写真家・映画監督・現代美術家として、30年以上にわたり第一線で表現を更新し続ける蜷川実花さん。2026年には、下北沢のギャラリー・DDDARTにて展覧会『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』を開催している(3月13日〜5月31日)。蜷川さんにとって下北沢は、十数年にわたり活動の拠点にしてきた特別な街。「手作りで、実験的で、カオスな商業的ではない展示に」と本人が語る今回のプロジェクト。大きな美術館とは異なるこの試みは、まさに生活とクリエイションを共にしてきた下北沢という土地だからこそ成り立つ「実験」でもある。蜷川さんに、この街への思い、そして「破壊、再生、また破壊」をテーマに据えた今回の挑戦について聞いた。
もがきながら作り続けていた。蜷川実花にとっての下北沢
―下北沢で十数年間を過ごされたとのことですが、蜷川さんの人生において下北沢はどんな場所ですか。
下北沢に住んでいたのは息子たちが幼い時期であり、父(演出家・蜷川幸雄)を亡くした時期でもありました。写真だけでなく何本か映画もとったり、生活とクリエイションがマーブル状に入り乱れ、ある種もがきながら作品を作り続けていた場所です。
―下北沢は再開発などで常に変化を続けています。当時の景色と現在を見比べて、どんな思いが蘇りますか?
私が住んでいたころは、まだ息子たちも小さかったですし、スーパーや書店など、いくつかの限られた場所にしか行けてなかったんです。
3〜4年前に別の場所へ引っ越してから再開発が進んでおもしろいお店も増えましたし、息子たちも下北沢が好きみたいで親子で遊びに来ています。変わらないものと新しいものが混在していて、街全体にエネルギーがあり、刺激的な街だと思います。

「破壊、再生、また破壊」30年の衝動を一冊に
―今回刊行されたアーティストブックは、7つの冊子やポスター、ステッカーなどを風呂敷状の表紙で包んだ異色の一冊です。「破壊、再生、また破壊」が今回のアーティストブックのテーマとなった経緯を教えてください。
写真家として活動を始めて30年以上経ち、これまでに120冊以上の写真集を出してきました。これまではテーマごとにまとめたり、展覧会のカタログとして刊行したり、わりと整然とした作りのものが多かったんです。でも今回は、私生活もクリエイションもごちゃ混ぜになりながら、必死に駆け抜けてきた30年の創作に対するエネルギーをそのまま出せる本にしたいと思いって作った本です。これまで一度も枯れることのなかった「撮らずにはいられない」「やりたくてしかたがない」という原始的な衝動を詰め込みました。
自分の創作を振り返ってみると、ずっと変わらない部分と変わり続けている部分があります。「破壊」という言葉は少し強い言葉に聞こえるかもしれませんが、それは自分自身をどんどん再構築していく作業でもあるんです。時代の流れに合わせたり、時にはあえて外したりしながら、常に自分を壊して新しく作り直していく。「また破壊」した後には、必ず「再生」がやってくる。破壊して再生して終わり、ではなくてこのサイクルをこれからもずっと続けていくんだという思いを込めています。

『蜷川実花アーティストブック『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』(1万1000円〈税込み〉)』

『蜷川実花アーティストブック『mirror, mirror, mirror mika ninagawa』(1万1000円〈税込み〉)』
境界線がない日々を、この街なら見てもらえる
―今回、アーティストブックの刊行と連動した展覧会も開催されています。会場である「DDDART」は、古民家を改装した空間です。庭園や居間といった生活の気配が残る空間に、蜷川さんの作品が地続きに置かれる光景は、まさに「日常とクリエイションの境界線のなさ」を体現されています。なぜこの場所で展示をしようと思ったのでしょうか?
下北沢は、息子の三輪車を引いて散歩した緑道やどうしても1人になりたくて夜中に歩いた道、初詣に行った神社など、あちこちにいろんな記憶が点在している街なんです。楽しいことばかりではなく、しんどいこともたくさん乗り越えた、体験がギュッと詰まっています。だからこそ、下北沢で展覧会をやることにすごく意味があると思いました。
私の日々の生活は、クリエイションと日常のリアリティが地続きで、本当に境界線がないんだということをこの場所でなら見てもらえるのではないかと思ったんです。

作りたいから作る。初期衝動だけで駆け抜けた展示空間
―今回の展覧会では、大規模な美術館の個展とはまったく異なる手触り感があり、蜷川さんのアーティストとしての並々ならない情熱と、余白ある日常が共存していると感じました。展示を通じて、下北沢を訪れる人々にどんなことを届けたいですか。
通常の展覧会はPC上で3D空間を作って事前に展示プランを構築するんですが、今回は現場に作品をドサッと持ち込んで、「うーん、どうしようかな」とその場で考えながら作り上げました。いつもなら集客やコンセプトをどう伝えるかなども念頭において作るけれど、今回は「作りたいから作る」「作らずにはいられない」という初期衝動と溢れ出るエネルギーだけでやっています。モノづくりに対するエネルギーや気合いみたいなものを感じていただけるのではないかと思っています。

今回、展覧会の連動企画として、「パティスリー・コウヅ」をはじめ、「異言 – igen tokyo -」「マジックスパイス」「ヴィレッジヴァンガード下北沢店」といった蜷川さんゆかりの下北沢のお店とのコラボレーションを実施。各コラボ店舗を巡るスタンプラリーが開催されています(https://mirrorninagawa.com/info)。
再開発で風景が変わっても、路地裏の古着店や馴染みの飲食店、本屋は変わらず存在する。新旧が予測不能に混ざり合う下北沢の街で、展覧会の外に出ても「あちこちに点在している」蜷川さんの記憶の痕跡を追うことができるはず。
蜷川さんの溢れ出すエネルギーと日常の視点を受け取れる展覧会は、5月31日まで。下北沢という実験的な街の空気ごと、体感してほしい。

