ちょっとマニアックなお店が立ち並び、週末になればイベントで賑わっている「BONUS TRACK(ボーナストラック)」。欲しいものを買いに行くというよりも、そこで偶然出会う何かを求めて足を運びたくなるような場所だ。場所でありながらひとつのメディアのようなこの施設で、運営やイベント企画を担当しているのは、散歩社のディレクターである桜木彩佳さん。かつて下北沢の駅前にあった「下北沢ケージ」でも運営を担当し、先日行われた「下北線路祭」にも携わっていたという彼女に、〝場づくり〟について話を聞いた。
音楽シーンをルーツに、人と場をつなげる役割を担ってきた
―桜木さんは、これまでさまざまなジャンルで場づくりに関わっていらしたと聞きました。これまでの経歴を教えていただけますか?
生まれは大阪で、八王子で暮らしていました。美大の情報デザイン学科でメディアアートを学んでいたのですが、そのままアーティストになることも就活をすることもイメージできず、卒業後はしばらくフリーターをしていました。数年後に東日本大震災が起こった時に、自分もなにかしなくちゃと将来を考えるようになって、就職したのが青山のライブハウス「月見ル君想フ」。ステージの上にいる側にはなれないけど、制作という立場で表現をサポートすることもできるのかも、とはじめた仕事でした。
もともと音楽が好きで、ライブに行くためにバイトをしている時期もあったので、最初は公私混同。仕事を通して好きなミュージシャンに会いたい!という気持ちがあったのですが、様々なイベントを担当するうちに、どうすれば演者さんやスタッフやお客さんが、この場所でイベントを開催したり時間を過ごすことができてよかった、またここでやりたい(やってほしい)と思ってもらえるだろう?、という方向に意識が変わってきたんです。
出演者やイベントの内容によって、その日に身につける服装を変えたり、イベントにフィットするフードメニューを提案してみたり、できる範囲のさまざまな工夫をしていましたね。月に15本くらい担当していたので、いろんなことが常に同時進行。現場力はかなりついたと思います。
―なるほど。音楽シーンの中にいらっしゃったのですね!
このライブハウスで4年ほど勤務したあと、出演ミュージシャンでもあった大学の先輩に声をかけてもらい、明和電機の制作周りの方々が創設した21世紀型総合アートカンパニー「TASKO」でアルバイトをしていました。そしてちょうどその頃、下北沢を歩いていたら「下北沢ケージ」の前を通りかかり、現場責任者を募集しているのを知ったんです。直感的に「これ、私がやるやつだ」と思って応募し、“場の編集”を掲げて下北沢ケージのソフト(コンテンツの企画や運営)を担当していた「東京ピストル(現・BAKERU)」に所属することになりました。当時、東京ピストルが運営していたクリエイティブに特化したシェアオフィス「HOLSTER」(渋谷)も管理してほしいということで、2つの場所を掛け持ちで見ていた感じです。
―下北沢ケージというと、現在はミカン下北の「BROOKLYN ROASTING COMPANY」になっている場所。その隣にある「Zoff」のところは「ロンヴァクアン」というアジアン居酒屋がありましたよね。懐かしいです。
当時の下北沢って、まったりできる公園みたいな場所がなかったので、少し珍しい場所だったと思うんです。しかも、その名の通りケージには覆われていましたが中は丸見えで、ある種オープン。さまざまなマーケットイベントを開催していましたが、通りがかりの人もひょいと入れる感じが、あの場所の良さだったなぁと思います。
ライブハウス時代にお付き合いのあったアーティストから、下北沢ケージでイベントをやってみたいとご連絡をいただいて、今までの地下空間からスケルトンの空間に場所に移して、ご一緒したこともあったんですが、それだけで反応や広がりが変わったんですね。地下文化を否定するのではなくて、そういう広がりを持つための選択肢として、下北沢ケージのような場所があるのは良いなと思いました。
―その後、下北沢ケージは惜しまれつつもクローズしてしまいましたよね。
下北沢ケージはもともと期間限定のスペースで、2019年9月に終了しました。渋谷のシェアオフィスも建物の都合で同じ頃に終了してしまったので、東京ピストルを退社しました。何も決めずに辞めてしまったので、ひとまず自己紹介と今までの経歴をnoteに書いて、それを知り合いに拡散してもらって。興味をもってご連絡いただいた方とは全員お会いしたのですが、その中にBONUS TRACKを管理している「omusubi不動産」の代表がいらしたんです。
寄り添いながら保つ、緩やかに混じり合う気持ちよさ
―ついに、BONUS TRACKと出会うわけですね!
