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“衣裳”を起点に可能性を広げるデザイナーズプロダクション・ダダグラム。岩男親子の実験とは。

下北沢に拠点を構えるデザイナーズプロダクション・有限会社ダダグラム。代表の岩男將史さんは、かつて山本寛斎のパリコレデザイナーをも務めた衣裳デザイナーだ。オリジナルブランド『G271』を立ち上げ、「身体を守る」ことをコンセプトに固定概念にとらわれない服作りをしている。將史さんとともに『G271』を広めようとしているのが、息子の海史さん。彼もまた服を生業にしており、俳優としても活動している。現在は衣裳レンタルサービス『WaaDRooB(ワードローブ)』を構想しており、俳優兼服飾家として奔走中だ。

刺激し合いながら各々の表現を貫く岩男親子に、インタビューを決行。ダダグラムが目指す服作り、『WaaDRooB』に見据える可能性、そしてこれから仕掛けたい実験について、話を聞いた。

「デザインを昇華させる」ダダグラムの実験

—有限会社ダダグラムの事業内容を教えてください。

將史:ダダグラムは家内と一緒に独立した会社で、主に「衣裳」を取り扱っています。僕はテーマパークやモーターショーの衣裳を、企業と一緒にコンセプトから”カッチリと”作り上げる仕事。妻は「舞台衣裳家」で、演出家と一緒に”即興的に”衣裳を作るような仕事をしています。同じ衣裳でも、作るプロセスが全然違うんです。また僕はもともと山本寛斎と一緒に仕事をしていて、当時は「流行を作り続ける」ようなことをしてたんです。そこから独立して自分のブランドを作ったんですが、毎シーズン新しいものを作るスタイルに疑問を覚えたんですよ。自分で作り上げたものを次のシーズンには否定して、新しいものを作る。この作っては崩し、作っては崩し……という行為に、なんとなく虚しさを感じてしまって。それで、次は「デザインを昇華させる取り組みがしたい」と思ってダダグラムを作りました。デザインを昇華させるとは、たとえばポルシェみたいなことですね。同じようなデザインがベースになっていても、時代や技術革新に合わせ少しずつデザインを変化させ、その時代に1番あったものを世の中に出していくということです。

岩男將史さん

—「デザインを昇華させる」という側面で、ダダグラムさんではどのような取り組みをしているのでしょうか?

將史:10年ほど前に、『G271(グラムニーナナイチ)』というブランドを作りました。本来の洋服の機能である「身体を守る」がコンセプトになったブランドです。きっかけは、秋葉原で起きた無差別殺傷事件。あのとき「人を守る服を作れないかな」と思ったんですよ。しかも、ダサくなくファッショナブルな服を作れないかなと。テーマパークの衣裳だと、ある程度企業から指定があって作り上げていくんです。でもこのブランドは完全に自分オリジナルで、市場性を考えるというよりはただただ作りたいものを作っている感覚に近いですね。

耐刃性に優れた特殊素材・スペクトラガードをふんだんに使用した「AIGIS」(画像提供:ダダグラム)

海史:父を見ていると、「根っからの“作り手”なんだな」と思います。父の不思議なところは、“作って終わり”なんですよ。凄いエネルギーを注いだ服でも、完成したら棚に入れて、次の服作りに入ってしまう。悲しいことに、お金になっていないんです(笑)。

將史:完成すると、次のことを考えたくてしようがなくなっちゃうんです(笑)。

服全体に這うチューブに冷水が走り、身体を冷却する「NAZCA」(画像提供:ダダグラム)

海史:無差別殺傷事件をもとに作った「AIGIS」は僕が高校生くらいのときにできた服なんですけど、今見ても全然デザインが古びてない。このまましまっておいてはもったいないし、3年前くらいから僕が「まずは人目に触れることから始めよう」と、動きだしました。俳優仲間にお願いしてビジュアルを撮って、今はいろんな企業にプレゼンしています。

―では、今後は將史さんが作ったものを海史さんが売るというイメージなんでしょうか?

