ここ数年で新たな注目スポットが続々とオープンし、いまや観光地ともいえる下北沢。来街者で賑わう一方、観光地らしい“手みやげ”が下北沢には少ないという点に着目し、2022年11月に販売スタートされたのが「下北沢パープルパープルパン」だ。今回はこの“手みやげ”に関わったメンバー4人<(写真左より)フライトラウンジ 西村幸助さん、久保寺敏美さん、一般社団法人北沢おせっかいクラブ 齋藤淳子さん、しもきた商店街振興組合 柏雅康さん>に、開発ストーリーやこの先の発展性についてお話を聞いた。
アクシデントが発端となりスタートした、実験的プロジェクト
―まずは自己紹介と今回のプロジェクトでの役割を教えてください。
齋藤:わたしは、世田谷区補助事業である乳幼児親子の集うスペース「おでかけひろば」を運営するほか、地域食堂やフードバンクなど食を通じたコミュニティ・街づくりを展開している「北沢おせっかいクラブ」の代表をしています。昨年ビジネスプランコンテストで世田谷でとれた野菜を使った「せたがやすこやかピューレ」が入賞したことをきっかけに、「下北沢パープルパープルパン」などせたがやそだちを使った加工品の開発を進めています。
柏:しもきた商店街振興組合理事長と世田谷コミュニティ財団の理事を務めている、柏です。齋藤さんとは世田谷コミュニティ財団で地域のコミュニティを支える活動を通じて知り合いました。齋藤さんから「せたがやすこやかピューレ」を使って下北沢の“手みやげ”が作れないかと相談を受け、商品開発等を一緒に取り組んでいます。
久保寺:下北沢で「麺と未来」「バロンデッセ」など5店舗の飲食店を経営している久保寺です。柏さんが理事長を務めているしもきた商店街振興組合で理事をしていることもあり、今回は商品を具現化するために手伝ってほしいと声をかけてもらいました。
西村:久保寺さんが講師を務めていた製菓学校を卒業し、他の飲食店勤務を経て、いまは下北沢のカフェ「フライトラウンジ」で調理担当・パティシエとして働いています。今回は久保寺さんと一緒に商品開発・生産を担当しました。
―街ぐるみのお付き合いなんですね。改めて「下北沢パープルパープルパン」について齋藤さんからご紹介いただけますか?
齋藤:「北沢おせっかいクラブ」は非営利団体なので、運営資金を工面するためにビジネスコンテストや助成金に応募することが多いんです。その一つが、世田谷でとれた野菜(以下、「せたがやそだち」)を使用した加工品のビジネスプランコンテスト」への応募でした。お料理やお菓子、介護食にも使える「せたがやすこやかピューレ」という野菜を使ったピューレの企画で出したところ、最優秀賞をいただくことができて。
柏さんとも相談して、せっかくなのでそのピューレや、ピューレを作るノウハウを使い、下北沢の手みやげを作るプロジェクトの事業計画を立てて東京都の助成金に申し込みました。それで今年度から本格的に商品化に取り組もうと、畑を借りて農作物を植え、準備をしていたんです。ところがこの助成金が出るタイミングが来年に先送りになってしまって。でも、植えていた農作物の成長は待ってくれない、という困った事態に・・・。
実はその農作物こそが、今回の「下北沢パープルパープルパン」に使っているムラサキイモなんです。ムラサキイモが大量に収穫できてしまうけれど、お金がないまま本格的な商品開発はできない、どうしよう、となったときに、柏さん経由で久保寺さんと西村さんに助けてもらい、まずは実験的プロジェクトとして初めて作った手みやげが「下北沢パープルパープルパン」でした。
地域の仲間が巻き込み、巻き込まれて具現化された手みやげ
―まさかのアクシデントが発端で生まれた商品だったんですね。
久保寺:この一連の話を「ちょっと困ったことになってさ」と柏さんから伺って。ちょうどそのとき僕がオーナーをしているフライトラウンジで、西村さんが韓国発祥の「コグマパン」(「コグマ」は韓国語でサツマイモの意)を作っていたんです。それで、その「コグマパン」をサツマイモではなく、「せたがやそだち」のムラサキイモで作ってみたらどうか? とアイデアを出してみました。
柏:助成金が出ないとなると商品開発や生産にお金をかけるわけにもいかず、かといって畑でぐんぐん育っているムラサキイモを無駄にするわけにもいかず、本当に困っていたんですよ。それで久保寺さんに助けてくれって声をかけたんです(苦笑)。そうしたらすてきなアイデアをもらって、それだ! と。
