第14回下北沢映画祭で招待作品として上映された映画「オジキタザワ」。下北沢の街を舞台に、夢を持った“おじさん”が歌って踊るミュージカル映画は、演劇×映像のタッグ作品としても注目された。本作の企画・プロデュースを担当したのは、劇団「エリィジャパン」の主宰・石垣エリィさん。映画制作に携わるのは今回が初めてという彼女が、演劇×映像で実現したかったことや、下北沢での撮影エピソード、そして今後取り組んでいきたい実験について聞いた。
下北沢での出会いで、“やりたいことをやる”背中を押された
―まずはエリィさんが演劇に携わるようになったきっかけを教えてください。
幼い頃は目立つ方ではなかったんですが、小学校の学芸会の演技を褒められたことがあって。それがうれしくて「お芝居だったら主人公になれるかも」と思ったのが演劇に興味を持ったきっかけでした。小学校では周りの子達を誘って、自分で演劇部を立ち上げました。それが劇団旗揚げの原点かもしれませんね。中学校の卒業式では自分で脚本を書いて、音出しや照明まで全部指示出しをした作品を披露したことも。その後は演技を専門的に勉強しようと、劇団四季が発足した高校の演劇科に進学しました。
―女優さんとして人前に立ったのはどんなタイミングだったのですか?
子供の頃から歌って踊れるディズニーのプリンセス役に憧れていたのですが、学校での私を見ていた先生から「吉本の方が向いているんじゃない?」と言われ(笑)、吉本興業劇団のオーディションを受けたんです。そして無事に入団することになり、そこから私の演劇キャリアが始まりました。
―ディズニープリンセスに憧れていたのに吉本興業劇団からキャリアスタートとは意外です(笑)。
でも、その後テーマパークのショーに出演するという夢は叶えたんですよ。26歳のときに、あるショーで主役を務めさせてもらい、毎日何千人ものお客様に自分の演技を見てもらえるとても幸せな経験をしたのです。でも同時に違和感も持つようになって。というのも、私は“私の表現”を見て欲しいという思いがあったのですが、お客様は私が演じているキャラクターを見にきているのだと気づいたんです。
このまま続けるべきか悩んでいるときに、 「“下北沢ろくでもない夜」”(以下、ろく夜)で飲んでいて、オーナーの原口さんに「やりたいことあるならやったほうが良いよ。小屋代は売れてからでいいから、いまやりたいと思っていることをやりなよ」と声をかけてもらったんです。それで、下北沢でチャレンジしてみよう!と。
―もともと下北沢には馴染みがあったんですか?
実家が小田急線沿いということもあり、下北沢で「ぶらり下北沢」という街のポータルサイトの運営のアルバイトをしていたんです。だから飲食店や古着屋さんの人たちと話す機会はたくさんありました。ろく夜の原口さんもその頃に出会っていて、彼に背中を押されたから、テーマパークを辞めて自分が考える表現や演技を形にしたいと思えたんですよね。その後、「ろく夜」では演劇イベントを何十回もやらせてもらって、それがきっかけで「エリィジャパン」という劇団を立ち上げることになりました。
劇団を作ってからも、この街では「こんなことやってみたい!」と声を上げると、いろんな人が助けてくれるんです。誰かと繋げてくれたり、アドバイスをくれたり。みんな情熱を持った人を蔑ろにせず、受け入れてくれるんですよね。だから下北沢は悩んでいた私を救ってくれた街でもあって、自分が何かを作るときには絶対にこの街を舞台にして、恩返しがしたいと思っていました。
Twitterでつぶやいた一言から始まった映画製作
―まさに映画「オジキタザワ」はその恩返しにぴったりの形です。
まさか本当に街を舞台にしたものが作れるとは思ってもいなかったんです。というのも、この作品はTwitterでつぶやいた「ミュージカル映画を作りたい」という思いつきの一言が発端で。突拍子もない私の一言に反応してくれたのが、広告映像などを制作しているBISのプロデューサー丸山さんでした。面識がないのに「この日に事務所に来てください」って突然DMがきて。これはナンパか?!なんて思いながら(笑)、事務所に伺うと監督と制作担当がいらっしゃって、「もう制作チームはできています、どんな企画にしますか?キャストはどうしますか?」と聞かれるという。
―そんなチームアップの形があるんですね(笑)。
私もびっくりしました。でもせっかく貰ったもらったチャンスを活かさない手はない。特にキャストに関しては、コロナ禍で表舞台に立てなくなった役者たちに場所を与えられると思いましたし、暗いことが多い世の中だからこそ明るいことをしたいと考え、「あなたの夢はなんですか?」という項目を設けて、一般公募のオーディションでも出演者を募りました。実際「オジキタザワ」で多々出てくるおじさん役の出演者は演技経験ゼロの人もいるんですよ。
―演技経験ゼロの出演者がいることも驚きですが、エリィさんご自身も映画製作に取り組むのは初めてですよね?
