2024年3月17日(日)、TOKYO MXにてドラマ『ある日、下北沢で』が放映された。本作品の舞台は下北沢。アーティスト・俳優の鈴木愛理が主演を務め、豪華ミュージシャンが多数出演したことで話題となった。
本ドラマを企画したのは、プロデューサーの脇田佳香さん。普段はバラエティー番組を手掛けており、初挑戦となった今作では、あえて「ドラマが初めてのチーム」でつくったという。下北沢を舞台にしたドラマをつくることになった背景とは?また、ミュージシャンを起用した意図とは?意欲的な本作について、話を聞いた。
誰もが下北沢に思い出を持っている
―テレビ局において「プロデューサー」とはどのような役割を担っているのでしょうか?
番組をつくる責任者として、企画・キャスティング・予算管理・スタッフ管理など幅広く担うのがプロデューサーの仕事です。私はずっとバラエティー番組をつくっていて、今担当しているのはアン ミカさんがMCの『土曜はカラフル!!!』と、歴史をフックに東京をロケする『ぐるり東京 江戸散歩』ですね。TOKYO MXは東京のローカル局なので、ベースにあるのは「番組を観ることで、東京に住む人たちに“ちょっと”豊かになってほしい」という思い。なので、都民や関東エリアの方々にとってプラスになる情報をお届けしたいと思って番組づくりをしています。
―脇田さんは新卒でTOKYO MXに入社したそうですね。テレビ局に就職したのはなぜですか?
私は地元が徳島県で、父が地元のテレビ局に勤めていたんです。徳島って全国的にも特殊で、放送局が一つしかないんですよ。その唯一の放送局で父が働いている姿を見て、自然と「テレビ業界って面白そうだな」と思うようになって。それで、新卒でTOKYO MXに就職しました。
―テレビ業界に進んだのは、お父様がきっかけだったんですね。ローカル局に入ったのはなぜですか?
ローカル局のほうが「自由そうだな」と思ったんです。キー局だと物凄い人数が働いているけど、ローカル局は人数が少ないんですよ。TOKYO MXは早くからいろんなことを任せてくれる社風と聞いて、学生ながら、少人数の会社のほうが「企画を出しやすいのかな」とイメージしていて。入社してみたら、思った通りでした。
―下北沢が舞台のドラマをつくることになった経緯を教えてください。
会社で番組の企画募集があって、そこに応募したのがきっかけです。私はずっとバラエティーをつくってきたけど、実はすごくドラマが好きなんですよ。「いつかテレビドラマをつくってみたい」と思っていたところに企画募集があったので、応募したら通った……というのが背景です。
―社内コンペからはじまったドラマなんですね。企画段階ではどのようなドラマを想定していたんですか?
TOKYO MXがつくるからこそのオリジナリティがあるものが良いと思っていて、企画段階から「東京の街を舞台にしたドラマをつくりたい」と話していました。そこに「ミュージシャンに出ていただく」という企画性が加わることで、ほかにないドラマになるのではと、『ある日、下北沢で』の構想につながりました。
―なぜ、たくさんある街のなかから下北沢を舞台に選んだんですか?
まず、「ミュージシャン」というキーワードが下北沢にマッチするからですね。それから、いろんな方と話して「誰しもが下北沢に思い出を持っている」と気づいたんです。うちの社長も若いころよく下北沢で飲んでいたらしく、脚本・演出の天明晃太郎さんも最初の就職先が下北沢だったそうで。私自身も、上京して初めて下北沢に来たときはカルチャーショックを感じました。地元にはない‟東京”を感じた街でもありましたね。
―下北沢で感じたカルチャーショックとは?
これだけのお店がギュッと一か所に集まっていること、地元では見ない古着屋さんやレコード屋さんがあること。それからヴィレッジヴァンガードも地元になかったので、「なんだこれは!」みたいな衝撃を受けました。初めて来たときに「面白い街だな」と思ったのを覚えています。それから、実は昔お付き合いしていた人に、よく下北沢に連れてこられていたんですよ。
音楽が好きな人だったので、よく「レコードを見に行こう」と誘われて。当時の私は上京したばかりで、賑やかな下北沢をどう歩いたらいいのかもわからない。そんな状態でレコードを見に行くのに付き添っていた……そんな思い出があります(笑)。
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―先ほど「誰しもが下北沢に思い出を持っている」というお話がありましたが、脇田さん自身にもそんな思い出があったんですね!
