しくて。ある時、終電くらいまで作業をしていたのに、帰りの電車の中でもずっとワクワクしながらビジネスプランをあれこれ考えている自分に気づいて。経理の仕事なら、終電帰りだとぐったり疲れて帰るのが当たり前だったんです。この時に、「自分のやりたい事を仕事にする感覚ってこういうものか」と感じたのが、起業に興味を持ち始めた最初のきっかけですね。

下北沢は何かを始めたい人にはとてもいい環境

―バックパッカーや住友商事への入社が好奇心、経理での7年は基礎と忍耐、社内起業制度への応募が行動力だと考えると、経験って素晴らしいことですし、それらをプラスのエネルギーにできる森木田さんはすごいなと。では、住友商事から独立してから起業に至るまでの話を聞かせていただけますか?

住友商事の社内起業制度では、店舗・施設などの目的地のリアル混雑共有アプリ「Komip(コミップ)」というサービスを開発して、新大久保のコリアンタウンで実証実験も行っていたのですが、色々苦戦していて。

簡単に言うと、マネタイズ(収益化)が難しかったんですよね。でも、そのアプリのサブ機能みたいな感じでつけていた、ユーザーが店舗に自由にメッセージを送れる機能に対する反応がとてもよくて、それによって改善点が見つかった店舗からお礼の言葉をいただくことも数多くあり、それが私たちの運営する「ホンネPOST」のルーツになっています。

しかし、「Komip」が成功しなかった時点で私は社内起業の選考からは落ちていたので、「ホンネPOST」を本格的に事業化するには独立するしかなかったんです。そしてベンチャーキャピタルからの投資を受けられることも決まり、家族からの同意も得られたので、株式会社はこぶんを立ち上げました。

ちなみに、経理部の経験が起業後にめちゃくちゃ活きています。財務諸表や税務申告、事業計画など会社経営で数字に触れる機会は多く、数字に強いことは信用にも繋がるので、大きなアドバンテージになりました。そう考えると、商社との出会い、社内起業制度の発足、それまでは経理をやっていたことなど、あらゆることが今の自分に繋がっていて、人生っておもしろいですよね。

―なぜ新しい事業の拠点に下北沢を選んだのでしょうか。

私のやりたいことは、「ヒューマニティ(人間性・人情)を稼働ロジックにしたビジネスモデルを作ること」。それにあたって起業テーマは人と人とのコミュニケーションにおける課題解決と決めていました。その点では「Komip」も「ホンネPOST」も一貫しています。

ミカン下北内にオープンするSYCLの存在は京王線の広告で知りました。単に場所を提供するコワーキングスペースではなく、「お節介なコミュティマネージャー」がいて、「人と人、人と街が繋がれる」、そんなコンセプトに私の想いとの親和性を感じたので入居しました。

―実際に下北沢でビジネスを始めてみて2年以上が経ちましたが、いかがですか?

渋谷で働く人も、丸の内で働く人も、みんな熱いものをもっているし優しい。でも街が大きいとそういう人の温度って感じにくいじゃないですか。下北沢は都心のオフィス街ほどの規模ではないけど栄えているからこそ、人と人との距離が近くて温度が高い。それって、これから何かを始めたい人にはとてもいい環境で、SYCLのコンセプトとも相性がよく、ポテンシャルを感じます。

―ミカン下北やSYCLができたのは2022年。それまでの下北沢には起業したい人たちが集まるイメージはほぼなかったので、とても興味深い話です。そういう文脈での、昔からの下北沢で活動する人たちと触れ合うことで、得たものはありますか?

数多くあります。下北沢は演劇や音楽、古着といったイメージが強い街で、私は特にそういったカルチャーを掘り下げてきませんでした。そんな中、SYCLが発信するやりたいことを実際に試してみるプロジェクト、「studioYET」を通じて、演劇やお笑いといった分野に「ホンネPOST」を導入しようと動いてみたのですが、あまりうまくいかなかったんですよね。

それまでの私は、「客商売ならVOC(Voice of the Customer)=“お客様の声”がすべて」くらいの勢いで行動していました。でも、芸術や表現の世界って、必ずしもそうではない。お客さんを喜ばせたい、感動させたいという気持ちはほかのビジネスと同じかもしれませんが、それに対する根本的なアプローチが違うというか……。

―主体的な選択の要素が強いですよね。

だから“お客様の声”を集めて反映させるかどうか、ということにとてもセンシティブなんです。自分たちのポリシーを貫くことで人を感動させる。それって並大抵のことではないし、敬意を持って接するべきだと思いました。ホンネPOSTはビジネスシーンにおける顧客心理の見える化というテーマで取り組んでいますが、そこでカルチャーサイドの方々の考えや行動は、事業を多面的に考えるきっかけ・勉強になりました。

―今、少し話が出てきましたが、SYCLを運営する京王電鉄とヒトカラメディアによる「下北妄想会議」、「studioYet」、「ROOOT」という3つのプロジェクトに参加した理由と意義を聞かせていただけますか?