コロナ禍でリアルに公演する場が減ってしまい、演劇をもっと他のことに使えないか、違うコンテンツと組み合わせることはできないか? と模索する中で、やってみたかった実験の一つが「演劇×映像」という形だったんです。演劇のスタイルや特徴を保ちつつ、アウトプットは映画というスタイル。例えば、演劇は本番に向けてとにかく稽古を重ねるのが通例ですが、映像作品はあまりリハーサルをしないことの方が多いように思います。でも、今回は舞台役者の良いところを最大限に出すために本番前に稽古をたくさんしました。もちろん演技経験ゼロのおじさんたちも一生懸命取り組んでいましたよ(笑)。演劇の魅力を最大限、映画に活かせればという思いで作り上げました。
劇場の枠を飛び越えて“演劇”の魅力を伝えたい
―「オジキタザワ」はどのようなストーリーなのでしょう?
下北沢に迷い込んだ主人公が、この街で過ごすたくさんの夢をもったおじさんたち(夢オジ)と出会い、夢を持つことの素晴らしさに気づいていくストーリーです。実際私も、「ろく夜」の原口さんという下北沢のおじさんに出会ったことで夢が実現できた。意図せずなところもありますが、そんな実経験と重なる部分が多くありますね。
―馴染みの街・下北沢を舞台に撮影していくのは、どんな気持ちでしたか?
下北沢って今どんどん街が変わっているじゃないですか。特にコロナ禍になって、閉店してしまうお店も多かったり。変わりゆく“いま”の姿をできる限り残したい、という思いで撮影をしました。たとえこの先なくなる店や場所があっても、ここで頑張っていた人たちがいて、彼らも進化する街とともに前に進んでいるという記録を残しておきたくて。それが私のできる恩返しの形だとも思いましたし。
舞台が下北沢なので、まずは街に関わる人や今まで私を応援してくれた人に観てもらいたい! と思って、当時できたばかりの下北沢の映画館、シネマK2さんに2日間だけ上映のチャンスをください! と直談判しにいき、公開にこぎつけたんです。その際には満席にもなるほど街の方が足を運んでくださり、たくさんの反響があったおかげで下北沢映画祭でも再上映できることになりました。
―「オジキタザワ」のテーマは「夢」ですが、エリィさんの今後の夢はどんなものなのでしょう?
「下北沢が舞台のミュージカル映画を作りたい」という私の夢は、原口さんをはじめとした多くの人たちの後押しがあって、今回実現できました。映画のエンドロールには、この規模の映画としてはとても多い100名近くの人たちが関わってるんですよ。なので、今度は私が誰かの夢を実現させる番。まずは演劇に携わりたいと夢を見ている人たちに、活躍の場を作ることでしょうか。今回の映画のように、劇場に留まることなく表現できる場を作れたらいいなと思っています。
―映画に続く“実験”もすでに考えていらっしゃいますか??
もともと俳優って“俳優(わざおぎ)”とも呼ばれ、人を楽しませる役割という意味があるようなので、演劇という形に限らず、もっと広くエンターテインメントやプロモーションの手段としても使えるのでは? と考えていて。昨年は実験的にユニクロ下北沢店で“エアリズム”というお題をもらって演劇ライブをしました。このときユニクロの企画担当者を紹介してくれたのも原口さんだったんですけどね(笑)。
今後もそういった実験を繰り返して、演劇の価値がさまざまな場所に波及していったらいいなと思っています。人生を使って演劇コンテンツを広げていく滑走路を作りたいんです。あと、下北沢の昔から私を知っているまるで親のような人たちから「有名になってくれることが一番の恩返し」と言われているので、さらに活躍の場を広げていきたいですね!