そうなんです(笑)。ドラマをつくるにあたりミュージシャンの皆様ともお話をしたんですが、みんな下北沢との繋がりがありました。主演の鈴木愛理さんも、もちろんそうです。下北沢に関わりがあるとは知らずにオファーしたんですが、実は下北沢の美容院に普段から通っているそうです。顔合わせのときは、下北沢の古着屋で買った洋服を着て来てくれたんですよ。
ドラマが初めてのチームで挑んだ作品づくり
―ミュージシャンに出演いただくことになった背景を教えてください。
私も脚本の天明さんもドラマをつくるのが初めてなので、「せっかくならドラマが初めてのチームでやろう」と決めたことが背景にあります。ドラマのプロとチームを組めばちゃんとした作品ができるのは分かるけど、私たちに経験値がないので要望を伝えるのも難しいだろうなと思って。会社にノウハウも残したいし、そうであればプロに頼むのではなく「自分たちでもがきながらやってみよう」と決めたんです。
それで、出演する方にとってもチャレンジなことができたら面白いのでは?と思い、お芝居経験がないミュージシャンの方に出ていただくことを考えました。ただ、ドラマプロデューサーの方にお話を聞きに行ったら「芝居経験がないと難しいのでやめたほうが良い」と言われました。それは分かるけど、チャレンジしてみたい……ということで、俳優経験のある愛理さんに主演をやっていただけたら、周りがお芝居初めての方々を引っ張っていってくれるかなと。元カレ役の高野洸さんも俳優経験があったので、そういったところでバランスを取ることにしました。
―ミュージシャンの皆さんは普段俳優をやられていないからこそ生々しさがあって、逆にリアルでした。
そうですよね。今回は愛理さんも含めご自身の名前を役名にした方も多いので、現実から地続きみたいな感じで演じてくださったと思います。それから、ミュージシャンの方々とドラマを作りたかったのは、皆さんがいつも「ステージで奇跡の瞬間を生み出している方だから」という理由もあります。そういう方たちとの融合なら新しいものができるんじゃないか?という期待が根底にありました。
―刑事役で出演したノーナ・リーヴスの西寺郷太さんが、主題歌や劇中歌をつくっていましたね。これもミュージシャンを起用したからこその動きですよね。
そうですね。おかもとえみさんが「東京サーチライト」を歌ってくださっていますが、それ以外に番組で歌われた曲はすべてオリジナルです。音楽ファンの方には、ここも楽しんでもらえたかなと思います。
鈴木愛理が歌う番組主題歌『ONE DAY』は、作詞・作曲・編曲を西寺郷太が担当した
―ドラマづくりが初めてのチームで挑んでみて、なにか気づきはありましたか?
スケジュールの組み方からキャスティングの仕方まで、バラエティーとは全然違いました。たとえば、バラエティーはオファーするのが直前なんですよ。1週間前にオファーして撮影するようなこともあり、長くても1か月前くらい。でも、ドラマはそんなんじゃ全然スケジュールが取れませんでした。
あと、私たちは撮りそびれるのが怖かったので、撮影イメージを絵コンテにしていたんですよ。でもドラマ出演の経験がある方にとっては、珍しいやり方だったようですね。スタイリストさんへの頼み方もバラエティーとは違うので、なかなか嚙み合わなかったり……。
―衣装ではなく、私服で出演した方もいたそうですね。
ミュージシャンの方は、けっこう私服で出ていただきましたね。皆さんが持っているワールドを、ドラマにも活かしていただきました。そこは主演の愛理さんも面白がってましたよ。
―脚本・演出を担当した天明さんも、普段はバラエティーの作家をしている方だそうですね。
そうなんですよ。田中みな実さんが帯でMCをした『ひるキュン!』(2016年~2019年)という番組で出会って、そこから一緒にお仕事をしている作家さんです。普段はバラエティーやラジオの作家をしている方で、ドラマをやるのはすごく久しぶりと言っていました。
―ドラマに出てきた「下北沢は世話を焼く人が多すぎる」とか「下北沢ってばったり会うよね」などの言葉、一つひとつの解像度が高くて共感しました。
天明さん、脚本はすべて下北沢で書いていたんですよ。毎日のように下北沢に来て、人々のやり取りを見て書いていたからこその言葉だと思います。
ドラマでは、下北沢の街や人の特徴が、複数の「下北沢って〇〇」という言葉で説明されていた
―ドラマはオール下北沢ロケだったそうですね。撮影時、印象に残っていることはありますか?
