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街を巻き込み、興味を繋ぐ。映画作品を起点に生まれた「謝肉フェス」というポジティブなアクション。

桜の時期を終え、気候も春らしくなってきた4月の半ば、下北沢のいくつかの場所を繋いで新たなフェスが開催された。それは、映画『謝肉祭まで』の制作チームによって企画された、酒と肉とアートの祭り「謝肉フェス」。音楽ライブやユニークで刺激的な公式フード、個性的な出店者を集めたマーケットなど、映画作品と共にその世界観をさまざまな方向からたっぷりと楽しむことができるという内容だ。これだけ盛りだくさんな内容のイベントだが、今回このフェスは主に映画の監督と出演者によって企画・運営されたと聞いて驚いた。1本のインディーズ映画から街を巻き込んだフェスが生まれるというのも、今までに聞いたことがない。今回は、監督のイリエナナコさんと出演者であり映画のプロデューサーでもある大山真絵子さんをお迎えし、実験的なフェスの誕生についてお話しをうかがった。

コロナ禍での孤独によって生まれた、〝生きる〟に迫る物語

まずは、映画『謝肉祭まで』はどのようにして生まれたのでしょうか?

イリエ:はじまりは2020年で、コロナ禍で緊急事態宣言が出た頃です。あらゆるジャンルの活動が制限され、みんな家に籠って鬱屈としていた時期に、今回の映画に出演している大山さんを含む3人から連絡をもらったんです。彼らとはもともと知り合いではあったのですが、制作活動はまだご一緒したことがなくて。

大山:そうなんです。私は以前、山梨で開催された「湖畔の映画祭」でMCをした時にイリエ監督と知り合ってナンパしました(笑)。それ以来は飲み友達。コロナ禍で仕事もなにもかもストップしてしまったときに、そうだナナコス(イリエ監督のニックネーム)に連絡しよう! と。

イリエ:同じくらいのタイミングで「何か一緒につくらない?」と連絡をもらったんです。それなら3人主演でつくっちゃおう!と、映画作りがはじまりました。3人が、人間性も見た目もちょうどよくバラバラで、それぞれに個性が強かったので、それを増幅させて役を作っていきました。当て書き(その役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書くこと)なので本人と役がかなり地続きというか……そう言うと語弊がありますかね(笑)。

映画のメインビジュアル

ストーリーは神様が主役ですよね。神様だけど人間くさいキャラクターが印象的だったのですが。

イリエ:神様と言っても、今回は人の延長というか、人間らしい面倒くささを持つキャラクターにしたくて、あのような形になりました。今回の上映では、毎日ゲストを招いてトークイベントを行っていたのですが、最終日のゲストの長塚圭史さんが、「3人それぞれ、身近にいるんだよね。知っている人を思い出した」と言ってくださって嬉しかったです。
日本は昔から多神教だったり、人と神様が地続きだったりするっていうお話も、他のトークイベントの中でも話題にあがって、今回描いた神様の世界観が思いがけず日本らしいものだった、というのは後から気づきました。

監督を務めたイリエナナコさん

映像の中では、食べるシーンもたくさんありましたよね。

イリエ:ストーリーとしては、3人のうち選ばれた2人は身を捧げることになります。つまり死に向かって進んでいくんですけど、終わりが見えているからって今日なにもしないのかというとそうではなくて、生きるために自分の中に食べ物を取り入れていくわけです。それが、生きるってことだなと。

大山:3人で食べ物を摂取しながら時間を一緒に過ごしたり話し合ったりする居間のシーンは、演じていてもおもしろかったですね。映画全体は、ストーリーの順番で撮影しているわけではないのですが、居間のシーンはそのロケ地での時系列どおり撮影していて。食べながらの撮影なので、お腹がいっぱいになっていく感覚と時間の蓄積みたいなものが比例していて、体感として時間を感じられたというのはありました。

イリエ:食事って、一緒に食べる人やシチュエーションによって、同じものを食べていてもおいしく感じないこともあれば、よりおいしいと思うこともあるじゃないですか。そういうものも描けたらいいなと思って。だから、前半と後半では、同じ食べるシーンでも3人の表情や食べ方がちがって見えると思います。

