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編集部で語る、東京都実験区下北沢の現在地──“街の人格”とともに見据える次の3年

「東京都実験区下北沢」は、2025年3月で開設から3周年を迎えた。「実験」をキーワードに、下北沢で繰り広げられるさまざまな取り組みを追いかけてきた当メディア。下北沢を拠点に活動する人々へのインタビューや、「下北沢で働きたくなる実験」をスローガンに行われた「I am working in Shimokitazawa」等のイベントレポート、さらにはフリーペーパーの制作など、メディア自体も実験を重ねてきた。

今回は、当メディアの編集に携わる3名がこれまでの歩みを振り返る座談会を実施。立ち上げから現在まで、「東京都実験区下北沢」、そして下北沢はどのように進化してきたのだろうか。

“街の人格”を掘り下げる「東京都実験区下北沢」

―まずは皆さんの自己紹介をお願いします。

石塚:私は京王グループである㈱京王SCクリエイションに所属していて、「実験パートナー」という肩書きで、普段はミカン下北の管理・運営を担当しています。具体的には、イベントを企画したり、コミュニティ運営などに携わり、ミカン下北や下北を盛り上げるためにいろいろな実験をサポートしています。その一環として、「東京都実験区下北沢」にも携わるようになりました。

中村:石塚さんが本格的に「東京都実験区下北沢」に携わるようになったのは2024年からなんですよね。

石塚:そうです! ミカン下北には開業前から携わっていたのでそれまでもちょこちょこと打ち合わせに参加させていただくことがありましたが、2024年夏から本格的に関わることになりました。

雨宮:僕は編集長という立場から、石塚さんと同じく下北沢への期待値を上げるために活動をしています。メディアが立ち上がりから関わることになりました。実際の取材現場は、中村さんをはじめとする編集メンバーにお願いしていますが、全体のディレクションをしつつも、メインでは下北沢の店舗やプレイヤーの人とかと飲みニュケーションを大事にしてます(笑)。

中村:そうですね。僕はKonelという会社に所属していて、編集として実際の取材を担当させてもらうことが多いです。Konelは、ミカン下北のブランディングを担当したり、ミカン下北内に「砂箱」というスタジオを持たせてもらっていたりと下北沢との縁が深い会社です。

それに、僕個人としてはもともと音楽が好きで音楽系メディアの仕事をしていたこともあり、普段から遊ぶ場所としても下北沢は好きな街です。自分がよく遊んでいる街がもっと面白くなったらいいなと思いながら、楽しんで媒体に携わっています。

―皆さんそれぞれ、立ち上げメンバーからバトンタッチして現在の編集部になったとのことですが、今の「東京都実験区下北沢」において大切にしていることはありますか?

雨宮:僕は、このメディアに関わり始めた時から、街への期待値を上げるためには人の魅力を伝えるのが良いのではないかと考えていました。僕は街にも人格があると思っていて、その人格を炙り出すには街に住んでいる人たちを知ることが大事なんじゃないかなと。なので、取材の際には、人を深掘りすることを意識してやってもらっています。

中村:雨宮さんの言う「街の人格」は、普段遊ぶ中でも、取材の中でも感じる部分があります。

雨宮:いろいろな人に取材しているけれど、面白いことに共通キーワードみたいなものは出てくるよね。言葉は違うけれど、なんか言ってることは一緒だなあと感じることとか。僕は上京して初めて遊びにきた街が下北沢だったのですが、20年経った今でもなんだか変わらない部分がある気がするんですよね。街に関わる人たちのなかに自然と暗黙知があるのは面白いし、他の街ではなかなかないんじゃないかなと感じます。

石塚:私も、ミカン下北や「東京都実験区下北沢」に携わるようになってから、どんどん下北沢ならではの空気に惹かれていきました。

あと、「実験」というキーワードにもすごく影響を受けています。仕事だと当たり前とか正解を選びがちなのですが、「実験」という言葉があるおかげで、時には失敗することも受け入れつつ面白い方を選ぶのもいいじゃないかと思えています。

中村:取材の中で、街に対して「寛容さ」や「ハードルの低さ」といった印象を語ってくださる方も多いのですが、それも「実験」というキーワードと相性が良さそうですね。

石塚:そういう街の人格があったからこそ、私たちもさらに新しい実験ができているんですね。一方的に街の人たちを“支援”するのではなくて、何か下北の街でやってみたいなと考えている人たちがもともといらっしゃって、そういう方々の背中を押すような立場になれたらいいなという想いで東京都実験区下北沢も取り組んでいます。

駅を降り、広場に出るとすぐ目に入るミカン下北。この景色も、開業から3周年を迎えてすっかり馴染みの風景に

―これまでの3年間、皆さんが下北沢で活動していて、特に印象に残っている記事や出来事はありますか?