皆さん本当に協力的で、ありがたかったです。例えば、喫茶店の場面で使わせていただいた「LE GRAND ECART」さんは、撮影の間ずっと外で待ってくださっていて。冬場だったのでかなり寒かったと思うんですけど、そういうのも「大丈夫ですよ」と協力してくださったのが印象に残っています。
それから、外で撮影しても騒ぎにならなくてやりやすかったですね。街によっては、外で撮影をしていると居合わせた方に無断で写真を撮られることもあるんですよ。それを止めるためのスタッフを付けないといけないくらいなんですけど、下北沢は受け入れ態勢があるのか、全然そんなことが起きなかったです。
歩き回りたくなる街、下北沢
―脇田さんは、下北沢には普段からよくいらっしゃるんですか?
たまに飲みに来るくらいでした。でもこのドラマ制作が決まってから、ここ2年くらいはよく歩き回ってます。どんな世代の人が来ているのか、どんな感じの人が多いのか……観察しながら歩いてたんですけど、やっぱり下北沢は楽しい街ですね。
―どんなところが楽しいですか?
立ち寄りたくなる店が多いですよね。ドラマの出演者も下北沢に来ると買い物がしたくなっちゃうみたいで、時間があくと外に出ていく方が多かったです。愛理さんも、撮影の最終日は両手に抱えるほど買い物していました(笑)。スタッフも、ちょっと時間を見つけては古着屋に行ったりスイーツを買いに行ったり。ミュージシャンの方々は、レコードを買いに出かけていましたよ。
―撮影の合間に皆さんが街に出ていくのは、珍しいことなんですか?
珍しいです。控室にお弁当を用意していたんですけど、時間があるなら外に行きたいみたいで、ほとんどの方が出かけていました。タレントさんって忙しくて疲れていらっしゃるから、あんまり出かけないんですよ。歩きたくなるのは、下北沢の魅力なのかなと思います。お酒、食事、ファッション、音楽……いろんなカルチャーのごちゃまぜ感があって、下北沢は面白いですね。
―ドラマがきっかけで下北沢に来るようになって、上京当時と比べて下北沢の変化は感じましたか?
駅前が開発されて景色は変わりましたけど、歩き回ると「変わらないな」と思います。パッと見では変化を感じるけど、雰囲気とか人のあたたかさとか、変わらない部分がちゃんと残ってる。出演者の皆さんも「変わらないのが嬉しい」みたいなことを言ってましたね。
いずれ『ある日、下北沢で』のイベントを開催したい
―このドラマは、今後も第2弾、第3弾と続いていくのでしょうか?
題材にする街を変えて、今後も続けたいと思っています。社長からも「1回で終わったらもったいない」と言われているので、機会があれば続けたいですね。TOKYO MXは、この4月から「どこまでも!マニアッ9。」というキャッチフレーズを掲げているんです。
なので、街をマニアックにフィューチャーしたドラマをまたつくりたいですね。TVerで配信されることによって、下北沢に行ったことのない方にも「行ってみたい」とか「面白い街なんだ」と思ってもらえるような魅力を届けたいです。
―最後に、脇田さんが今後やりたいことについて教えてください。
ドラマは情報番組とは異なり作品として残るので、またドラマをつくりたいです。下北沢でまたドラマをつくれたら、私にとって一番理想的だと思います。
あと『ある日、下北沢で』はあれだけミュージシャンの方に出ていただいているので、本当はイベントもやりたかったんですよ。今回はマンパワー的に断念したんですが、時間が経ったとしてもいつか実現したいと考えています。そのとき、またドラマの放送か配信ができたら良いですね。