「下北沢妄想会議」は実現性やビジネスとしてのクオリティはともかく、アイデアを出し合う場で、「studioYET」はその発展型として考えたことを実際に試してみる場です。そして「ROOOT」は京王電鉄とヒトカラメディアのサポートを受けて実際に事業を動かす共創プロジェクトなので、参加するための審査基準は上がりますが、「ホップ→ステップ→ジャンプ」と段階を踏める流れになっています。その3段階がちょうど私のビジネスフェーズにもハマったんですよね。

京王電鉄もヒトカラメディアも、本気でコミュニティを形成して街と繋がろうとしている。ヒューマニティを掲げてそこにアクセスした私は、「studioYET」までの体験を通じて下北沢と街や人と繋がることができました。しかし実際に「ホンネPOST」をビジネスとして広げていこうとしたときに、スタートアップが大企業と繋がり・導入拡大していくことは難しいという壁が出てきます。それは私自身が大企業にいたからわかるんです。いくらサービスがよくても、導入の意思決定に至るかどうかは別の話で、もし突破できたとしても時間がかかる。

そういう意味で、「ROOOT」の存在はほんとうに大きかったですね。京王電鉄やヒトカラメディアと、「下北妄想会議」「studioYET」と段階を踏んで信頼関係を築いてきたうえで、ワンチームになってスピーディに事業検証の機会をもらえるわけですから。

試行錯誤した先にあったやりたいこととの一致

―誰もが少なくとも初手は自力だけでなんとかしなければならない。そのためには何が必要だと思いますか?

世の中にハマるかハマらないかは置いといて、「これがやりたい!」という熱がもっとも大切だと思います。私はヒトカラメディアがよく使う“熱源”という言葉が好きなんです。人に納得してもらう、人を巻き込んでいくためにはかなりのエネルギーが必要なので、熱源の温度が高ければ高いほどいい。一方で、儲かる領域だからという理由だけに振り切ってビジネスを始める人もいて、そこにも数多くの成功例があるので、正解はさまざまですよね。

―いずれにしても一朝一夕にはいかない中で、やりたいことが先行の場合、どこかで収益化のポイントを見つけないと話にならない。それについてはどうお考えですか?

ここは本当に難しいです。自分のやりたいこと・ビジョン(What)の大きな軸はしっかりと持ちつつ、どのように解決するか(How)の部分をピボットしながら収益化を探っていく事が大切かなと思います。

私の場合でいうと、「What」は「ヒューマニティを稼働ロジックにしたビジネスモデルを作ること」で、「How」がKomipの「混雑の可視化」から、ホンネPOSTの「本音の可視化」にピボットしたというイメージですかね。

Komipは現場にいる人がこれから行く人に混み具合を教え合う、ホンネPOSTはお客さんが事業者にホンネを伝えるという、コミュニケーションを軸にしたサービス設計は共通していて、課題設定を変えただけです。

これもKomipに全力コミットする中で見えてきた事だったので、試行錯誤と偶然性がうまく噛み合ったんですよね。だからとにかく行動することが常に大事だと思っていて、 とりあえずバッターボックスに立とうぜって、思いますね。

―最後に、森木田さんがこれからやってみたいことについて聞かせてください。

今、下北沢という街に対する声を集めていて、すでに数百件のメッセージが届いているんです。そして、その中の90%以上の人が「下北妄想会議」のような試みに興味があるという結果が出ています。これから何かやりたい人を発掘して、その中から実際に行動する人が出てくるように支援して、そこに「ホンネPOST」を導入してもらう。そういう循環を生むことで、まずは下北沢からまだまだ埋もれている心の声を流通させて、日本の事業創造力を底上げしたいと思っています。

ニーズの多様化や市場の成熟化で、満足度やNPS(※Net Promoter Score:企業や商品・サービスへの愛着度を数値化して、顧客ロイヤルティを測る指標)の平均値ではなく、顧客単位の一人ひとりのマイクロニーズやペインの把握ががもっともっと大切になってくる。VOCの可能性はすごく感じています。その中で、街からヒューマニティを感じることができる下北沢を「チャレンジしたい人にもっとも優しい街」にしていきたいです。

 

Information

取材・文:TAISHI IWAMI  撮影:岡村大輔
株式会社はこぶん
株式会社はこぶん
所在地:東京都中央区⽇本橋富沢町9ー4 THE E.A.S.T. ⽇本橋富沢町
代表取締役 CEO:森⽊⽥剛
設⽴:2022年4⽉
事業内容:
・デジタルレターサービス「ホンネPOST」の提供
・VOCコンサルティングサービス
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