海史:いや、僕がやってるのは「魅せる」で、まだ「売る」人がいないんです(笑)。僕は少しでも人の目に触れないと意味が無いと思っていて、撮影してHPをつくったりはしてるんですけど、ビジネスとなるとどうも……。なのでビジネス脳が発達した仲間を呼んで、コンサルティングしてもらっています。

將史:コンサルしてくれている子たちに、しょっちゅう説教されてます(笑)。

海史:普通、なにかを作るためには「まず計画書があって、予算を立てて、マーケット調査をして、ニーズを押さえて……」といろんなフェーズを経てGOが出る。でも僕らは、それらすべてをすっ飛ばしてGOしてしまうから「どういうつもり?」と(笑)。よく「趣味でやってるんじゃないんだから」と言われますね。

高い浮力を備えた「NOAH」。普段着として着用できるデザインで、万が一の水難事故予防にもなるサバイバルカジュアルウェア(画像提供:ダダグラム)

―刃物等から身体を守れる「AIGIS」、熱中症対策ができる水冷服「NAZCA」、水に浮く水陸両用ウェア「NOAH」。いずれも時代的に必要とされた機能だと思いますし、どこかでカチッとハマればすぐにムーブメントが起きそうですね。

將史:そうなれば良いですね。でもなんとなく、時代的にファッションも“そっちのほう”に流れてきてる気がするんです。フードロスが問題になっているのと同じように、衣類も大量生産・大量消費はサステナブルではないと言われるようになってきました。機能性を持った服の重要性が受け入れられるような社会に、変わっていくような感じがしています。

岩男海史さん。NOAH着用イメージ

眠っている資産を活用する『WaaDRooB』構想

―海史さんは、現在『WaaDRooB』という衣裳レンタルサービスを構想しているそうですね。俳優業と並行しながら、服にまつわるお仕事もされているのでしょうか?

海史:俳優と服の二本柱で活動していて、よく「俳優兼服飾家」という伝わりづらい職業を名乗ってます。衣裳家としては、舞台の演出家さんなどからオファーを頂いて、作品に合った服を話し合いながら作っていく感じですね。活動のメインにあるのは俳優で、スケジュールも俳優業が優先。なので衣裳のお仕事を受ける際は、必ず助手を立てるようにしています。

―俳優と服の二本柱で活動している方、珍しいですよね。

海史:めっちゃ少ないと思います。でも“俳優とバンド”とか、兼業してる人自体はたくさんいるんですよ。よく二刀流と言われますけど、僕的には「好きなことをやってたら、大体の人は一刀流じゃないでしょ」と思います(笑)。僕が珍しいのは、俳優というプレイヤー・服飾という裏方を同時にやっていることですね。

―服の仕事をしているのは、ご両親の影響が大きいのでしょうか?

海史:母の影響で、元々舞台衣裳家になりたかったんですよ。16歳からバイトがてら母の手伝いで現場に行くことが増えて、そこで見た俳優さんたちがキラキラしててめっちゃかっこよく見えたんです。一方、こっちはたくさんの衣裳を抱えて大荷物なのに、俳優はちっちゃなバッグ1個でやってくる。そこにムカついたりもしました(笑)。多い時は俳優1人あたり10人分くらいの衣裳を用意するので、仮に10人俳優がいたら100人分は服が必要なんですよ。
でも自分がその立場になって分かったのは、俳優は荷物が身軽な分、自分の中に100人分をインストールしなきゃいけないということ。身軽でかっこいいけど、それだけ大変なものを内に抱えてるんだなと今になって理解したんです。裏と表どちらの目線も理解できる俳優って少ないので、そういう意味でも服飾の仕事をしていて良かったなと思います。

―現在構想中の『WaaDRooB』は、どのような取り組みですか?