―街の誰かが困っていたら助ける、という下北沢らしさがありますね。
齋藤:私が皆さんのことを巻き込んでしまったんですけどね(笑)。急きょ作ることになったにも関わらず、味や食感、手みやげとしてのクオリティにすごくこだわってくださって、本当に美味しいものが出来上がりました。
西村:美味しいことはもちろんですが、安心・安全である、ということも重視しました。添加物は使っていませんし、なるべく多くの方が食べられるように卵も使っていません。保存料は入れていないので必然的に賞味期限は短くなりますが、冷凍のものも用意して、利用したいシーンによって選べるようにしました。
また、他のコグマパンと差別化をするために、食感にはこだわっています。生地に「麺と未来」でも使っている「もち姫」というもち小麦を配合しているので、フニフニとしたちょっと和菓子のような食感や、口溶けの良さを感じていただけるかと思います。
齋藤:久保寺さんや西村さんを巻き込んでこんなに美味しいパンが実現できたのですが、パッケージやネーミングにも協力してくれている人がいて。この印象的なネーミングは、もともと「北沢おせっかいクラブ」が運営するおでかけひろばの利用者さんでもあったコピーライター・魚返洋平さんがつけてくれました。彼は広告代理店の社員としてのスキルを活かして、ボランティア協力してくださったんです。さらに“手みやげ”だからショッパーも必要だよね、と同じく元利用者さんで、今はイギリス在住のグラフィックデザイナーの金本真美さんがアートディレクションを担当してくれました。小さいプロジェクトなのに、しかもまだお金をかけられる段階ではないのに、いろんな方が協力してくださってこの手みやげが生まれたんです。
久保寺:きっと齋藤さんが日頃から築いているネットワークがあるから実現できたんですよ。みんな齋藤さんのため、延いては地域のためになるなら、って。齋藤さんも柏さんも普段から地域のためを思って様々な働きをされているのがわかるから、そんな人たちに声をかけてもらえたら、僕らは何でもやろう、協力しよう! と思えるんです。それに今回は“街の(下北沢の)手みやげにしよう”という目的だったのも大きかったですね。下北沢、という核があると協力したくなるのが、この街の人たちの性分なので(笑)。
柏:ムラサキイモを作るのに畑を貸してくれた福田農園さんも、「せたがやそだち」の野菜について教えてくれたJAの方も、私がコミュニティ財団でお世話になっている赤堤の商店街の理事長・福永さんという方が紹介してくれて。コミュニティ財団には僕が巻き込まれたんですけど、今回は僕が彼を巻き込んで(笑)、いろんな方の協力があって無事に「下北沢パープルパープルパン」が世に出せたんです。
実験的なプロジェクトから、進化を遂げる手みやげの開発へ。
―まだデビューしたての「下北沢パープルパープルパン」ですが、今後はどのように展開していく予定でしょうか?
齋藤:来年助成金が出たら本格的に「せたがやそだち」の野菜のピューレや、そのノウハウを使った商品開発や販売に向けて動き出す予定なので、「下北沢パープルパープルパン」は、このプロジェクト全体の実験的な位置付けでした。なので、今回多くの人に協力してもらい、手みやげとして販売できた経験を生かして、次のステップに進みたいなと。
地域の農作物の魅力をもっと広めるためにも、「土からの菓子」「土の力」などの意味を込めてプロジェクトは「ツチカ」と名付け、今回のパン以外にも手みやげにぴったりの商品を開発・販売していこうと考えています。
―実験的位置付けなのにこのクオリティーだと、今後出てくる商品もますます楽しみです。手みやげから「せたがやそだち」の野菜を知ってくれる人も増えそうですね。
柏:今まで下北沢の手みやげといったらコレ! というものがなくて、街の企業の方からはずっと手みやげ作ってほしいと言われていたので、街の名前がついた手みやげをつくれたことは良い経験になりました。私自身ちょっと中毒的に甘いものが好きなんですが、昨年ダイエットに成功してからお菓子に対して罪悪感を持つこともあって。でも野菜を使ったお菓子だったら、体にもいい気がしちゃう(笑)。だから個人的にも今後の発展が楽しみですし、もっと多くの個店に手みやげを置いてもらい、その店の売り上げに貢献できるくらい存在価値があるものを目指していきたいです。