1970年に創業、50年以上下北沢の地で愛されている「しもきた茶苑大山」。創業者から引き継ぎ、現在店舗を運営する大山泰成さん(飲食部門担当:写真右)と大山拓朗さん(販売部門担当:写真左)は、日本国内で15名ほどしかいない「茶審査技術十段(茶師十段)」という資格も持ち、さまざまな工夫をしながら兄弟で日本茶の魅力を伝えている。昨年、長く店を構えていた場所からreloadへと移転し、“Japanese Tea Lab”をコンセプトにリニューアル。その背景にはどんな想いがあったのか、どのような“実験”を仕掛けているのかを、お二人それぞれの目線からお話いただいた。
幼少期から携わってきた茶業を、「今」に合う形でアップデート
―お二人が「しもきた茶苑大山」を継いだ経緯を教えてください。
大山泰成さん(以下、泰成):1970年に創業者の父が下北沢・丸和センタービルで開業し、今年創業52年を迎えました。私は大学で歴史を学んでいたこともあり教員を目指していた時期もありましたが、やはり幼少期から身近な存在であったお茶屋を継ごうと、新潟県のお茶屋で2年、三重県の茶問屋で1年半の修行を経て、ここの社員になりました。今は父から店を引き継ぎ、主に飲食部門を担当しています。夏場はかき氷、冬場は抹茶ラテをはじめとしたホットメニューを中心に展開し、これらのレシピ開発と製造、お客さまにお渡しするところまでが私の仕事です。
大山拓朗さん(以下、拓朗): 私も幼少期から新茶の時期には作業を手伝っていましたし、父が出向く審査技術競技会についていくなど、特にお茶の審査技術・鑑別能力を高める目的で開催される審査技術競技会では大人の競技の真似事(品種・茶期・産地当てなど)をして、偶然でも当たるとまわりの人に褒められて当時から楽しい場所だと思っていましたね。また、お茶を煎る作業を手伝うようになってからは、焦がすと父のゲンコツが飛んでくるので、焦げる直前の音や香りを感覚的に覚えたり。このような経験を通して、物心ついたときにはこの家業を継ぐものだと思っていました。
私たちは茶業の中でも小売り・卸売り部分を担っていますが、私の役割は産地の生産者や問屋から仕入れたお茶や、品評会で落札した荒茶の加工、それをお客さまに販売する部分です。
―それぞれの部門で「しもきた茶苑大山」だからこそ工夫されているのはどんな部分でしょう?
泰成:昨年、reloadに店舗移転をするとなった際に、飲食に関しては「日本茶スタンド」とし、気軽に日本茶を楽しめる場所にしようと考えました。昨年まで構えていた店舗とは違って新店舗には喫茶スペースがないのですが、だからこそできることをしたいと思い、“隙間時間を埋める”スタイルにしてみようと。伝統的な淹れ方で飲んでいただくのも良いですが、手軽に飲める8オンスのカップ1杯にいかに日本茶のおいしさを凝縮してお客さまにお渡しするかにフォーカスしています。
―まるでおしゃれなコーヒースタンドのようなスタイルですね。拓朗さんはいかがですか?
拓朗:お客さまにお茶の本質的な部分をみてもらうために、どんな人が、どんなときに、どんな気持ちで飲むのか、そういうことを考えながらお茶を作ることを意識しています。固定概念なく、お茶を“実体験”してもらうにはどういうアプローチをしたら良いかを常々意識していますね。
「しもきた茶苑大山」ならではの伝統を覆すお茶のアプローチとは?
―お茶というと伝統的で少々ハードルが高いイメージがありますが、お二人ともそれを覆すような“実験”をされていますね!今まで取り組んできた実験の具体をもう少し聞かせてもらえますか?