プロデューサーの大山真絵子さん

今回、佐渡島でロケをされたというのも気になっていました。どこの国かもわからないような雰囲気と広く美しい自然の景色が、この物語にぴったりでしたね。

大山:そう言っていただけて嬉しいです。私は新潟県の出身なのですが、佐渡島を訪れた時に、景色も文化も興味深くて、とても魅力的な場所だなと思っていたので、今回ナナコスにロケ地候補として提案したんです。

イリエ:時代や場所を特定しない物語の設定だったので、見慣れた街ではなにかちがうのかなというのはあって、独特な雰囲気をもつロケ地を求めていました。佐渡島を提案してもらったときには、まさに!とすぐに夢中になりました。

大山:惑星みたいな場所ですよね。佐渡島って、実は東京23区くらいの広さがあるんですよ。なので、かなりの距離を移動しながら撮っていきました。映画のパンフレットには、ロケ地マップも掲載しているので、この映画をきっかけに訪れてみたいと思っていただけたら嬉しいですね。

いろいろな方向に入口を設けて、興味を広げるきっかけに

今回、映画の上映期間には、『謝肉フェス in 下北沢』と題して音楽ライブやマーケットなどの関連イベントも開催されたんですよね。ひとつの映画が発端となって、このようなイベントを開催するというのもなかなか珍しいことだと思うのですが、なぜフェスを?

イリエ:そもそもインディーズの短編映画って、シネコンなどで上映される作品とはちがって、存在を知ってもらうことが難しいですし、上映期間も1、2週間と短いことが多い。だから、知るための入口をもっと作れないかな、違う方向からでも知って興味を持ってもらえたらいいなと思っていました。『謝肉祭まで』も、完成後1年間くらいは国内外の映画祭への出品をしていましたが、その間に少しずつ世の中の状況も変わってきて。日本での単独公開を検討し始めた時に、なにかお祭りをやったら知ってもらうきっかけになるんじゃないかと思ったんです。トリウッドさんでの上映が決まったら、下北沢にはライブハウスもありますし、ユニークな飲食店やお店を持つボーナストラックもありますし、そこからどんどん構想が膨らんでいきました。

大山:この映画って、さまざまなジャンルのアーティストに参加してもらっている総合芸術でもあるので、それをいろいろな人に知ってもらえるといいねっていうのは最初から話していたのですが、確かにトリウッドさんの上映が決まったのは、大きかったかもしれませんね。この街ならできるんじゃないかって、急にリアルになったというか。そこからは、楽しいことを考えるのは大好きなので妄想は膨らむ一方でした。

会場の一角には映画の世界観そのままのコーナーも。イベントと見事にリンクした演出だ(編集部撮影)

イリエ:あと、この映画はクラウドファンディングで集めた資金で制作しているのですが、実はそこから誤解が生まれていまして……(笑)。謝肉“祭”とタイトルにあるので、撮影の前から「あの祭りいつなの?」「あのイベントいつ?」とよく聞かれていたんですよ。つまり、映画じゃなくてイベントだと思われていたという。だったら実際に祭りをやっちゃおう!というのもありましたね。

大山:そうそう、「あのフェス行きたかったー!」って言われたこともあります(笑)。そんなふうに間違われることもおもしろいね!とプラスに捉えていました。

イリエ:フェスの主催なんてやったことありませんでしたし、イベント運営に至っては素人なので、できたらいいね!とは思っていたけど、本当にやるとは!って。

映画音楽を担当されたバンドBRADIOのライブに映画にまつわる展示、個性的なアイテムのショップに公式フードを含めたさまざまな飲食ブース。確かに、インディーズの映画でこれほど盛りだくさんなフェスって聞いたことないです! 

イリエ:そうですよね!(笑)。フェスの初日は、BRADIOのライブからスタートしました。彼らは今回、映画音楽に初挑戦だったのですが、がっつり組んでかっこいい曲をつくっていただいたので、フェスをやるとしたら彼らのライブは必ず!と思っていたんです。

大山:映画の音楽も生で演奏してくださったんですけど、映画の整音をやってくださった方がライブにきてくれて、「やばい‼︎」ってちょっと興奮気味だったのも嬉しかったですね。

イリエ:映画をきっかけに彼らの音楽を知って、上映を観た後にそのままライブに足を運んでくださった方もいましたし、ライブの後の週末にあらためてボーナストラックに遊びにきてくださったBRADIOのファンの方もいて、まさに理想の楽しみ方だなぁって。