「本屋B&B」や「fuzkue」が出店することは公に情報が出ていたので、きっとスタイリッシュでシュッとした施設になるんだろうなあと思いながら、気になっていたんです。お話を伺うと、コワーキングスペースの運営ができる人を探しているということで、最初は「omusubi不動産」の人としてこの場に関わっていました。2020年4月のオープンに向けて、同年1月頃から、BONUS TRACKのコワーキングスペースとレンタルキッチンについて、レンタルのプランや情報発信、運用イメージについて意見を出し合ったり、什器を探して買いに行ったりしていましたね。
―最初は、「omusubi不動産」の桜木さんだったんですね。
オープン当時はコロナ禍真っ只中で、街を出歩く人が少なくなったタイミング。電車で来てとも言えないので、周辺を歩けるマップを作ったり、飲食店が営業できなかった時期はテイクアウトのお弁当売り場として、レンタルキッチンを貸し出したりしていました。BONUS TRACKのテナントさんも試行錯誤していて、これからどうしようかねと、物理的にものすごい距離(ソーシャルディスタンス)をとりながら喋ったりしていました。今思うと懐かしいですね。
―現在は、「散歩社」の桜木さんとしてBONUS TRACKに関わっていらっしゃるんですよね。所属している会社が……変わった⁉︎
そうなんです(笑)。まずは、BONUS TRACKや散歩社のはじまりを簡単に説明しますね!
もともと事業主である小田急電鉄さんが、この場所の利用方法を「Greenz」という非営利メディアをやっていた小野に相談して、小野が下北沢で「本屋B&B」をやっていた内沼に声をかけたんです。そのふたりが「散歩社」を作り、この場所の構想を練りながら、テナントのリーシングを行ないました。
BONUS TRACK含む『下北線路街』は、小田急電鉄さんの地下化に伴い、地上の線路跡地を活用した開発プロジェクトなので、高層の建物は建てられないエリアだったため、1階を店舗、2階を住居にし、住みながら商いをするという形で、複数の人が同じエリアに同居する〝長屋〟スタイルが生まれたんです。個人店の方がお店を運営しやすいように、またお店をはじめたいという方がスタートしやすいように、できるだけ家賃を抑えています。
ちなみに散歩社の代表の二人も、BONUS TRACK内の店舗を経営しています。(小野は「お粥とお酒のANDONシモキタ」、内沼は「本屋B&B」と「日記屋月日」)テナントとのやりとりや施設としての発信など、共用スペースを使ったイベントの企画や運営を行なっているのがこの「散歩社」です。
私自身は「omusubi不動産」としてコワーキングスペースに関わる役割から、施設全体を見る「散歩社」の一人としてこの場所に関わっていた方がいいだろうという両社の考えもあって、「散歩社」に所属することになり、今に至ります。
―BONUS TRACKはよくある商業施設とは、いろいろな意味で異なりますよね。テナントさんとの関係性ややりとりはどんな感じなのでしょうか?
BONUS TRACKでは、ほぼ毎週末イベントを開催していて、中には地域向けの季節のお祭りなどもあるのですが、テナントさんには随時これらの企画の共有をしています。施設全体でイベントを盛り上げられればと思い、テナントさんには、イベントのテーマに沿ったアイテムを前に出していただいたり、限定メニューを販売していただくなどの連携やコラボレーションをご相談しています。
中には、趣味性が高いお店やスタッフ人員などの兼ね合いで「イベントとのコラボレーションはしづらい」というお店もあるのですが、そういった店舗とは、イベント以外のシーンで施設に関わりしろを持っていただけるよう、コミュニケーションを取っています。例えば、レコード屋のpianola recordsさんには、施設内で流すBGMのプレイリストを作成いただいていて、とても助かっています。
イベントについても、施設やテナントの認知につながるかどうか、BONUS TRACKで開催する必然性があるかどうか、開催する際にはテナントとうまく共存できているかどうかは、常にとても気にしています。テナントがやってほしくないと思うイベントは、施設としてもやるべきではないと思いますし、テナントのスタイルを尊重しながら、BONUS TRACKという施設を一緒に作っていけたらと思っています。
―場所を貸しているというだけでなくて、ひとつの町として共有できるところはして、やり方はある程度店舗に委ねるみたいな関わり方は、商業施設としてはあるようでないというか。その絶妙な距離感は、長屋という表現がまさにぴったりですよね。
施設全体のムードが店舗ごとの売り上げにも繋がると思っています。テナントには「BONUS TRACKでお店を始めてよかった」、お客さんには「BONUS TRACKにまた来たい」と思っていただけるよう、空間的に居心地が良いかどうか、設えや仕掛けも含めていつも考えていますね。暑い時期は屋外スペースにミストをつけたら気持ちがいいかなとか、誰でも使えるテーブルと椅子を置いたらテイクアウト需要が上がるかなとか。この場所自体に、美味しい・楽しい・刺激的・また来たい、といった状況や印象が日常的にある上で、そこにイベントを開催することでさらに文脈やお客様層を追加して、盛り上げていくというのが理想だと思っています。
―先日取材させていただいた「謝肉祭」も、BONUS TRACKの春市とコラボレーションする形で開催していましたよね。
はい、映画「謝肉祭まで」を監督したイリエナナコさんとは友人で、街を巻き込んだフェスをやりたいという話を聞いて、私たちはこれまで季節のお祭りとして開催してきた「春市」を「謝肉祭」に寄せる形で考えるから、お互いにグルーヴが生まれるような、混ざり合うようなイベントにしよう!という感じで進めていきました。
イベントのお問い合わせやご相談をいただく際には、「一旦様々な事情は抜きにして、こんな景色が作れたら最高!というイメージを教えていただけませんか?」とまずお伺いすることが多いです。
まずは思い描く形を存分にお聞きした上で、テンションがなるべく下がらないように現実的なアイデアを提案するようにしています。こういうテナントさんがあるので、こういうメニューが出せるかもとか、テナントさんのことも考えながらアイデアを出すようにしています。私、基本的にはお節介なんです。たまに暑苦しくなっちゃう時もあるんですけど(笑)。
(関連記事)「街を巻き込み、興味を繋ぐ。映画作品を起点に生まれた「謝肉フェス」というポジティブなアクション。」
お店の方も地域の方も、長く親しみが持てる場を目指して
―5月27日、28日に開催された「下北線路祭 2023」にも関わっていらっしゃったと聞きました。どんな関わり方をされていたのでしょうか?