泰成:日本茶喫茶は、もともとビジネスとして成り立たないと言われていたんです。それは伝統的な淹れ方、伝統的な茶器、和菓子(生菓子)と、それぞれにお金がかかりすぎて採算が合わず店舗に負担がかかるのが理由。だったら、まるっきり違う方法で日本茶の魅力をお客さまに提案していこうと思ったんです。それがいまこの店で出しているかき氷であり、日本茶ラテで、この取り組み自体がすでに実験でした。
さらにかき氷自体も何度も実験を繰り返し今の形が生まれています。当初ふわふわの氷に茶せんで立てたきめ細やかな泡が特徴の抹茶をかけたいと思っていたものの、温かくてすぐに氷が溶けてしまったり、粘度をあげるために糖度を上げると甘すぎるなど、バランスに悩んでいたんです。今は泡立てたエスプーマを使っていますが、これは知り合いに聞いて食べにいったラーメンやカレーうどんがヒントになっていて、きめ細かい泡が旨みを包み込んでいたことから着想を得たものでした。エスプーマは3℃〜5℃くらいの温度帯が泡の状態が良いのですが、一方で氷の温度は0℃以下。0℃以上の温度で風味が出てくる抹茶の特性を考えると、口の中で氷とエスプーマが合わさり風味が際立ってくるこの組み合わせは最適だったんです。
―まさに理科の実験のようですね。拓朗さんの手がけている店頭販売商品の方はいかがですか?
拓朗:いま店舗でもトップクラスに人気のある「泰成」「拓朗」という名前がついたお茶ですが、これは元々とある雑誌の取材を受け、お取り寄せ企画のために作ったものだったんです。取材時に私がお茶に対しての想いをツラツラとお話していたら、言葉にするよりその想いを商品化してみたらどうか?と提案を受けたのが発端でした。私たち兄弟は二人とも茶師であり、かつ「全国茶審査技術競技大会、茶審査技術十段」という資格を持っているので、その目利きで作ったお茶とわかるように「茶師十段之茶」とし、それぞれの想いを込めたお茶に自分たちの名前をつけました。やったことがないことへの挑戦は印象深かったですし、その経験をきっかけに、今は毎年それぞれが一押しするお茶に名前をつけて作り続けています。
また、今年のバレンタインにはメリーチョコレートさんからオファーをいただき、チョコレートのためのお茶を合組(ブレンド)するという挑戦をしました。これはお茶の魅力をより多くの人に知ってもらえる貴重な経験でしたね。
生産者や加工業者から受け取ったお茶を、消費者が求める価値観にアジャストしていくという自分たちしかできない役割をまっとうしていきたいという考えの元にさまざまな実験を重ねています。
Japanese Tea Labの実験とは、実体験を提供すること
―reloadの店舗は“Japanese Tea Lab”というコンセプトを掲げていますが、今後ここで仕掛けたい実験はどのようなことでしょう?
泰成:たとえばコーヒー業界で言うと、丸山珈琲さんや小川珈琲さんは昔ながらの焙煎技術や喫茶店という軸を大切にしながら、ロースタリーという店舗の形態を広め、スペシャリティーコーヒーという新たな市場を作りました。日本茶も彼らの姿勢に学ぶ部分が多く、生き残るために何が必要かを考えるフェーズにあると思います。まずここに“日本茶ロースタリー”を構えたことが我々の第一歩ですが、今後は下北沢に昔から根付くカフェ文化を大切にしながら、地域に必要とされるお茶屋を目指したいと思っています。今も地域の福祉作業所に焼き菓子に使う材料を提供したり、一般社団法人とフードロスの取り組みを進めていますが、今後はより一層日本茶を通して人と人、人と地域を繋いでいける活動をしたいですね。
拓朗:「Lab」は実験場を意味しますが、私が考える実験は“実体験”のことです。ここはお客さまに「実体験=価値に触れてもらう」をしてもらえる場でありたいと考えています。同じエリアにある旅館・由縁別邸 代田さんの客室やレストランでうちのお茶を提供してもらっているのですが、そこで味わった方がここに買いにきてくれるんです。そういう方においしい淹れ方のレシピをお渡しするととても喜んでくださって。由縁別邸さんでの体験をLabでさらに深めるようなアプローチになっていれば嬉しいですね。なかなかゆっくりとお話ししづらいご時世はありますが、どんな形であれ、お客さまにお茶を実体験してもらえる機会をつくり続けていきたいと思っています。