ファンクの宴

ボーナストラックでのマーケットも、ちゃんと映画の世界観を踏襲した濃いラインナップでしたよね。

イリエ:ボーナストラックさんの春市という季節のイベントとのコラボレーションだったのですが、カオスにしたい!という思いは最初からあったんです。祭りって浮足だって入り乱れるものだし、どこからどこまでみたいなイベントの境界線をなくして、一緒になってやるのがいいなと思って。ボーナストラックさんにも早い段階で「カオスで濃ゆいイベントにしてもいいですか?」ってお伺いは立てたところ、「ウェルカムです!」と言っていただいていたので、やりたいだけやらせていただきました(笑)。

大山:今回は、私たちで声をかけた出店者さんとボーナストラックから声をかけていただいた出店者さんがいたのですが、見事に個性強めの方が集まってくださって。参加してくれる皆さんに事前に映画のことやフェスのことをお伝えしたくて、ほぼ全出店者さんと個別に打ち合わせいただいたのもよかったです。

イリエ:当日はてんてこまいになる思ったので、事前に想いだけでもお伝えしたくてやっていたんですけど、後半で「これ出店者一人ずつにやってるんですか?大変じゃないですか?」って驚かれました(笑)。やり方を知らないので、やっちゃったというか。そういうことばっかりなんですけどね。

大山:映画ロケ地の佐渡島の食はぜひ入れたくて、佐渡の「トキと酒」っていうチームにも出店してもらったんですけど、みなさんいい意味でカオスなフェスに巻き込まれておもしろがってくださったみたいです。

マーケットを楽しむ監督とメインキャストの面々

公式フードも、かなり癖強めでさすが!と思いました。

大山:フェスというと、やっぱり公式フードかなとか、祭りには顔ハメパネルかなとか、そういうところから構想がスタートしがちなので、この2つはかなり初期からやることに決めていました(笑)。

イリエ:そうそう、公式フードの開発は食のクリエイティブディレクターとして活動されているTETOTETOというご夫婦ユニットにお願いしたんですけど、普段から実験的なことを楽しんでいらっしゃるおふたりだったので、おいしくてヤバいものがいい、というこちらのリクエストから、すぐに「肉パフェ」を提案してくれました。
ギャラリースペースでは、映画を紹介する展示をしていたのですが、映画のことをまだ知らない方にも立ち寄ってもらいたいなと思ったので、物語のテーマである”運命と選択”にちなんで、占い師さんにブースを出していただいたりしました。

神々の社交場(マーケット)で提供された肉パフェ

 当日は、神がかったお天気でしたよね。北沢八幡宮のお祭りも、かなりの確率で雨降りますから、祭りとしてはふさわしい天候かもしれませんけど(笑)。

イリエ:晴、晴、雹、雨、晴……みたいな(笑)。

大山:大雨の土曜日は、恵みの雨ですね!って言って乗り切りました(笑)。

イリエ:予期せぬことが起きても、「神なので!」って言うとどうにでもなる感じがあってよかったです!(笑)でも、みなさん、コロナ禍を経て“祭り”というものを求めていたのかなと思うのですが、楽しんでくださっていたと思いますし、私たちも楽しかったですね。

言葉にして発信し躊躇せず動くことで、なにかがはじまる

 今回は下北沢の街を歩いて楽しんでいただくフェスでしたが、もともと下北沢にはいらっしゃっていましたか?

イリエ:私は、中高生の頃からライブを観によく訪れていました。近年だと、友人が何人も下北周辺に住んでいるので、〝飲む、遊ぶ〟はこのあたりが多いですね。
せっかく下北でフェスをやるので、できるだけこの街の飲食店やお店を絡めたいなと思って、初日の舞台挨拶の衣装は下北沢のbedという古着屋さんにスタイリングと衣装協力をお願いしました。それも、フェスの打ち合わせを下北の駅近くのカフェでしていて、衣装をbedさんにお願いできたらいいね、なんて話していたら、偶然オーナーさんが入っていらして!「ちょうど今話していたところなんです!」て(笑)。

大山:私もお芝居やライブでよく訪れていましたが、飲みにいくお店も決まってきてしまって。でも、今回フェスの告知もしたくて、映画のチラシとポスターを持って行ったことのないお店にもおじゃましたんですけど、みなさん、私のようなよくわからない者に対しても心を開いてくださって、「へぇ、イベントやるの?置いていきな!」って言ってくれるんです。そういうオープンなノリ好きだなー!って思いました。そして、通いたいお店が増えましたね。

イリエ:開催地として正しかった!って思います。

大山:下北沢って歩いて巡れるサイズ感もいいですし、新しいものと古いものが混じり合っているのもいいですよね。

街を巻き込んだ形での『謝肉フェス』をやってみて、いかがでしたか?