「下北線路祭」は、今回2回目の開催。前回は、BONUS TRACKやNANSEI PLUS、空き地やreloadなど、下北線路街の開業が出揃ったタイミングであらためてお披露目という目的だったので、各施設で同時に様々なイベントを開催する感じだったのですが、今回はお祭り全体の内容を小田急さんと各施設で事前に話しながら内容を考えていきました。
散歩社は、キービジュアルのデザインとそれを使った装飾、お祭りの内容を紹介するパンフレットの制作と当日それを配布するスタッフの手配、また下北線路街(世田谷代田〜下北沢〜東北沢)の3駅間を歩いて楽しめるワークショップの企画をさせていただきました。
―ところで、桜木さんはもともと下北沢にはゆかりはあったのでしょうか?
学生時代にはヴィレッジヴァンガードには足繁く通っていましたし、好きなカフェもありました。憧れの街というか、行くとテンションが上がる街でしたね。ライブハウス時代にも笹塚に住んでいたので、休日にはよく来ていました。今、その下北沢で仕事しているのは感慨深いですし、これからも街に少しでも貢献できたらいいなと思っています。
下北沢って、人によって街の捉え方がちがうと思うんです。古着だったり、レコードだったり、音楽だったり、カレーだったり、演劇だったり。たくさんハッシュタグがあるのですが、それらを自由に捉えていいムードがあるし、それぞれにちゃんと豊かなコミュニティがある。そして、異なるジャンルが同居できる懐の深さみたいなものも、下北沢らしさのひとつなのかなと思っています。これは、「BONUS TRACK」にも通ずるもの。だから、下北沢にこの場所が存在しているというか。
―今後、桜木さんがやってみたいことはありますか?
線路祭のような街ぐるみのイベントにはもっと関わっていきたいですね。
様々なイベントを企画させていただく中で、度々感じているのは、〝一緒にやった方がいい〟ということ。BONUS TRACKお隣の世田谷代田 仁慈保育園さんとはよくご一緒させていただくのですが、ひとつのエリアをほんの少し超えて一緒に同じ時間を過ごすと、そこから縁が生まれてBONUS TRACKへもラフに立ち寄ってくださるようになったり。
地域の方たちとも、一緒にできることが増えていくといいなと思っています。実際に、ご近所で長く商売をされているヤマザキショップ 代田サンカツ店さんは、ありがたいことに新参者の私たちのことも受け入れてくださって、店内にBONUS TRACKのチラシを置いてくださったり、イベントの際に生ビールを売りにBONUS TRACKまで来てくださったり。そういう関係性が育まれていることは、本当に嬉しいです。
BONUS TRACKは20年間に渡って運営をしていくので、地域の皆さんにとっても居心地の良い場所にしたいと思っています。個性的でエッジの効いたイベントは比較的多いのですが、尖った企画だけをやるのではなくて、地域の方にも楽しんでいただけるような季節のお祭りを続けています。そのバランスを大切にしたいですね。
―あらためて、桜木さんのされていることって、幅が広いですし、説明が難しいですよね。イベンターというのも何かちがうような。
そうですね。アウトプットする形としてはイベントが多いのですが、いわゆる場所を企画ごとにホッピングして作っていくイベンターではないんだと思います。私は一貫して場所付きの人なので、周辺環境も含めてその場所に適したこと、その場所だからこそできること、その場所がより有機的に面白くなるにはどうしたらいいかを起点として色々なことを考えています。そこで商いをしている方や、お近くにお住まいの方、イベントに来てくださるお客さま、皆さんが喜んでいただけるものをこれからも企画していきたいと思っています。
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