刺繍アーティスト、フクモリタクマは「異色」の経歴を持つ。パイロットに憧れ航空自衛隊生徒に入隊し、刺繍に出会い群馬県桐生市にて修行。2014年に独立し、2015年には「SHISHUMANIA」を起業。2020年にはオリジナルブランド「SHISHUMANIA ORIGINAL」を立ち上げた。
現在は大阪や東京などで、お客様の目の前で刺繍を入れる「刺繍ライブポップアップストア」も精力的に開催している。6月にはミカン下北でも「刺繍ライブポップアップストア」を行い、盛況のうちに終了した。今や忘れ去られつつある横振り刺繍の技能を受け継ぐとともに、刺繍の在り方をアップデートし続けるフクモリタクマさんに話を聞いた。
横振り刺繍の魅力。手作業でしか表現できない「立体感」
―初めて横振り刺繍について知る読者も多いかと思いますので、まずは横振り刺繍の特徴や魅力を教えてください。
今の刺繍はほとんどのものがコンピューターで作られていて、(型を作成するので)型代がかかります。型代はかなり高いものの、刺繍代は安いといった特徴があります。一方横振り刺繍は手作業です。自分で下書きをして刺繍をするので型代がかかりません。そこが大きな違いだと思います。
―なるほど。横振り刺繍にしか表現できない魅力とは何でしょう?
コンピューターでの刺繍だと、物にもよりますが12〜15色程度しか使えずそれ以上は色数を増やせないのですが、横振り刺繍は何色でも自由に表現できます。あと、型を作る場合は先に完成形を考えるのですが、横振り刺繍は縫っている途中でも考えながら修正して作れるのが大きな違いです。それと立体感に関しては、コンピューターと横振り刺繍ではぜんぜん違います。
―たしかに作品を間近でみると立体感に驚かされます。今日お持ちいただいた『JOKER』の刺繍では何色くらい使っているんでしょうか?
30色くらいですかね。これでも割と少ないほうだと思います。糸の向きとか速さでも表情が変わりますし、ふっくらしてより立体に見えます。これはコンピューターでやると時間とお金が凄くかかります。
心斎橋から下北沢へ。たどり着いた自分のスタイル
―フクモリさんは「刺繍ライブポップアップストア」を東京や大阪などを中心に開催されています。実際にミシンや糸、PCやプリンターを持ち込んで、お客さんのオーダーに応えて刺繍をするスタイルはとても新しいなと感じました。ライブを行うようになったきっかけはありますか?
今まではずっと家に籠もってやっていたんですが、それにちょっと飽きてきて(笑)。そんな中ちょうど3ヶ月くらい前に東京と大阪でポップアップイベントをやって、大阪・心斎橋のときに「人前でミシンやってみたら?」って言われたんです。人前でのパフォーマンスってカッコ悪い気もして正直やるか迷いましたが、やってみたらみんな喜んでくれて。四日間くらい古着屋さんでやってたんですけど、刺繍を入れて欲しいっていう人がたくさん来てくれて。朝から夜まで刺繍しました。
もうすごく楽しかったし「こんなに喜んでくれるんだ」って驚きました。それで、このやり方はいけるんじゃないかなと思いましたね。自分の知り合いや彼女にも「家で刺繍してるときよりもみんなの前でやるときのほうが楽しそうだね」って言われました。
―ライブならではの経験ですね。ほかに刺繍ライブをやっていて印象的だった出来事はありますか?
心斎橋での刺繍ライブの後に、ラフォーレ原宿でポップアップショップをやらせていただいたんですが、その時点では「刺繍ライブは楽しい」とは思っていたものの、まだライブの価値に気づいていなかったんです。だからラフォーレの初日はミシンを持って行ってなくて。今までのポップアップのように作品や洋服を展示して普通に店に立って、来てくれた人にただ作品の説明をしているだけの自分がいました。
でも、ちょうどその日にラフォーレにカニエ・ウェストさんが来てたんですよ。「カニエが来てるよ」って知り合いに言われて。自分のことを知ってもらおうとプレゼントに服を渡そうと思ったんですけど、なんだか渡せなくて。その時に、ここにミシンがあったら「刺繍を入れませんか?」って言えたのにって、超後悔しました。なんで俺、ミシンを持ってこなかったんだろうと思って。心斎橋で刺繍ライブをやった後だったから、あのライブ感でやれば絶対いけるはずだったのにって。
でも、この一件で覚醒しました(笑)。ライブだからこそできるコミュニケーションとかノリみたいなものが刺繍ライブの価値だったんだなって気づいたんです。だから、いつか超有名になってカニエ・ウェストさんに会ったら、この一連の出来事をお話しして、刺繍を提案したいですね(笑)。
―6月11日・12日にミカン下北でも、横振り刺繍ライブポップアップストアを出店していました。こちらはどのような経緯で開催したのでしょうか?