イリエ:大……成……功……だと、私は思っている……のですが。

大山:うん、大成功だったと思う!!

イリエ:街に対しても映画に対しても、入口をもっと増やしたいと思っていたので、思い描いていた通りになったと思います。映画から知ってフェスに来てくださった方もいますし、出店者さんの告知からフェスに来て映画を知ってくださった方もいらっしゃいましたし。最終的に、全容がわからずにお帰りになった方もいると思いますが、それでもいいかなって。後から知ってもらうでもいいですしね!

大山:この映画自体、個人的に孤独を感じていた中で生まれたので、制作の中で人との交流が再びできるようになったり、いろいろな分野の人と関わることができるようになったりしたのは、喜びも刺激もあって嬉しかったんです。フェスもやれたことで、いろいろなところに〝点〟を置けたのかなと思います。そこから、参加してくださった方がそれぞれに〝線〟にしていただけたらいいなと思います。

イリエ:好きなバンドの人が紹介していた本を読んでみたらおもしろくて、その作家がめちゃめちゃ好きになるみたいなことってあるじゃないですか。そういうことが人生をちょっとだけ楽しくすると思うんですよね。今回のフェスは蛇道なやり方だったかもしれないのですが、それも自分らしかったのかなって今は思っています。

大山:ここまでできたのは、ナナコスとだったからかなって思っています。これおもしろそうじゃない?ってアイデアが生まれた時に、それだったらこれと組んだらおもしろそう!とか、これをやったら楽しそう!とか、スピーディーにどんどん広がって。あらためて、不思議な人だなぁって思って。

イリエ:それを言うなら大山さんのコミュニケーション力は凄くて、今回彼女にはプロデューサーとしても動いてもらっているのですが、この人に連絡してみたらいいんじゃない?って言い終わる前に「もしもーし!」ってもう電話をかけているような人です(笑)。一緒に蛇行しながら、ぶつかった人たちをどんどんパーティに加えて、みんなで向かっていったみたいな感覚がありました。準備は大変でしたけど、文化祭の前みたいで楽しかったです。

『謝肉フェス』の今後の展開として、やってみたいことはありますか?

イリエ:『謝肉フェス IN 台湾』とか!この小さなチームでやっているので、いい意味で私利私欲を入れて、好きなものや各地の友達を巻き込んでいきたいですよね。

大山:それ、行きたい!まずは、台湾向けの字幕を作りますか(笑)。でも、こういう発想を言葉にしていくのって大事だなぁって、今回あらためて思っています。発信をきっかけに縁が繋がったり物事が動いたりしますしね。この機会に、蛇の道も我が道にして、また動いて行けたらいいなと思います!

Information

 取材・文:内海織加 撮影:岡村大輔 ・きるけ。・中島未来・コセキリサ
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映画『謝肉祭まで』
広告制作でも活躍するイリエナナコ氏が監督・脚本を務めた中編映画。400年に一度の謝肉祭のため選ばれし3人の神が集い、栄誉の死を遂げる2人をどのように選ぶか、話し合いながら共に過ごす7日間の物語。

出演:大山真絵子 円井わん 豊満亮 田中一平 六平直政
監督・脚本:イリエナナコ
プロデューサー:大山真絵子 共同プロデューサー:藤井宏二
撮影:JUNPEI SUZUKI 照明: 高橋亮 録音:井口慶 助監督:鳥井雄人
美術:熊澤一平 衣裳:矢田貝貴之、鈴木和人 ヘアメイク:クラークゆかり
特別協力:中島裕作 振付:小山柚香 スチール:きるけ。 デザイン:徳原賢弥 サウンドデザイン:伊藤裕規 カラーグレーディング:星子駿光 音楽:BRADIO 制作:Libertas
©︎惑星ナナコス 2021
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