海史:演劇人や芸人、ミュージシャンなどの舞台人に向けた衣裳レンタルサービスです。キャッチフレーズは、「自前以上・衣裳さん未満」。小劇場の芝居って、本当に限られた予算の中で精一杯やってるんです。衣裳さんを雇うとお金がかかるので、自分たちでイメージに合う服をフリマアプリや古着屋で探すんですよ。そうするとどうしても「今後も使える服にしよう」となって、大胆に選べなくなる。僕は、ここにブルーオーシャンがあると気付いて。というのも、ダダグラムには2万着くらい服があるんですよ。これは凄い資産なのですが、頻繁に稼働する服はそのうちほんの2.3割くらいなんです。残りの稼働していない服をなんとか活用できないか……というのが『WaaDRooB』ですね。
そもそも、ダダグラムは父と母の才能と人脈で成り立ってる会社です。それってつまり、ふたりになにかあったら廃業も同然なんですよ。正直、「倅として事業を受け継ぐ」みたいな気持ちはそんなに無いんです。とはいえ小さいながら歴史ある会社だし、継続性を考えないといけないな……そう思ったのが、『WaaDRooB』を考えたきっかけです。

―海史さんは「“やってみたい”を“やってみた”に。」がテーマの実験応援プログラム『studioYET』に参加し、『WaaDRooB』実現に向け動いているそうですね。どんなきっかけで参加することになったのでしょうか?

※参考:『studioYET』とは?https://mikanshimokita.jp/katsudo/detail/?cd=000024

海史:下北沢発の衣裳屋ブランド「MONSTROUSA(モンストローサ)」のリリースに向けて動いている中で、ヒトカラメディアさんやミカン下北の角田さんと出会ったのがきっかけです。地元にこんな面白い人たちがいるんだと思って、ブランドは関係なく個人的に「この人たちと繋がりたい」と思ったんですよ。それを相談したら『studioYET』のことを教えてもらって、さらに2期の募集がはじまるタイミングで。「じゃあやります!」ということで、参加しました。

ダダグラムがリリースした新ブランド「MONSTROUSA」。岩男海史が、デザインとプロデュースを担当している(画像提供:ダダグラム)
https://shop.monstrousa.com/

―『studioYET』を通じて劇団「エリィジャパン」の主宰・石垣エリィさんと出会い、試験的に衣裳レンタルをしたそうですね。

海史:『エリィジャパン』が8月にシアター711で公演した『46億回目のパラレルパラレルサマータイム』で、『WaaDRooB』のお試し利用をしていただきました。この取り組みを通じて、ヒアリングの重要性に気付きましたね。例えば「神様」という役があったのですが、色んなパターンが考えられるんです。翼が生えているようなイメージか、またはキリストの肖像画のようなイメージなのか……など。本番写真を見たら、自前の衣裳では出せないクオリティに届いていたので、『WaaDRooB』を実現する意味を感じることができました。ほかにもこの取り組みを通じて、靴などのメンテナンスが必要だとか様々な学びがありました。

―今後、『WaaDRooB』はどのように運用していく予定ですか?

海史:まず、あと5回は試験レンタルをしたいですね。それと並行して、若手衣裳家との横の繋がりを作っていけたらなと。ただ「あれもやりたい、これもやりたい」状態なので、なかなか時間が取れないのが悩みです(笑)。いずれは、下北沢に“共同衣裳倉庫”を作りたいですね。若手やフリーの衣裳家のサロンみたいな感じで、みんなで衣裳を使えるような場所を持てたら良いなと思ってます。

横に広がる街・下北沢

―長年、仕事もプライベートも下北沢を拠点にしているそうですね。下北沢でよく行く場所はありますか?

海史:衣裳屋目線では、古着屋が強烈ですね。ここまで古着屋が集まっている場所はほかに無いので、衣裳を探すときは下北沢をぶわーっと歩き回ればなにかが見つかる。仕事で服を探してるときはすごく集中して感覚が研ぎ澄まされるので、自分の欲しいものもめちゃくちゃ見つかるんですよ。結果、自分の欲しいものだけ買ってしまう……みたいなことは衣裳屋あるあるだと思います(笑)。

—長く下北沢で過ごしている中で、この街にどんな印象を抱いていますか?