下北沢で居酒屋やバーを経営してる方が僕の活動を手伝ってくれているんですが、その方がこの場所を見つけてきてくれたんです。前回のラフォーレ原宿に続いて、今回は「ミカン下北でやるのがいいんじゃない」って応募までしてくれて。
まさかこの場所で刺繍ライブをやるとは思っていなかったのですが、「ミカン押さえたから」ってあとから言われて(笑)。ミカン下北と言えば、開業前に下北沢駅の壁や床に広告がたくさん貼ってあったのを見ていて「なんだかイケてる場所ができるのかな」と思っていたので、そんな場所でできるのは嬉しかったですね。
―そのようないきさつがあったんですね。下北沢での刺繍ライブはいかがでしたか?私も少し拝見しましたが、土地柄なのかやっぱり若者が多いなと思いました。
たしかに土曜日は若い人ばっかりだったんですけど、日曜はもう、本当にいろんな人が来て。デザイナーをやっているという50代くらいの女性とか、下北沢が地元の70代くらいの男性とか。幅広い層の方が来てくれて、年配の方もかなりサイケデリックなステッカーを買ってくれる(笑)。刺繍をオーダーしてくれる人は、25〜40歳くらいの年代の方が多いんですけど、ぜんぜん自分のことを知らないのにオーダーしてくださる人も何人かいて、びっくりしました。
あと、原宿や心斎橋のときもそうだったんですけど、「ちょっと古着買ってくるから待っててください」と言われて、お客さんが買ってきた古着に刺繍するっていうのが多かったんです。だから古着が多い街との相性はすごくよくて。たぶん、ブランド物しか着ない人だったら、刺繍を入れるっていう発想がないじゃないですか。
―たしかに下北沢も古着の街ですから、刺繍との相性は良いですよね。
古着をわざわざ買いに行ってまで刺繍を入れたいっていうエネルギーはすごいですよね。それが原宿でも心斎橋でもあったので、下北沢でも絶対起きるだろうと思っていたし、実際起こりました。この街の自由で多様な雰囲気も、刺繍ライブと相性がよかったなと思いますし。
―下北沢のそういう雰囲気は刺繍ライブの追い風になるように感じます。人と人との繋がりが強いことも、ムーブメントを作ってくれそうですよね。
実はこれまで下北沢にはあまり来たことがなくて。街の人同士の繋がりが深そうだからこそ、逆に1人でお店に行っても仲良くなれないだろうなと感じていたんです。だけど、先ほど話したミカン下北でのイベントを斡旋してくれた人が、下北沢のいろんなお店や人を紹介してくれて行ってみたら、面白い店がたくさんあったんです。紹介していただいたからという理由もあるかもしれませんが、お店にも周りの人にもすごく良くしてもらって。ああ、いい街だなって。
なんだか自分ともフィーリングが合うのを感じましたね。Instagramのストーリーに「いいね」をめっちゃくれる下北沢の人がいるんですが、その人のお店の名前、グッドバイブス(GOOD VIBES BAR)ですし。まさにって言う(笑)。
―下北沢にピッタリの店名ですね(笑)。「ライブ」という行為も下北沢に合っていると思います。
心斎橋や下北沢でやってみて、やっとこの刺繍ライブのスタイルを見つけたなって感じです。13年くらいやってきましたが、これがいちばん自分が楽しくて、人も楽しくさせることができて、しかも売上にも繋がっている。僕にとって完璧なスタイルですね。
オリジナルブランド「SHISHUMANIA ORIGINAL」と、フクモリタクマの「これからの実験」
―フクモリさんは2020年に「SHISHUMANIA ORIGINAL」をはじめられ、アパレルやステッカー、アートパネルなどを販売されています。オリジナルブランドの立ち上げへと至った経緯を教えてください。
最初は絵(横振り刺繍を額装したもの)を売ろうと思っていて、展示会を開催していました。でもやっぱり値段が高いからステッカーとかばっかり売れて、たまに絵が売れるみたいな状況でした。「これでもいいかな」と思っていたのですが「何か1万円くらいのものがあったら買うのに」って何人かに言われたり、「服やTシャツも作って」といったリクエストが入るようになってやり始めたのが最初ですね。