雨宮:個人的に面白かったのは、『下北沢オレンジバル』の取材ですね。認知症のある人やそのご家族などが自由に参加できるイベントなのですが、参加してみて、自分が先入観を持っていたことに気づきました。なにか「すごく意義のある活動です」という雰囲気なのかなと想像していたのですが、実際にはもっと柔らかく、とにかく楽しむ場という感じで。人と接する時にもバイアスをかけずにフラットに接した方がいろいろとお話しできるよなと勉強になりました。

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石塚:私は記事だと、㈱yutoriの社長片石さんのインタビューが印象に残っています。当時はミカン下北のいち担当者として取材に同行させていただきました。その時に片石さんが、下北沢でやってみたいことの一つとしてファッションショーを挙げてくださって。

実は、私も個人的に「下北妄想会議」という下北沢でやってみたいことを語り合う場で、街中でファッションショーをやってみたいと妄想していたんです。でも、どうやったら実現できるのか模索していたなかで、yutoriさん主導で街中でのファッションショーを一緒につくりあげることができて。取材をきっかけに実験が生まれたので、すごく印象的な出来事でした。

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―皆さんは普段からプライベートでも下北沢との関わりがあると思うのですが、お気に入りの場所や思い入れのある場所はありますか?

雨宮:夜に下北沢に来るときは、よくCANDLE CAFE ∆II(*柄本時生 × 岩男海史対談でも撮影協力いただいたカフェ&バー)に行きます。

中村:僕もよく行きます。ご夫婦で運営されているカフェ&バーで、昼間でも夜でも楽しめるお店ですよね。

雨宮:マスターはもちろん、お店にいる人たちのことも大好きです。良い距離感でいられるお店だなと思って。下北沢はそういったお店が多い印象があります。

中村:“良い距離感”ってありますよね。僕は音楽が好きなので、よくクラブやミュージックバーに行くんですが、下北沢は良い距離感の場所が多いです。音楽も楽しめるし、店主やお客さんとも心地よい距離で会話できるんです。取材もさせていただいた「SPREAD」をはじめ、他にも一番街のエリアは「裏家」、「Little Soul Café」、「Upstairs Records & Bar」などが密集していておすすめです。

下北沢一番街には、音楽を軸にした店が点在している。20年以上続くレコードバー『Little Soul Café』は、国内外の音楽好きが通う老舗。『Upstairs Records & Bar』はセレクトされたレコードとお酒を楽しめる空間だ。

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石塚:東洋百貨店本館がビルの建て替え工事に伴って閉店されたのは、変化を感じました。長い歴史を感じるまさに下北沢のシンボル的なビルだなあと思いますし、中にいろいろな古着屋さんがひしめき合っていた様子に下北沢らしさも感じていました。別館はミカン下北の中にあるので、これからはそちらでも楽しめればと思います。

雨宮:変化を感じる場所というと、ヴィレッジヴァンガードやディスクユニオンもそうかもしれないです。下北沢と言えども、僕が学生の頃と比べると全然流れている音楽や商品のラインナップは違う。寂しさを感じつつ、それでも残る下北らしさがあるので不思議に思います。

「下北沢が好き」を繋ぎ、新たな実験を生み出したい

―4年目を迎える「東京都実験区下北沢」ですが、今後挑戦してみたい実験はありますか?

石塚:「I am working in Shimokitazawa」のイベントを取材をした時に、愛着を持って下北沢を選んでやりたいことに取り組んでいる人が多くいると感じました。そういう人同士が気軽につながって何か一緒に企画できたり、取り組めるきっかけをつくれたらいいなと思っています。

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中村:少し近いかもしれないですが、僕は個人的に将来、世田谷のクリエイティブを手伝うおじいちゃんになりたいんですよね(笑)。僕も好きな場所だから盛り上げたいと思ったので、きっと石塚さんがおっしゃるように愛着を持って街に携わりたいと考えている人は多いだろうなと感じます。

石塚:私自身も、下北沢で働き始めて、街が好きになって住み始めてしまったので、よくわかります。働く街に住むという選択も自分にとっては一つの実験だったのですが、結果的にはプラスなことしかなくて。住んでいるからこそ、街の方との距離感も縮まるし、事業者だけど住人視点も持って活動できる。本音で考えたり、意見を言えるようになったのが良いなと思いました。

中村:確かに、住んでいるからこその視点はありますよね。下北沢には昔から住んでいる人も多いと思うのですが、そういった方々のオーラルヒルトリーや写真を残していくことも、「東京都実験区下北沢」の役割になりそうだなと思います。Konelとしては、すでにフリーペーパーの取り組みもありますが、メディアの種類にとらわれず色々な方法で街の人たちとの接点を作り続けたいです。

石塚:下北沢には前々から、個人個人で活動されてきた方がたくさんいると思います。そういった方々と取材を通じて繋がり、さらに繋ぎ合わせるきっかけとなってでコラボレーションを生み出せるように、引き続き下北沢の実験を応援していけたらと思います。

雨宮:尊敬する編集者の方から伺ったのですが、メディアの価値とは「声の大きさ」ではなく、「耳の良さ」にこそ宿るのだそうです。つまり、情報をただ発信する装置であるだけでなく、アンテナの精度、言い換えれば受信装置としての質が重要だと私も考えています。そうした中で、メディアがコミュニケーションの媒介となれば素晴らしいと思い、これまでもウェブ上の情報をあえて紙媒体へと変換する実験などに挑戦してきました。
今後も、下北沢の街で人々の目に触れる可能性のあるものすべてを実験の場と捉え、この街を愛する魅力的なプレイヤーの方々と、オープンな形で共創していきたいと考えています。

東京都実験区下北沢の紙媒体は、ミカン下北や京王沿線で配布中。街の新しい表情や実験の数々を、ぜひ冊子でご覧ください

Information

取材・文:白鳥菜都  撮影:YUKI KAWASHIMA
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