將史:「変化を怖がらない街」だなと思います。駅前の風景がだいぶ変わりましたけど、それでも「下北沢は下北沢」という感じがありますよね。街自体が変化を良しとしているというか。それから、縦ではなく横に街が広がってる感覚があります。高層の商業施設があると、みんなそこに入って買い物をしますよね。すると街に人の気配が消えて、廃れていくと思うんです。でも下北沢には高層ビルが無いので、みんな横に移動する。だから、ずっと人の存在を感じます。

海史:僕は下北沢で育って、下北沢でひとり暮らしして、今ももちろん下北沢に住んでます。人生ずっと下北沢から離れられないんですよ。なんでだろう(笑)。個人的には、京王電鉄さんと小田急電鉄さんがあるからか「1色に染まらない」ことに良さがあると思ってます。ひとつの大企業の色に染まっていないのが良いですね。それから、これだけ街が変化しても商店街の方とか人が基本的に柔らかい。珉亭、都夏、新雪園のような古くからある店が、ずっと守ってくれているような空気を感じます。

―下北沢だからこその魅力は、どんなところだと思いますか?

海史:垣根が無いところに魅力を感じます。印象的な出来事があって、先日、柄本時生さんやさとうほなみさん(ゲスの極み乙女:ほないこか)と一緒に下北沢で撮影をしたんですよ。阿波踊りの日だったので人通りも多い中ゲリラ的に撮影をしたんですけど、下北沢を歩く人達の目線がめっちゃ良くて。ほかの場所だと「芸能人だ!」みたいな見られ方だし、時に盗撮されたりもするんですけど、下北沢は自然と受け入れてくれた感じがあって。感覚的ですけど、みんな“表現する側”みたいな感覚がある。だから変に騒ぎ立てず、仲間意識を持ってこちらを受け入れてくれていた気がします。

新ブランド「MONSTROUSA」には、柄本時生、さとうほなみ(ゲスの極み乙女・ほないこか)、刺繍アーティスト・SHISHUMANIAが参画。ビジュアル撮影は下北沢で行われた(画像提供:ダダグラム)

息子世代とつくる次の実験

―今後、やりたいと思っている「実験」を教えてください。

海史:僕は、長期的な目標になると思いますが先ほど話したような衣裳倉庫を作りたいですね。下北沢は「演劇の街」と言われますけど、正直街の進化に比べて演劇が少し置いていかれてると思ってるんです。ここ10年くらいで2.5次元ミュージカルの誕生や、配信環境の発達など、業界自体は進化してます。その中で僕らは“衣裳”で新たなスポットを作れたら、下北沢の演劇を違った形で盛り上げられるかなと思うんです。

將史:僕は、自分が死んでからも残るような、みんなに「岩男さんがつくったものだよね」と言われるものを生み出したいですね。たとえばシャネルスーツのような、自分独自のカテゴリを生み出したい。人生は「これからだ」と思ってるんですよ。会社にも息子世代の新しい感覚の人材が集まってきたし、自分ひとりではできないことをこれからできそうだなと。世代を超えた繋がりもあって、これからどんどん人生が面白くなっていきそうだなと思ってます。若い世代のほうが慎重でバランスがとれているからか、突っ走りすぎて怒られることも多いですけどね(笑)。

Information

取材・文:堀越愛 / 撮影:岡村大輔
有限会社ダダグラム
有限会社ダダグラム
岩男將史が代表を務めるデザイナーズプロダクション。 ダダグラムとは、「DNA DATA GRAM≒遺伝子痕」という意味。有力なデザイナーの遺伝子を次代に残すべく、活動を広げている。
Web
https://www.dadagram.net/
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