―それでだんだんと、今のようなラインナップが増えていったんですね。オリジナルの作品もたくさんある一方で、そのモチーフを量産する形でアパレル販売も並行されていますが、それをリリースすることについての思いなどを聞かせてください。
今、横振り刺繍をやっている人はほとんどいなくて、そもそも50年くらい前から縮小してきた分野なんですよ。昔はもう、八百屋にもミシン屋が来るくらいみんな刺繍を入れてて、すごく儲かってたらしいんですけど。その需要もどんどん減っていって、今では年金暮らしのお婆ちゃんとかしか刺繍をしてなくて。僕の前にもいっぱい「やりたい」って修行をした人はいるんですけど、みんなすぐに辞めていって。刺繍ができるようになっても、そもそも仕事がないんですよね。
そんな業界の中で、自分は高価でもすごくカッコいい作品を作って売ればいいんじゃないかなと思ってたんですけど、そうじゃない面もあるなと思うようになってきて。たとえば、オリジナル作品を100万円で売りたいと思っても、簡単に売れるものではありません。けれど、そのデザインを小さくした服を1,000人くらいが着てくれれば、オリジナル作品の価値も絶対上がるんですよね。
オリジナルは買えないけどそのデザインと一緒に居たいとか、オリジナルじゃなくてもTシャツなら欲しいっていう人たちが着てくれて、街を歩くことによって皆の目に入って、どんどん価値が上がっていくのかなと思って。それでアパレルをやっているというのもあります。
―洋服の他にも、光るインコの刺繍なども制作されていますよね。すごく面白くて実験的だと感じました。
これはクラブイベントの時に作ったもので、クラブでどうやって目立たせようかなって思って、じゃあ光ってたら絶対見るなと。現場はほんとうに暗くてぜんぜん見えなかったし、ライトも使っちゃ駄目だったので光らせたというのもあります。紫外線だったらOKだったので、めちゃくちゃ試行錯誤しました。糸も光るようにしましたし。
―光る糸というと、蓄光の糸などでしょうか?
蓄光のベースに蛍光の糸を組み合わせると反射してすごく光るんですよ。あと土台にも光るアクリル板をカットして使いました。それらを使ってインコの刺繍作品を作り、クラブで疲れた人が座るソファの前や、DJブースの後ろにも置きました。「すげぇ」って言われるかと思ってたんですけど、皆さん普通に踊ってるだけでしたね(笑)。
https://www.instagram.com/p/CbCyCd8PFaG/
―いや、これはすごいですよ。光る刺繍にしても刺繍ライブにしても、単純に「伝統文化は素晴らしいよ」という技術の伝承に止まらないところが良いなと思いました。クラブや古着など現代の要素と組み合わせてアップデートすることが新しいし、実験的であると感じます。
普通に刺繍をするとやっぱり暗くなるので、どうしても古臭くなっちゃいますし。たとえば普通の糸でやるとお婆ちゃんっぽくなっちゃうんです。それがずっと嫌だなと思っていたので、それでこんなふうに(オリジナル作品のように)発色を良くしようと。
―本当にさまざまな挑戦や実験をされていますね。最後に、刺繍ライブや今後の活動について、展望をお聞かせください。
はい。8月には下北沢の古着屋さんと組んで刺繍ライブをやることになりました。今、下北沢でも人との繋がりが増えてきてて「下北って言ったら居るよね、刺繍の人」みたいな感じになりたいですね。
刺繍ライブって特殊で、一度体験した人はその後服を買うときにずっと頭の中に残るじゃないですか。 そうすると、次に刺繍ライブが自分の街に来るのが楽しみになると思うので、それを北海道とか福岡とか、何箇所か拠点を持ってツアーができたら良いなと思います。でもツアーをやるには有名にならないといけないので。そのために下北沢をベースとして、いろいろと挑戦していきたいですね。